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第二十三部・幸せへ 編

第二十三部・序章 コルネリア・ティアラ

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 祖父母が住んでいる城に着いた佑は、鉄製のドアを前にして溜め息をついた。

 先ほど離れの警備室に挨拶をしたので、アドラーと節子にはすでに自分の到着が知らされているだろう。

(何を言われても仕方がない)

 深呼吸した佑はドアの脇にあるチャイムを押し、ドアを開いた。

 城の〝表〟は相変わらず観光地として人気があり、駐車場には沢山の車やバスが停まっていた。

 城を維持していかなければならないので、プロを雇って作らせた写真集やポストカード、その他ドイツらしい土産物を売る売店や、ビアガーデン他、一流コックを雇ったレストランもある。

 映画の舞台となった事もあるそうだし、要望があれば歌手や音楽家たちのコンサート会場として場を提供し、敷地内の礼拝堂を貸して結婚式も行っているらしい。

 稜堡りょうほには墓もあり、やんごとなき方々が眠っているそうだ。

 観光客の喧噪も聞こえないほど奥に、もと伯爵の末裔クラウザー家の人々は暮らしている。

 後ろに護衛たちを連れた佑は静まりかえった廊下を進み、階段を上っていく。

 慣れない者ならすぐに迷ってしまう城の内部も、佑にとってはすでに馴染みの場所だ。

 彼はいつもアドラーと節子がいる広間に向かうと、ドアをノックして室内に入った。

「いらっしゃい」

 すぐに聞こえたのは、柔らかながら凜とした節子の声だ。

 天井近くまである大きな窓から差し込む光のなか、ゴブラン織りのクッションを背に、着物姿の節子が背筋を伸ばして座っている。

 眼鏡を掛け髭をたくわえたアドラーも一人掛けのソファに深く腰かけ、双子の父エルマーやその兄弟たちも、広々とした室内に沢山あるソファに座していた。

(全員集合か。……いや、母さんがいないか)

 アンネの兄弟や配偶者は全員揃っているらしく、アドラーの孫世代以下はさすがに仕事や学校があるのでこの場にはいない。

「ご無沙汰しています」

 彼らの近くまで歩み寄った佑は、綺麗に一礼してみせた。

「座ってちょうだい。日本から十一時間のフライト、ご苦労様」

 節子が言ったあと、室内にいる執事が動き、佑のために紅茶を淹れ始めた。

 残る者達はすでにそれぞれの前にカップを置き、かなり前から集まって話していたようだ。

「傷はどうだ?」

 佑がソファに腰かけると、アドラーが尋ねてくる。

「多少痛む時はあるが、他はほぼ問題ない」

 答えると、さすがに孫の体調が心配だったのか、祖父は安心したように息を吐いた。

 執事が紅茶を佑の前に置き、彼は『ありがとう』とドイツ語で礼を言う。

 その時、節子が立ちあがると部屋の壁際にあるサイドボードに向かい、美しい木細工のドアを開けるとビロードのケースを出した。

 ケースは両手で抱える大きさがあり、節子はある程度の重量がありそうなそれを、佑の前まで運んでくる。

「これは……」

 子供の頃に見た事がある濃紺のビロードケースを見て、佑は僅かに目を見開く。

「あなた、香澄さんのドレスは自分で作っていると言ったわね」

「はい」

 節子に尋ねられ、佑は背筋を伸ばして頷く。

 返事をした孫の目を見つめたあと、節子はビロードケースの蓋を開けた。

 その中には、大きなエメラルドとダイヤモンドがちりばめられたティアラが鎮座していた。

「私は義母から幾つものティアラやジュエリーを譲り受けたわ。多くは娘たちが嫁ぐ時に譲ったけれど、このコルネリア・ティアラを香澄さんに譲ります」

 コルネリアは今より百五十年前、第二帝国と呼ばれる事もあるドイツ帝国があった頃、クラウザー家に名を連ねていた女性だ。

 ドイツ帝国はプロイセンが支配するホーエンツォレルン家の帝国であったが、それに負けじと家をもり立てていたのがクラウザー家となる。

 コルネリアは美意識が高く流行に敏感で、ジュエリー類も大好きだったらしく、当時の伯爵が家を繁栄させていた流れで、多くのジュエリーを職人に作らせていたそうだ。

 ドイツ帝国は第一次世界大戦後に崩壊し、当時の皇帝ヴィルヘルム2世はベルギーに亡命したが、その流れでクラウザー家の面々も国外に逃げ延びた。

 第二次世界大戦後の現代において散らばった家宝類を集め、自動車会社を興して再びクラウザー家の時代となっている。

 なお、フランクやエミリアのメイヤー家とは、古い時代から因縁があるとされている。

 そんな歴史あるティアラを前に、佑は目を見開き固まっている。

 孫の反応を見て微笑した節子は、下の引き出しも開け、揃いのネックレスとイヤリングを佑に見せた。

「あなたが作っているドレスは、これに見合う物なの?」

 手厳しい言葉を掛けられ、佑は「こうきたか」と内心で表情を歪めた。
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