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第二十三部・幸せへ 編
私たちに約束はできないの?
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「佑が仕事を頑張っているのは分かるし、あなたと朔さんのデザインが世界に認められ、パリコレにも出られるようになったのは、喜ばしい事と思っているわ。祖母としてとても鼻が高いの」
節子は柔和に微笑みつつも、その目の奥に真剣な光を宿していた。
「香澄さんがクラウザー家に嫁ぐ訳ではない事も承知しているわ。けれどあなたは一度は、この城の礼拝堂で式を挙げる事も考えた。私たちにも香澄さんを紹介してくれた以上、私たちも彼女を精一杯祝福したいと思っている」
エルマーをはじめ叔父や叔母たちは、真剣な顔をして節子の言葉を聞いていた。
彼らは多少佑に対して憐憫の混じった表情を浮かべていたが、節子がこうなった以上、誰も口を挟む事ができずにいる。
「CEPの御劔佑が手ずから作ったドレスは、一点物だし大層な値打ちがつくでしょう。古くて伝統があるだけの、私の着物とは比べ物にならないわね」
節子が所有している着物は、どれも職人が手作りした最高級の物だ。
京都の老舗と懇意にし、節子が思い描いたデザインを職人が起こしたオーダーメイドも多くある。
京都という伝統ある土地で確かな腕を持つ職人が作った着物に対し、ブランドを立ち上げて知名度はあるにしても、たかだか十年弱しか歴史のないChief Everyとでは、比べものにならないと彼女は言外に言っている。
それを敢えて自分の着物を謙遜しつつ、佑を上げながらも、実は落としているのが節子が怒った時の恐ろしいところだ。
節子は香澄を可愛がっているからこそ、自分が大切にしている着物を譲り、結婚式に着てほしいという願いを持っている。
西洋では母から娘へジュエリーを継ぎ、家としては歴史のある食器や銀のカトラリー類なども財産として受け継がれる。
軽くて薄い物に慣れている日本人からすれば、重たくてかさばる古い食器類も、彼らにとっては大切な宝物なのだ。
いっぽうで着物とは馴染みが薄い現代人はあまり知らないが、質のいい着物を結婚相手の母、祖母から受け継ぐ事も、花嫁にとっては光栄な贈り物になるのだ。
佑や香澄たちがそういう事に疎くとも、節子や彼女の母はそのようにして着物を大切にしてきた。
「……伝統は大切です。ですがこれは俺と香澄の結婚式です。オーマの気持ちはありがたいですが、何を着るかは俺と彼女が相談して決めたいと思っています」
節子に刃向かった佑を、アドラーやエルマー達が目を瞠って見ている。
だが節子も負けていない。
「CEPのショーで、佑は刺され、香澄さんは目にスプレーを掛けられ暴行を加えられたわ。クラウザー家の孫と、その婚約者が全世界が注目する前で襲われたの」
祖母は中肉中背の普通の女性だが、そこに立っているだけで佑をたじろがせる気迫を放っている。
「世界中の人がSNSでハッシュタグをつけ、『御劔佑の無事を祈ろう』と投稿していた。香澄さんもあの時にカメラに映ってしまったものだから、『御劔佑の婚約者の無事を祈ろう』という流れもできた。皆が味方してくれて、あなたは心強いでしょう。でも歴史あるパリコレのショーで、デザイナーが襲われてブランドとしては面目丸つぶれだわ。警備を責める声もあったけれど、責任を負うべきはステージを設営し、警備員を雇ったCEPの責任者――あなただと思うの」
現実的な問題を指摘され、佑は溜め息をつく。
「仰る通りです。今後、騒ぎを起こしてしまったブランドとして、パリコレから追放される選択肢も起こりえます。フェルナンドとエミリアは俺に恨みを抱いていた。エミリアが香澄を邪魔に思っていたとしても、俺がいなければ彼女が恨まれる事もなかった」
節子は静かに佑を見つめる。
「エミリアについては、夫立ち会いのもとメイヤー家に赴いて、すべて解決したものだと思っていたけれど……。彼女をランスのガブリエル氏の元に連れて行き、もう二度と悪さができないようにしたんじゃなかったの?」
「……返す言葉もありません」
ガブリエルを信じてエミリアを託した訳だが、まさか彼もあれだけ身の程を知らせた彼女に、まだ逆らう気力があるとは思っていなかっただろう。
だがここで責任をガブリエルに押しつける訳にいかない。
節子は佑が危険な目に遭った事と、香澄がまたも危機に晒された事を悲しんでいる。
祖母はエミリア達の意識が変わらなければ、彼女たちの処遇を他者に委ねようが、根本的に何も変わらないと言っている。
「エミリアがまた騒ぎを起こして、メイヤーズの株価はまた大暴落を起こしているけれど、そんな事はどうでもいいの。どうやったら二度とあの子に悪さを起こさせないか、私たちに約束はできないの?」
「ここでの話し合いが終わったあと、ランスに向かうつもりです」
今回の件に関しても、メイヤー家の弁護士から謝罪を伝えられ、慰謝料を払う意志があると連絡があったが、もう二度とこんな事があってはならない。
フェルナンドはまだ勾留され、エミリアもガブリエルが莫大な保釈金を支払ったあと、またあの城に閉じ込めている。
三度目はないと思いたいが、今度こそきちんと釘を刺さなければならない。
節子は柔和に微笑みつつも、その目の奥に真剣な光を宿していた。
「香澄さんがクラウザー家に嫁ぐ訳ではない事も承知しているわ。けれどあなたは一度は、この城の礼拝堂で式を挙げる事も考えた。私たちにも香澄さんを紹介してくれた以上、私たちも彼女を精一杯祝福したいと思っている」
エルマーをはじめ叔父や叔母たちは、真剣な顔をして節子の言葉を聞いていた。
彼らは多少佑に対して憐憫の混じった表情を浮かべていたが、節子がこうなった以上、誰も口を挟む事ができずにいる。
「CEPの御劔佑が手ずから作ったドレスは、一点物だし大層な値打ちがつくでしょう。古くて伝統があるだけの、私の着物とは比べ物にならないわね」
節子が所有している着物は、どれも職人が手作りした最高級の物だ。
京都の老舗と懇意にし、節子が思い描いたデザインを職人が起こしたオーダーメイドも多くある。
京都という伝統ある土地で確かな腕を持つ職人が作った着物に対し、ブランドを立ち上げて知名度はあるにしても、たかだか十年弱しか歴史のないChief Everyとでは、比べものにならないと彼女は言外に言っている。
それを敢えて自分の着物を謙遜しつつ、佑を上げながらも、実は落としているのが節子が怒った時の恐ろしいところだ。
節子は香澄を可愛がっているからこそ、自分が大切にしている着物を譲り、結婚式に着てほしいという願いを持っている。
西洋では母から娘へジュエリーを継ぎ、家としては歴史のある食器や銀のカトラリー類なども財産として受け継がれる。
軽くて薄い物に慣れている日本人からすれば、重たくてかさばる古い食器類も、彼らにとっては大切な宝物なのだ。
いっぽうで着物とは馴染みが薄い現代人はあまり知らないが、質のいい着物を結婚相手の母、祖母から受け継ぐ事も、花嫁にとっては光栄な贈り物になるのだ。
佑や香澄たちがそういう事に疎くとも、節子や彼女の母はそのようにして着物を大切にしてきた。
「……伝統は大切です。ですがこれは俺と香澄の結婚式です。オーマの気持ちはありがたいですが、何を着るかは俺と彼女が相談して決めたいと思っています」
節子に刃向かった佑を、アドラーやエルマー達が目を瞠って見ている。
だが節子も負けていない。
「CEPのショーで、佑は刺され、香澄さんは目にスプレーを掛けられ暴行を加えられたわ。クラウザー家の孫と、その婚約者が全世界が注目する前で襲われたの」
祖母は中肉中背の普通の女性だが、そこに立っているだけで佑をたじろがせる気迫を放っている。
「世界中の人がSNSでハッシュタグをつけ、『御劔佑の無事を祈ろう』と投稿していた。香澄さんもあの時にカメラに映ってしまったものだから、『御劔佑の婚約者の無事を祈ろう』という流れもできた。皆が味方してくれて、あなたは心強いでしょう。でも歴史あるパリコレのショーで、デザイナーが襲われてブランドとしては面目丸つぶれだわ。警備を責める声もあったけれど、責任を負うべきはステージを設営し、警備員を雇ったCEPの責任者――あなただと思うの」
現実的な問題を指摘され、佑は溜め息をつく。
「仰る通りです。今後、騒ぎを起こしてしまったブランドとして、パリコレから追放される選択肢も起こりえます。フェルナンドとエミリアは俺に恨みを抱いていた。エミリアが香澄を邪魔に思っていたとしても、俺がいなければ彼女が恨まれる事もなかった」
節子は静かに佑を見つめる。
「エミリアについては、夫立ち会いのもとメイヤー家に赴いて、すべて解決したものだと思っていたけれど……。彼女をランスのガブリエル氏の元に連れて行き、もう二度と悪さができないようにしたんじゃなかったの?」
「……返す言葉もありません」
ガブリエルを信じてエミリアを託した訳だが、まさか彼もあれだけ身の程を知らせた彼女に、まだ逆らう気力があるとは思っていなかっただろう。
だがここで責任をガブリエルに押しつける訳にいかない。
節子は佑が危険な目に遭った事と、香澄がまたも危機に晒された事を悲しんでいる。
祖母はエミリア達の意識が変わらなければ、彼女たちの処遇を他者に委ねようが、根本的に何も変わらないと言っている。
「エミリアがまた騒ぎを起こして、メイヤーズの株価はまた大暴落を起こしているけれど、そんな事はどうでもいいの。どうやったら二度とあの子に悪さを起こさせないか、私たちに約束はできないの?」
「ここでの話し合いが終わったあと、ランスに向かうつもりです」
今回の件に関しても、メイヤー家の弁護士から謝罪を伝えられ、慰謝料を払う意志があると連絡があったが、もう二度とこんな事があってはならない。
フェルナンドはまだ勾留され、エミリアもガブリエルが莫大な保釈金を支払ったあと、またあの城に閉じ込めている。
三度目はないと思いたいが、今度こそきちんと釘を刺さなければならない。
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