上 下
22 / 45

手がかり1

しおりを挟む
 それから数日後、アンバーは初めて城の外に出た。

 旅行用の薄紫のドレスを身に纏い、時間帯によってはまだ肌寒いのでショールを羽織った。
 玄関の扉は内側から見る事はあっても、絶対に開かず外には出られないと諦めていた。

 だがヴォルフにエスコートされ一歩外に出ると、ここずっと感じられなかった風や春の日差しを直接感じられた。

「わぁ……! 気持ちいい!」

 思いきり伸びをして深呼吸をして……と外を満喫するアンバーを、ヴォルフは申し訳ない顔で見ている。

 旅行にはシシィも同行するようで、城に留まる者たちと二組に分かれるそうだ。

 庭木には木々の芽が膨らみ始め、冬の間茶色かった枝も赤っぽく色づいている。城の影となる北側や西にはまだ雪の名残があったが、日当たりの良い場所には初春に咲く花がもう優しげな色を見せていた。
 小鳥の囀りも聞こえ、空気を胸いっぱいに吸い込めば春の匂いがする。

 玄関前に横付けされた六頭引きの馬車に乗り込むと、御者が鞭を入れ発車した。後にはシシィたちが乗る馬車や、着替えなどの荷物を載せた荷馬車も続く。
 立派な前庭を真っ直ぐに進めば、錬鉄の門が門番により開かれた。高いレンガ造りの壁をすり抜け、そこから先はアンバーの見えなかった世界だ。

「ヘレヤークトフントの領地は、どこまであるのですか?」
「そうだな……。どこまでと言われても、ここから見える景色はすべて領地だが」
「…………」

 言われて車窓を見れば、どこまでも続く丘陵があり途中からは畑なども見える。そこで地を耕しているのは、恐らく領民なのだろう。

「馬車に乗って三十分ほどの場所に、もう一つ門がある。そこまでは俺の私有地という事になっている。放っておいても土地の無駄遣いになるから、希望者がいれば貸し出して農地にしている。林業も担っていて、山の近くにある土地では王家御用達の家具に使う木材を育てている」
「な……、なるほど……」

 あまりに規模の大きな話にアンバーはただただ圧倒され、雑多とした街を治めるだけでも精一杯だった父を思い出す。

「それでやはりここは……クラルヴィン王国なのでしょうか? 何となくシシィたちの名前の雰囲気からも、そうなのかなと思っていましたが……」
「今になって隠しても仕方がないから言うが、その通りだ」

 自分の居場所が分かり、アンバーは安堵する。
 まったく知らない土地にいるという不安からやっと解放され、自分の故郷より隣国なのだという理解が及ぶ。

「私が襲われた場所も……どの辺りか見当がつけばいいのですが。ドランスフィールド伯爵領から、アルトマン公爵領へ向かうまでの道のりに向かってくださっているのですよね?」
「ああ、そうだ。御者にはあらかじめ伝えてあるから、見覚えのある景色だと思ったら教えてほしい」
「はい」

 とは言え、目立った建物もなく山の中だったので、見覚えのある……と言われても自信がないのだが。

 それからアンバーは何気ない話をして馬車に揺られ、夜になるとヴォルフの友人だという貴族の館に招待された。

 攫われてから他人と話すのは初めてで、アンバーは酷く緊張した。

 だがヴォルフの友人と名乗るだけあって、彼らは快くアンバーを迎えてくれた。紹介されて「あぁ、あの……」という意味ありげな目線を送られたのも、最近ヴォルフが婚約者に夢中だという話が広まっているためらしい。

 面倒見のいいご夫人や、デビュー前の少女や年頃の令嬢とも話ができ、いいリフレッシュになった。



**



「あら……? この山道……」

 ヘレヤークトフントの城を出てから一週間後ほど、差し掛かった山道でアンバーは嫌な記憶を思い出した。

 山道と言えば木々が生い茂って暗く、道が細くてどれも同じだ。だが曲がりくねっていて、谷間を挟んで向こう側は日差しの当たった岩場が見える。その景色に何となく見覚えがあった。
 岩山の道を進んでいた時は分からなかったが、確かに輿入れの時、向かいに白褐色の岩山を見たのだ。単色なのではなく、地層により黄褐色や赤銅色の縞もあった。いま窓から見える景色は、山賊に襲われる直前に見た景色と酷似している。

「ここなのか?」

 ヴォルフはステッキで馬車の天井を突き、御者に合図をする。馬車は速度を落とし、窓から周囲を見回せるようになった。

「確か……。馬車は横転して谷に転がったはず。その形跡があってもおかしくないけれど……」

 馬車内部は六人は座れる向かい合わせのシートだったので、アンバーは座り位置をずらして谷側を見る。

「向かいのあの白っぽい岩山の、一番せり出した道が目の前の辺りだったと思うのです。『ここを越えたらきっと山道の頂点に登って、そこから下りになるわ』と考えていたのも覚えています」
「そうか、その辺りになったら馬車を降りてみよう」

「……大丈夫ですか? あの時、山賊はかなりの数だったと思います。また襲われたら……」
「なに、一中隊を率いてきたから大丈夫だ。仮に相手が同じかそれ以上の人数だとしても、熟練の軍兵を前に敵うはずもない」

 言葉の通り、出発前にヘレヤークトフント城の前には百人以上の軍兵が控えていた。馬車の前と両脇、そして各馬車や荷馬車にも護衛がつき、後衛もしっかりと続いている。
 かなり目立つ移動となったのだが、流石に揃いの軍服を着た兵士が騎馬して同行していれば、山賊としても手が出しづらいかもしれない。

「国境を越える時も、既に必要となる書類は用意したから心配ない。多少かさばるが、襲われる事を考慮すれば必要な人数とも言えるだろう」

 百人以上もの軍兵を動かすというのに、ヴォルフは平然としている。
 今まで彼の事を、〝忙しそうにしている貴族〟ぐらいにしか認識していなかった。だが元帥閣下と知ってこうやって兵士たちを束ねている姿を見ると、ヴォルフの仕事を誇らしく思う。

(私にとってヴォルフ様は、城に帰ってきたらすぐに触りたがってベッドで離してくれない人だったけれど……。彼らにとっては立派な上司だったのね)

 ふとこんな時だというのに、アンバーは寝所での熱い情交を思い出して一人顔を赤くしてしまった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

森でオッサンに拾って貰いました。

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
アパートの火事から逃げ出そうとして気がついたらパジャマで森にいた26歳のOLと、拾ってくれた40近く見える髭面のマッチョなオッサン(実は31歳)がラブラブするお話。ちと長めですが前後編で終わります。 ムーンライト、エブリスタにも掲載しております。

処理中です...