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第二十三部・幸せへ 編

香澄がいる

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「香澄、行こう」

「…………………………はい」

〝いつも通り〟声を掛けられただけで、胸がキューッとなって真っ赤になってしまう。

 護衛はいるが、二人きりになったと思っただけで胸がドキドキ高鳴り、緊張が増す。

(……な、何を話せばいいのかな)

 彼と一緒に暮らして日常を楽しく過ごしていたはずなのに、うまく言葉が出てこない。

 佑は香澄の手を握ってゆっくり歩きながら、尋ねてきた。

「今までどう過ごしてた?」

 世間話を振られ、香澄は安堵して話し始める。

「東京を発ったあと、NYに行ったの。そこでテオさんたち一家やショーンさん、リカルドさんと一緒に皆でパーティーをしたり、NY観光をしたよ。大きいお肉も食べたの」

「ははっ、肉か。……香澄に大きいアメリカンビーフを食べさせるのは、俺の野望だったのにな。アロクラに先を越されたか」

「んふふ、一番はもう経験したけど、二番目でも私の胃はいつでもウェルカムですよ」

「食いしん坊健在で良かった」

 佑はクスクス笑ったあと立ち止まり、「駄目だ」と呟いたあと、香澄をギュッと抱き締めてきた。

 護衛たちがついてきてるので一瞬抵抗しかけたが、チラッと彼らを見ると、訓練された動きでサッとそっぽを見ていた。

「……キスしていい?」

 熱っぽい目で見つめられ、囁かれて香澄はうろたえる。

「えっ……、……でも、外……」

 思わず周囲を見回すが、さすがアメリカというべきか、抱き合っていても誰もジロジロ見ていない。

「……お願い」

 さらに囁くように請われ、香澄はコクンと頷いた。

「ありがとう」

 佑は小さく礼を言い、愛しむように香澄の髪をサラサラと撫で、手で梳る。

 そのあと彼女のすべらかな頬を撫で、ツンと尖った鼻や柔らかな唇に触れてくる。

「……香澄がいる」

 しみじみと言った彼の言葉を聞き、香澄は思わず笑う。

「ここにいますよ」

 いまだ、彼とどう向き合ったらいいのか分からない。

 それは佑も同じだと思う。

 お互い手探りで距離感を確認し、傷つけないように細心の注意を払いながら向き合おうとしている。

「……可愛いな。……世界で一番可愛い」

 目を細めて幸せそうに笑った佑は、顔を傾けて静かに口づけてきた。

 柔らかな唇同士が触れ合い、フニュリと潰れる。

 唇が離れる間際に佑はチュッと彼女のそれをついばみ、香澄の反応を窺うように顔を見た。

 香澄は無意識に、離れていった唇を惜しむように口を開き、佑を見つめている。

 その欲しがる顔を見て、佑は大きく息を吸うと、ゆっくり静かに吐いていく。

「…………行こう」

 滾る情熱を押し殺した声で言われ、香澄は欲しがった自分を恥じて頷いた。

(いやらしいって思われたかな)

 無言で歩いてから少しして、佑は今の行動の言い訳をし始める。

「……ごめん。どうしてもキスしたかった。……でもこれ以上は駄目だ。歯止めが利かなくなる。……続きはホテルの部屋で」

 香澄は彼の言葉を聞いただけで体を火照らせ、やや俯いたまま「……はい」と頷く。

 そんな二人のやり取りを護衛たちが後ろから見守り、呉代は「やっちまえ!」と言わんばかりに拳を握っているのだが、前を歩く二人には預かり知らない事である。

 やがて二人はしばらく隣にお互いがいる空気感を味わったあと、小金井の運転する車に乗ってショーンのホテルに向かった。



**



 佑は図らずも香澄と同じホテルに泊まっていて、灯台もと暗しと思いつつ、荷物を移動させるのが楽で良かったと感じた。

 佑が泊まる部屋と言えば当然最上級クラスのスイートで、もといた部屋と思いきり近い。

(こんな距離にいたなんて……)

 下手をすれば廊下やロビーでばったり会っていたかもしれない。

 そのほうが手っ取り早かったかもしれないが、公園での感動的なプロポーズに心から感謝しているので、あの形で良かったと思ったのだった。
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