【R-18】不幸体質の令嬢は、地獄の番犬に買われました

臣桜

文字の大きさ
上 下
6 / 45

アンバーの事2

しおりを挟む
 アルトマン公爵の地位は分かっても、どのような風貌なのかとか人となりは分からない。

「……その方の肖像画などはないのですか?」
「昔の約束があったのに、お前が適齢期になっても私はすぐあちらに申し出なかった。今回は先方がどうしてもと仰って急ぎの輿入れとなる。互いを知るのに必要なものが全部揃っている訳ではないが、心配ないから安心して嫁ぎなさい」

 顔も知らない人物に嫁がされようとしている事実に、アンバーは悲しくなった。

 だが往々にして、貴族の娘は輿入れするまで相手を知らないという事はよくある。
 窓から冬の中庭を見れば、木々の葉は落ち花もなく閑散としていた。庭師の人数は減ってしまい、どこか手入れの入りきっていない庭が余計にアンバーを投げやりにさせる。

「輿入れはいつ頃を予定しているのですか? 持参金などは……」

 公爵夫人になれると思っても、素直に喜べない。
 十分な持参金を用意できない伯爵家の娘など、娶られたとしても周囲から何か言われるに決まっている。おまけに相手は嫌な人に決まっている。

「輿入れは冬が終わったらという話だ。ありがたい事に持参金は必要ないとまで仰っていて……。最低限自分のドレスや、お母様からアクセサリーなどは受け取って行きなさい」
「……はい」

 冬が終われば自分は嫁入りに行くのだと思うと、憂鬱な気持ちになった。
 十七歳から十九歳までの辛酸はどこかへ、十九歳からこの歳になるまでの殻の閉じた貝のような気持ちも――確かに解消される。

 けれど決して清々しく「幸せになった」という気持ちではない。
 出口がなく迷っていたところに、急にポッカリと通り道が開いた。けれどその穴の向こうはまだ迷路が続いていて、アンバーは穴の前で戸惑っているのだ。

「……私、どうなるのかしら」

 ベッドの父の元を離れ、廊下を歩くアンバーは独り言ちる。

 けれど誰もその問いに答える事はなかった。



**



 やがて雪解けが訪れ、春の気配がする。

 裸だった木々に小さな芽がつき、日が過ぎると共にふっくらとしてゆく。
 小鳥のさえずりも変化し、冬の間の鳴き声とは打って変わって美しく恋を歌っていた。

 アンバーは荷馬車に多くはない荷物を載せ、四頭引きの馬車に乗り隣国に向かう。

 領地を抜けてすぐの国境を越えれば、クラルヴィン王国だ。

 相手のアルトマン公爵は、仕事が忙しいらしく数人の護衛のみドランスフィールド家に使わした。
 ドランスフィールド家で雇っている護衛は、財政難と一緒に人数が減ってしまったのでありがたい限りだ。アンバーの輿入れでは当初つける予定だったドランスフィールド側の護衛を屋敷と街に向かわせ、輿入れの護衛はアルトマン側に任せた。

 国境を越えて石畳の街道は変わらないけれど、道ばたに見える建物は少し様式が違う気がした。
 アルフォード王国は金髪や栗色の髪の者が多く全体的に色素が薄いが、クラルヴィン王国は人種が雑多としていて、白金に近い色から黒髪までさまざまだ。

 人々の体型も隣国の方がやや大きく、クラルヴィン王国の女性と比べるとアンバーはとても華奢に思える。
 これから体の大きな人に囲まれて生活するのかと思うと、気持ちが萎縮して更に不安になった。

 日陰にはまだ雪が残っている場所もあり、馬車の窓から見える農夫などは灰色の服を着ていた。明るいのは日差しと早咲きの花の色。そして小鳥の羽の色。

 目に見えるものから懸命に自分を元気づけようとしても、アンバーは見知らぬ公爵に嫁ぐ事に前向きになれていなかった。





 身の丈に合わない幸運を素直に喜べない罰なのだろうか――。

 クラルヴィン王国の領地から領地へと馬車で進み、もうどこを進んでいるのか分からなくなった頃だった。
 馬車は人気の少ない山間を通っていて、アンバーは向かい側の綺麗な色の岩山をずっと見ていた。もう少しでこの山を越え、道も下りになるだろうと思っていた時――。

 急に馬や御者の雰囲気が一変した。

「どうしたのかしら?」

 馬車のスピードが異様に上がり、何かから逃げているように思える。
 それまで日差しが強く、向かいの岩山が眩しかったので景色を確認しつつカーテンを閉じていた。そこをほんの少しカーテンを開いて外を覗けば、馬に跨がった黒装束の男と目が合ってしまった。

「いたぞ! この馬車の中だ!」

 男が叫び、手に持った刃物を他の誰かに向かって振りかざす。その腕に一瞬、茨の刺青を見た。
 春の日差しを反射してギラリと光った剣に続いて、「おおおっ」と木々を揺らすほどの野太い声がした。声の大きさから言って、相当の人数に追われているに違いない。

「……やだ、盗賊?」

 ギクリと身を強張らせ、アンバーは同じ馬車に座している侍女を見る。
 けれど彼女も真っ青な顔をしていて、侍女が何か応えられると思えない。

「……助けて……っ」

 思わず握りしめて祈りを捧げたのは、舞踏会で出会った男性からの贈り物だった。

 ペンダント型のそれは日差しを浴びて七色に光る物で、男性には特別思い入れはなかったものの、綺麗なので気に入っていたのだ。
 これから公爵に嫁ぎに行くというのに、他の男からもらった物を身につけ、神に向かって祈る。

 している事も気持ちも何もかもバラバラ。

 いま思えば、その定まっていない気持ちを神様に罰せられたように思える。

 馬の激しい嘶きが聞こえたかと思うと、馬車が横転した。
 猛スピードを出していた馬車は路面を滑り、山の木々にぶつかって中のアンバーも侍女も揉みくちゃにした。
 馬車の中でしたたかに頭を打ち、侍女の足が顔に当たったり滅茶苦茶だ。

「痛い!」という叫び声を上げる間もなく、アンバーは凄まじい激痛のうちに意識を失った。





 そして周囲が煩いと思い、体が妙に寒いと思ったら彼女は舞台の上にいた。

 身につけている物はコルセットとドロワーズ。
 およそ淑女が人前に出る格好ではない。

 一気に混乱して逃げだそうも、どんどん釣り上がってゆく値段に自分がオークションに掛けられているのだと理解した。

 恐怖が先立ち、動けない。

 やがて彼女は落札され――、ヴォルフから求婚されたのだ。



**
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫

梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。 それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。 飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!? ※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。 ★他サイトからの転載てす★

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

騎士団長のアレは誰が手に入れるのか!?

うさぎくま
恋愛
黄金のようだと言われるほどに濁りがない金色の瞳。肩より少し短いくらいの、いい塩梅で切り揃えられた柔らかく靡く金色の髪。甘やかな声で、誰もが振り返る美男子であり、屈強な肉体美、魔力、剣技、男の象徴も立派、全てが完璧な騎士団長ギルバルドが、遅い初恋に落ち、男心を振り回される物語。 濃厚で甘やかな『性』やり取りを楽しんで頂けたら幸いです!

処理中です...