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第二十三部・幸せへ 編

あなたほど佑を愛してくれた人はいない

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「勘違いしないで。私はこれからも香澄さんの味方で、友達よ」

「……はい」

 涙が溢れてきた香澄は、グスッと洟を啜る。

「佑を諦めろって言っているんじゃないの。……ただ、あなたを見ていると痛々しいの。あまりに健気で、佑のためにすべてを犠牲にして、自分の人生をなげうとうとしている」

 そんなつもりはなかったのに、「痛々しい」と言われて悲しくなってしまう。

「幸い、あなたはとてもいい人だから、色んな人に気に入られて今ここにいるわ。それはあなた自信が築いた財産と言っていいし、人望よ。誇りに思って」

「はい」

 澪は香澄を抱き締めたまま、彼女の肩口で溜め息をつく。

「香澄さんは幸せになるべき人よ。オーパやアロクラ、マティアスから多額の賠償金をもらったみたいだけど、あなたは本当に酷い目に遭った。なんなら〝御劔佑の恋人〟である危険手当を佑に求めてもいいぐらい」

「そんな……」

 佑にそんな事なんて求めていない香澄は、また首を横に振る。

「人の幸せはお金じゃ測れないわ。現にあなたは普通の人よりとても多くのお金を持っているけれど、世界で一番不幸な顔をしている」

 世界で一番不幸なつもりはないが、確かに人の幸せは金では測れない。

「私はあなたの意志を尊重したいから、佑があなたを思い出すのを待つというなら、そうしていいと思う。でも、嫌な話をするけれどあなたは二十八歳で結婚適齢期で、出産適齢期だわ。佑にこだわっても、いつ思い出すか保証はない。下手すればずっと待ちぼうけする事になる。……勿論、結婚や出産が幸せのすべてじゃない。……でももう一度、自分の幸せはなんなのか、どう生きていきたいのか考えて」

「……はい。ありがとうございます」

 澪の言葉は一見「佑を忘れろ」と言っているように思えるが、誰よりも香澄を想っている。そして、それを分からない香澄ではない。

 ――でも。

「…………私には佑さんしかいないんです…………っ」

 とうとう、香澄は涙を零し、弱々しい声で呟く。

 両手で顔を覆って嗚咽する香澄を、澪はしっかり抱く。

「分かるわ。あなたほど佑を愛してくれた人はいない。あんなクソ兄貴に、あなたみたいないい人が恋人でいてくれる事は奇跡よ」

「~~~~っ、好きなのに……っ! ~~~~っ、どうして……っ!」

 香澄は全身をブルブルと震わせ、喉の奥で掠れた悲鳴を漏らす。

 泣いている間、澪は黙って香澄を抱き締めていた。

 香澄は激しく泣きじゃくり、呼吸が詰まってしまうほど嗚咽し、澪に背中をさすられる。

 長い時間泣き続けるその姿は、今まで我慢していたものを吐き出したかのようだった。

 ようやく落ち着いた頃、澪がティッシュボックスを渡してきた。

 洟をかんでいると、澪は溜め息をついて言う。

「あなたは色んな事を我慢しすぎなのよ。もっと感情を露わにすればいいし、不公平な事があったら文句を言えばいいのに、香澄さんは自尊心の低さから主張する事をを控えてしまう」

 まさにその通りな事を言われ、香澄は小さく頷く。

「それがあなたの美徳なのかもしれない。人を責めず、すべてを自分で背負い込み、グッと我慢する。…………でもね、我慢していい事なんてないわ。確かに我慢するのは偉いけど、このままだとあなたは壊れちゃう。…………香澄さん、カラオケ行く?」

 いきなり尋ねられ、香澄は目を丸くしたあと首を横に振る。

「……最近はあまり。学生時代は行っていましたけど」

「大きい声を出すの、おすすめよ。考えている事を言葉にするのは、とても大切な事なの。悩み事を心の中で済ませてしまうから、どんどんストレスが溜まってしまうんだわ。NYにいる間は私でもいいしアロクラでもいいし、考えている事を言葉にしてみて。佑の悪口を言っても告げ口しないから」

 最後は悪戯っぽく言われ、思わず笑う。

「……佑さん、凄く過保護なんです」

「そうみたいね。佑は身内にはとても優しい。それ以外の人には、心を割いていると自分が疲弊するばかりだと学んだから」

「……もとから〝その他〟の人に冷たい訳じゃなかった?」

「当然よ。少なくとも少年時代は普通の子供だった。……ただ、異様にモテて毎日学校に行くのが嫌そうだったけどね。佑はもともと優しい人だわ。周りの人が彼に色んなものを求め過ぎたの。餓鬼のようにたかっては、愛情もお金も何もかも求めたわ」

 嫌悪感を込めて言う澪の言葉を聞き、香澄の心に深い納得が落ちていく。

「……色んな面で優れていると、そうなってしまうのかもしれませんね。素敵な人がいると、全員ではありませんが『自分を好きになってほしい。特別扱いしてほしい』って思ってしまうの、わかる気がします」

「ある意味、ファンを持っている芸能人のようなものよ。勝手な理想を押しつけられて、視線を向けるだけで『キャー』、誰かに話しかけただけで、その相手に激しい嫉妬を向ける……。学生時代の佑の周囲は、本当に地獄だったわ」

「ああ……」

 その様子が容易く想像できて、香澄は苦笑いする。
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