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第二十三部・幸せへ 編

ハッピーバレンタイン

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「ヨーロッパの人々は好んで日光浴をするし、家が暑ければ雨戸を閉じたり、地下に潜ったりする。日本人は日焼けを好まない傾向があるし、すべての家に地下室がある訳じゃない。考え方や環境、色んな条件が異なるから、ヨーロッパと日本を〝同じ〟に考えるつもりはない」

 公平な考え方をする彼の言葉に、麻衣はホッと胸を撫で下ろす。

 話しながらも二人は地下歩行空間を歩き続け、ポールタウンの終わりのほう、すすきの近くに来ていた。

 すすきの駅近くにあるフレンチレストランに入ると、予約していた旨を告げ、席に案内される。

 マティアスはコースを決めて予約していたようで、それに合うワインをソムリエに教えてもらった。

「よくこんなお店見つけるね」

「マイが働いている間、札幌について色々検索したり、店に行ってみたりしていた」

「だから帰ったら美味しいケーキがあったんだね……」

 仕事から帰ると高確率でマティアスがスイーツを用意してくれていて、どこで買ってきたのか不思議に思っていた。

 どうやらネットの口コミを読んで評判のいい店へタクシーで向かっては、麻衣が喜びそうな物を見繕っていたようだ。

「……嬉しいんだけどさ、痩せられないよ」

 半分諦めて「ははっ」と笑うと、マティアスはキョトンとして言う。

「痩せる必要があるように思えないが」

「……マティアスさんはそういう人だよねぇ……」

 彼の言動に慣れてきた麻衣は、半笑いの表情で水を飲む。

「俺はマイの体重が五十キロ増えても減っても、変わらず愛する」

「五十キロ減ったらガリガリになるわ」

 思わずフハッと息を吐くように笑った麻衣は、彼と話していると、自分を縛っていた色んなわだかまりが軽くなっていくのを感じた。

 微笑んだ麻衣は、バッグから小さな箱を出してテーブルの上に置いた。

「はい、どうぞ。ハッピーバレンタイン」

「ん?」

 マティアスはチョコレートの箱を見て、不思議そうに目を瞬かせる。

「ヨーロッパにはバレンタインにチョコレートをあげる風習はないと思うけど、日本式。日本では好きな男性に、愛の告白としてチョコレートを贈るの」

「そうか」

 好きな男性と聞き、マティアスはパァッと表情を綻ばせる。

 そんな表情を見ると、やはり彼はシェパードっぽいと思ってしまう。

「開けてもいいか?」

「え? すぐ開けるの?」

「中身を見たい」

「いいよ」

 子供みたいな反応をされ、くすぐったく思いながら麻衣は微笑んで快諾する。

 マティアスはチョコレートの箱のリボンを解くと、サイドについているテープを卓上のナイフで切り、蓋を開けた。

「Wow……」

 青い目を見開いたマティアスを見て、麻衣は悶えたくなっている。

(普通のチョコなのに、マティアスさんクラスなら何も特別じゃない物なのに、なんでそんなに喜んでくれるの?)

 答えはすでに出ている。

 彼は自分を深く愛し、自分にもらえる物なら何だって嬉しく、さらに日本式の愛の告白と聞いて、テンションがブチ上がっているのだ。

 ――分かっているのに、好きになった男性にそんな態度をとられた事のない麻衣は、いちいちキュンキュンしてしまう。

「……も、もういいから、しまって乾杯の準備をしよう」

 なのに、照れくさくて可愛げのない事を言う自分が嫌で堪らない。

「分かった。ありがとう」

 マティアスが箱を閉じると、麻衣はバッグから紙袋を出してしまわせた。

 そのタイミングで飲み物が運ばれ、順番にコース料理が出されていく。

「……香澄、なんとか元気そうな返事があった」

 道産の野菜やキノコを最も美味しい形で調理したという、スペシャリテを食べながら、麻衣はぽつんと言う。

「……そうか」

 ワインを三杯ぐらい飲んでもまったく顔色を変えないマティアスは、しばし卓上花を見て考えてから言った。

「パスポートは有効期限内だと言ったな? あとは荷物の準備をして飛行機の予約をとればOKだ」

「そうだね! うわぁ……、ワクワクする!」

 麻衣はファーストクラスに乗ってドイツに向かう事を想像し、胸を高鳴らせる。

「諸々準備が必要だろうし、二月末に日本を発とうか」

「分かった」

 麻衣は持っていく物を考え始めながら、思いきり息を吸って吐いた。



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