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第二十三部・幸せへ 編

恥を忘れて思いきりいけ

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《彼女は今NYにいる》

『今すぐ行く!』

《タスク》

 電話を切ろうとした佑に、ショーンが呼びかけてくる。

『なんだ?』

 すぐにでも飛行機を整備させるよう連絡を入れたいのに、と佑は歯噛みする。

《アロクラから意地悪されているな?》

『……ああ』

 双子の名前が出て、佑は溜め息をつく。

《二人は君がカスミの記憶を失っていた間、彼女を守ってきた。精神的にも、今は片時も離れずにね》

 胸に痛い事を言われ、佑は黙り込んだ。

《アロクラには君に文句を言う権利がある。彼らは誰よりも二人の事情をよく分かっている。君が記憶を失ったのは仕方のない事だし、意図的にカスミを傷つけようとした訳ではないのは僕も理解している。けど彼女は君の仕打ちにとても傷付いたし、そんなカスミに助けを求められて、アロクラは本気で君に怒りを抱いた》

 周囲にいる人たち皆に言われている事だが、ショーンにまで言われると悄然としてしまう。

《だがこのままずっとカスミに会わせないつもりでいる……、なんて事はない。アロクラはきちんとお膳立てして、二人に感動の再会をさせようと思っている》

 初耳だった佑は、目を見開いた。

《タスクの気持ちはよく分かる。自分の失態を悔い、周囲の人に沢山叱られ、今すぐカスミのもとに駆けつけて許しを乞い、関係を修復したいだろう》

『……その通りだ』

 ショーンの穏やかな声音を聞き、先ほどまで心を支配していた物凄い焦燥感が落ち着いていく。

《でも、アロクラのお膳立てに乗るぐらいの余裕は見せるんだ。カスミは元気にやっている。きちんと食べ、笑顔を見せて、強く生きていこうとしている》

 香澄の様子を聞かされ、佑は安堵の息を吐いた。

《元気にやっているからといって、君を見放した訳じゃない。ただ、焦らなくても彼女は自立した大人の女性だし、異国でもちゃんと過ごせている。心配する気持ちは分かるが、少し落ち着け》

『……分かった』

 ショーンの言いたい事を察し、佑はソファに座り直す。

《これからアロクラやカスミは、ワシントンDCに移ると言っている。アロイスが君にヒントを与えたように、桜祭りで君たちを再会させるつもりだ》

『ああ』

 佑はワシントンDCの桜祭りを脳裏に思い浮かべ、満開の桜の中で佇んでいる香澄を想像して目を潤ませる。

《桜祭りの何日に、どこに行くかはまだ知らない。泊まるホテルも聞いていない。何か情報を得たらすぐに教えよう。……ただ、ここが正念場だ。アロクラが美しい桜に囲まれての再会を望むなら、それに応えて思いきりドラマチックにカスミを迎えに行け。二人が何も文句を言えないぐらいにね》

 ショーンが悪戯っぽくウインクしたのが見えた気がし、佑は思わずクスッと笑う。

《それが君の通す、最後の筋だ》

『分かった』

 今まで一人で焦っていた気持ちが、友人に香澄の近況を教えてもらい、とるべき行動を差し示してもらって、ようやく落ち着いていく。

《あの双子も、タスクが予想以上の働きを見せたらきっと文句は言わないはずだ。恥を忘れて思いきりいけ》

『ありがとう』

 笑わなくなって久しいように感じていたが、しばらくぶりの安堵と余裕を得た佑は、友人に礼を言って微笑む。

《初日のセレモニーしか連れて行かないなんて事はないと思うから、余裕をもってワシントンDCにおいで》

『分かった。色々感謝する』

《問題ない。僕が過去に絶望した時、励ましてくれたのはタスクだ。あの時の礼をほんの少しばかり返しただけだよ》

 そう言われ、佑は小さく笑う。

 ショーンはショーンで、過去にとてもつらい出来事に見舞われた事があったからだ。

 彼は以前、事故に遭った婚約者に忘れられてしまった事がある。

 佑が香澄に冷淡な態度をとったように、婚約者はショーンを見ても知らない男性と思い、何度も現れては愛を乞う彼を不審者扱いした。

 結局、婚約者は数か月そのままだったのだが、ある日凄まじい頭痛に襲われたと同時に、無事ショーンの事を思いだしたそうだ。

 その間、悲しみに暮れるショーンを慰めたのは、佑や双子たちだった。
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