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第二十三部・幸せへ 編

もう、全部終わった?

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「香澄」

 愛しげに名前を呼ばれ、香澄はくすぐったそうに目を細めて佑を見る。

 彼はしばし香澄の顔を見つめ、吐息混じりに「可愛い……」と呟く。

 その視線を受けた彼女は照れて「えへへ……」と笑い、むやみやたらと毛先を弄った。

「……髪、伸びたな」

「そうかな。ずっとロングだからあんまり自覚がないや」

 自分としては胸上部までのつもりでいたが、胸元を見下ろすと毛先が胸の先端に掛かろうとしているので、確かに伸びたかもしれない。

 いつもと変わらない香澄の返事を聞き、その雰囲気を味わったあと、佑は溜め息をついてから、床に座ったままソファに背を預ける。

「……動画、見たよ」

「ん。…………あ、あっ!」

 動画と言われて一瞬何の事か分からなかったが、フェリシアに残した動画メモだと思いだし、香澄は赤面する。

「あ、あの時は必死で……。藁にも縋る思いで気持ちをぶちまけたけど……。い、いま思うとちょっと恥ずかしいね」

 香澄は床の上に体育座りをし、ソファに背を預けて照れ笑いする。

「いいや、まったく恥ずかしくない。……香澄の愛情や優しさ、まっすぐなところ、純真、君のいい所が全部記録されていた。あれを見て心を動かされない男なんていないよ」

 思った以上に褒められ、香澄は俯いて熱を持った頬を髪で隠す。

 佑は少しの間沈黙し、言葉を探したあとに言った。

「……俺を許してくれないか?」

 怒っていたつもりはないので、香澄は顔を上げて不思議そうに彼を見る。

「……許すなんて……。怒ってもないのに……」

 呆然として言うと、佑は痛みの籠もった笑みを浮かべた。

「俺は最低最悪のクズ野郎だ。色んな人に香澄に相応しくないと言われた」

 そう言われ、香澄は体ごと佑に向き直るとキッパリ否定した。

「そんな事ない! 佑さんが私に相応しいかは私が決める事で、他の人に言われて佑さんが動揺する必要なんてないの」

 弱気な発言を聞いて、香澄は彼がこれまでに大勢の人に叱られてきただろう事を察する。

 衛はともかく、アンネには絶対何か言われただろうし、澪が無言とも思えない。

 律、翔は兄弟同士、お互いを自立した大人の男と思っているので『佑と香澄ちゃんの問題』と捉えていそうだが、ドイツには何よりも影響を持つ大ボスがいる。

 針山夫妻、特に美鈴は香澄のモンペのような雰囲気を醸し出していたし、何より双子は苦しむ香澄を最も知る人物と言っていい。

 一緒に行動していた間、彼らは佑がどうしているかなど話さなかったが、裏で連絡を取り合っていた可能性は高い。

「……皆、私の心配をしてくれるのは嬉しい。ありがたくて、果報者だなって思うよ。でもその〝皆〟の意見を優先して、佑さんが私に必要以上の罪悪感を抱く事なんてない。あの事件は予想できなかった事だし、佑さんは私を庇って頭を打った。そうしてくれなければ、私はもっと酷い目に遭っていたかもしれない」

 パリのステージ上での恐怖を思い出し、香澄はギュッと両手で自分を抱き締める。

「佑さんが記憶を失ったのは、私のせいなの! 本当ならパリコレでの仕事を終えてすぐ別の仕事に向かっていたかもしれないのに、私のせいで入院して……っ」

 ずっと封印していた感情を解き放った香澄は、ポロポロと涙を零す。

「香澄」

 そんな彼女を、佑はしっかりと抱き締める。

「……もういいんだ。やめよう」

 フワッとウード&ベルガモットが香るなか、彼の体越しに低い声が聞こえ、香澄は目を閉じて佑の胸板に顔を押しつける。

 佑はしばらく香澄の背中を撫でていたが、小さく息を吐くと淡々と報告をした。

「もう名前も聞きたくないだろうが、始末の結果として聞いてほしい。エミリアは生涯ガブリエルの城から出さないと約束してもらった。フェルナンドのほうも、任せられる人を見つけたから、もう怯える心配はない」

「……はい」

 こうして佑に抱き締められ、大変な事件の結末を聞いていると、守られている場所にいるのだと実感する。

「……もう、全部終わった?」

 そろりと顔を上げて尋ねると、佑は「ああ」と頷いた。

「あとは結婚して皆を安心させて、幸せになるだけだ」

 ずっとその言葉が欲しかったように思え、香澄は心からの安堵を覚えて「うん!」と頷く。

「あのね、公園でのプロポーズ、びっくりしちゃった」

「思い切って、やれる事をすべてやったよ」

「んふふ、花火はお金かけすぎ」

 香澄は左手の薬指に嵌まった婚約指輪を見て、幸せそうに目を細める。

 同時に、たわいのない話をしながら、二人とも心の距離を測っているのを感じた。

 何かきっかけがあれば、激しく求め合ってしまう。

 けれど下手なタイミングで火を点けてしまったら、お互いにとって良くないかもしれない。

 そんな遠慮が二人に探り合いをさせ、妙な雰囲気を作っていた。
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