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それから数日後、アンバーは初めて城の外に出た。
旅行用の薄紫のドレスを身に纏い、時間帯によってはまだ肌寒いのでショールを羽織った。
玄関の扉は内側から見る事はあっても、絶対に開かず外には出られないと諦めていた。
だがヴォルフにエスコートされ一歩外に出ると、ここずっと感じられなかった風や春の日差しを直接感じられた。
「わぁ……! 気持ちいい!」
思いきり伸びをして深呼吸をして……と外を満喫するアンバーを、ヴォルフは申し訳ない顔で見ている。
旅行にはシシィも同行するようで、城に留まる者たちと二組に分かれるそうだ。
庭木には木々の芽が膨らみ始め、冬の間茶色かった枝も赤っぽく色づいている。城の影となる北側や西にはまだ雪の名残があったが、日当たりの良い場所には初春に咲く花がもう優しげな色を見せていた。
小鳥の囀りも聞こえ、空気を胸いっぱいに吸い込めば春の匂いがする。
玄関前に横付けされた六頭引きの馬車に乗り込むと、御者が鞭を入れ発車した。後にはシシィたちが乗る馬車や、着替えなどの荷物を載せた荷馬車も続く。
立派な前庭を真っ直ぐに進めば、錬鉄の門が門番により開かれた。高いレンガ造りの壁をすり抜け、そこから先はアンバーの見えなかった世界だ。
「ヘレヤークトフントの領地は、どこまであるのですか?」
「そうだな……。どこまでと言われても、ここから見える景色はすべて領地だが」
「…………」
言われて車窓を見れば、どこまでも続く丘陵があり途中からは畑なども見える。そこで地を耕しているのは、恐らく領民なのだろう。
「馬車に乗って三十分ほどの場所に、もう一つ門がある。そこまでは俺の私有地という事になっている。放っておいても土地の無駄遣いになるから、希望者がいれば貸し出して農地にしている。林業も担っていて、山の近くにある土地では王家御用達の家具に使う木材を育てている」
「な……、なるほど……」
あまりに規模の大きな話にアンバーはただただ圧倒され、雑多とした街を治めるだけでも精一杯だった父を思い出す。
「それでやはりここは……クラルヴィン王国なのでしょうか? 何となくシシィたちの名前の雰囲気からも、そうなのかなと思っていましたが……」
「今になって隠しても仕方がないから言うが、その通りだ」
自分の居場所が分かり、アンバーは安堵する。
まったく知らない土地にいるという不安からやっと解放され、自分の故郷より隣国なのだという理解が及ぶ。
「私が襲われた場所も……どの辺りか見当がつけばいいのですが。ドランスフィールド伯爵領から、アルトマン公爵領へ向かうまでの道のりに向かってくださっているのですよね?」
「ああ、そうだ。御者にはあらかじめ伝えてあるから、見覚えのある景色だと思ったら教えてほしい」
「はい」
とは言え、目立った建物もなく山の中だったので、見覚えのある……と言われても自信がないのだが。
それからアンバーは何気ない話をして馬車に揺られ、夜になるとヴォルフの友人だという貴族の館に招待された。
攫われてから他人と話すのは初めてで、アンバーは酷く緊張した。
だがヴォルフの友人と名乗るだけあって、彼らは快くアンバーを迎えてくれた。紹介されて「あぁ、あの……」という意味ありげな目線を送られたのも、最近ヴォルフが婚約者に夢中だという話が広まっているためらしい。
面倒見のいいご夫人や、デビュー前の少女や年頃の令嬢とも話ができ、いいリフレッシュになった。
**
「あら……? この山道……」
ヘレヤークトフントの城を出てから一週間後ほど、差し掛かった山道でアンバーは嫌な記憶を思い出した。
山道と言えば木々が生い茂って暗く、道が細くてどれも同じだ。だが曲がりくねっていて、谷間を挟んで向こう側は日差しの当たった岩場が見える。その景色に何となく見覚えがあった。
岩山の道を進んでいた時は分からなかったが、確かに輿入れの時、向かいに白褐色の岩山を見たのだ。単色なのではなく、地層により黄褐色や赤銅色の縞もあった。いま窓から見える景色は、山賊に襲われる直前に見た景色と酷似している。
「ここなのか?」
ヴォルフはステッキで馬車の天井を突き、御者に合図をする。馬車は速度を落とし、窓から周囲を見回せるようになった。
「確か……。馬車は横転して谷に転がったはず。その形跡があってもおかしくないけれど……」
馬車内部は六人は座れる向かい合わせのシートだったので、アンバーは座り位置をずらして谷側を見る。
「向かいのあの白っぽい岩山の、一番せり出した道が目の前の辺りだったと思うのです。『ここを越えたらきっと山道の頂点に登って、そこから下りになるわ』と考えていたのも覚えています」
「そうか、その辺りになったら馬車を降りてみよう」
「……大丈夫ですか? あの時、山賊はかなりの数だったと思います。また襲われたら……」
「なに、一中隊を率いてきたから大丈夫だ。仮に相手が同じかそれ以上の人数だとしても、熟練の軍兵を前に敵うはずもない」
言葉の通り、出発前にヘレヤークトフント城の前には百人以上の軍兵が控えていた。馬車の前と両脇、そして各馬車や荷馬車にも護衛がつき、後衛もしっかりと続いている。
かなり目立つ移動となったのだが、流石に揃いの軍服を着た兵士が騎馬して同行していれば、山賊としても手が出しづらいかもしれない。
「国境を越える時も、既に必要となる書類は用意したから心配ない。多少かさばるが、襲われる事を考慮すれば必要な人数とも言えるだろう」
百人以上もの軍兵を動かすというのに、ヴォルフは平然としている。
今まで彼の事を、〝忙しそうにしている貴族〟ぐらいにしか認識していなかった。だが元帥閣下と知ってこうやって兵士たちを束ねている姿を見ると、ヴォルフの仕事を誇らしく思う。
(私にとってヴォルフ様は、城に帰ってきたらすぐに触りたがってベッドで離してくれない人だったけれど……。彼らにとっては立派な上司だったのね)
ふとこんな時だというのに、アンバーは寝所での熱い情交を思い出して一人顔を赤くしてしまった。
旅行用の薄紫のドレスを身に纏い、時間帯によってはまだ肌寒いのでショールを羽織った。
玄関の扉は内側から見る事はあっても、絶対に開かず外には出られないと諦めていた。
だがヴォルフにエスコートされ一歩外に出ると、ここずっと感じられなかった風や春の日差しを直接感じられた。
「わぁ……! 気持ちいい!」
思いきり伸びをして深呼吸をして……と外を満喫するアンバーを、ヴォルフは申し訳ない顔で見ている。
旅行にはシシィも同行するようで、城に留まる者たちと二組に分かれるそうだ。
庭木には木々の芽が膨らみ始め、冬の間茶色かった枝も赤っぽく色づいている。城の影となる北側や西にはまだ雪の名残があったが、日当たりの良い場所には初春に咲く花がもう優しげな色を見せていた。
小鳥の囀りも聞こえ、空気を胸いっぱいに吸い込めば春の匂いがする。
玄関前に横付けされた六頭引きの馬車に乗り込むと、御者が鞭を入れ発車した。後にはシシィたちが乗る馬車や、着替えなどの荷物を載せた荷馬車も続く。
立派な前庭を真っ直ぐに進めば、錬鉄の門が門番により開かれた。高いレンガ造りの壁をすり抜け、そこから先はアンバーの見えなかった世界だ。
「ヘレヤークトフントの領地は、どこまであるのですか?」
「そうだな……。どこまでと言われても、ここから見える景色はすべて領地だが」
「…………」
言われて車窓を見れば、どこまでも続く丘陵があり途中からは畑なども見える。そこで地を耕しているのは、恐らく領民なのだろう。
「馬車に乗って三十分ほどの場所に、もう一つ門がある。そこまでは俺の私有地という事になっている。放っておいても土地の無駄遣いになるから、希望者がいれば貸し出して農地にしている。林業も担っていて、山の近くにある土地では王家御用達の家具に使う木材を育てている」
「な……、なるほど……」
あまりに規模の大きな話にアンバーはただただ圧倒され、雑多とした街を治めるだけでも精一杯だった父を思い出す。
「それでやはりここは……クラルヴィン王国なのでしょうか? 何となくシシィたちの名前の雰囲気からも、そうなのかなと思っていましたが……」
「今になって隠しても仕方がないから言うが、その通りだ」
自分の居場所が分かり、アンバーは安堵する。
まったく知らない土地にいるという不安からやっと解放され、自分の故郷より隣国なのだという理解が及ぶ。
「私が襲われた場所も……どの辺りか見当がつけばいいのですが。ドランスフィールド伯爵領から、アルトマン公爵領へ向かうまでの道のりに向かってくださっているのですよね?」
「ああ、そうだ。御者にはあらかじめ伝えてあるから、見覚えのある景色だと思ったら教えてほしい」
「はい」
とは言え、目立った建物もなく山の中だったので、見覚えのある……と言われても自信がないのだが。
それからアンバーは何気ない話をして馬車に揺られ、夜になるとヴォルフの友人だという貴族の館に招待された。
攫われてから他人と話すのは初めてで、アンバーは酷く緊張した。
だがヴォルフの友人と名乗るだけあって、彼らは快くアンバーを迎えてくれた。紹介されて「あぁ、あの……」という意味ありげな目線を送られたのも、最近ヴォルフが婚約者に夢中だという話が広まっているためらしい。
面倒見のいいご夫人や、デビュー前の少女や年頃の令嬢とも話ができ、いいリフレッシュになった。
**
「あら……? この山道……」
ヘレヤークトフントの城を出てから一週間後ほど、差し掛かった山道でアンバーは嫌な記憶を思い出した。
山道と言えば木々が生い茂って暗く、道が細くてどれも同じだ。だが曲がりくねっていて、谷間を挟んで向こう側は日差しの当たった岩場が見える。その景色に何となく見覚えがあった。
岩山の道を進んでいた時は分からなかったが、確かに輿入れの時、向かいに白褐色の岩山を見たのだ。単色なのではなく、地層により黄褐色や赤銅色の縞もあった。いま窓から見える景色は、山賊に襲われる直前に見た景色と酷似している。
「ここなのか?」
ヴォルフはステッキで馬車の天井を突き、御者に合図をする。馬車は速度を落とし、窓から周囲を見回せるようになった。
「確か……。馬車は横転して谷に転がったはず。その形跡があってもおかしくないけれど……」
馬車内部は六人は座れる向かい合わせのシートだったので、アンバーは座り位置をずらして谷側を見る。
「向かいのあの白っぽい岩山の、一番せり出した道が目の前の辺りだったと思うのです。『ここを越えたらきっと山道の頂点に登って、そこから下りになるわ』と考えていたのも覚えています」
「そうか、その辺りになったら馬車を降りてみよう」
「……大丈夫ですか? あの時、山賊はかなりの数だったと思います。また襲われたら……」
「なに、一中隊を率いてきたから大丈夫だ。仮に相手が同じかそれ以上の人数だとしても、熟練の軍兵を前に敵うはずもない」
言葉の通り、出発前にヘレヤークトフント城の前には百人以上の軍兵が控えていた。馬車の前と両脇、そして各馬車や荷馬車にも護衛がつき、後衛もしっかりと続いている。
かなり目立つ移動となったのだが、流石に揃いの軍服を着た兵士が騎馬して同行していれば、山賊としても手が出しづらいかもしれない。
「国境を越える時も、既に必要となる書類は用意したから心配ない。多少かさばるが、襲われる事を考慮すれば必要な人数とも言えるだろう」
百人以上もの軍兵を動かすというのに、ヴォルフは平然としている。
今まで彼の事を、〝忙しそうにしている貴族〟ぐらいにしか認識していなかった。だが元帥閣下と知ってこうやって兵士たちを束ねている姿を見ると、ヴォルフの仕事を誇らしく思う。
(私にとってヴォルフ様は、城に帰ってきたらすぐに触りたがってベッドで離してくれない人だったけれど……。彼らにとっては立派な上司だったのね)
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