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第二十二部・岐路 編

第二十二部・終章 NYとフランクフルト、それぞれの場所で

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「ん……」

 小さくうめいて目を開けた香澄は、知らない天井を目にして今自分がどこにいるかを考える。

(毎回こんな事を考えてる気がする)

 スマホを開いてアプリをチェックすると、成瀬たちから連絡が入っていた。

【ずっと顔を見ていないけど、大丈夫? また体調崩した?】

【無理しないでね。ぶっちゃけ赤松さんが退職しても、社長とのラブラブ生活は保障されてる訳だし、会社の事、そんなに重たく考えなくていいからね。働くだけが人生じゃないんだから】

【そうそう! 私たちとしては、赤松さんが元気で過ごしてくれているのが一番な訳! もしも今度都合つくようだったら、また四人でお茶しようよ】

【賛成! 私、こないだ可愛いカフェ見つけてね~!】

 そんな調子で三人のトークが続き、都内のお洒落カフェのURLが幾つか貼られてある。

「……ありがとうございます」

 Chief Everyで働いていた日々は、もうずっと遠くのものになったように思えるのに、彼女たちは変わらず接してくれている。

「本当に……、ありがとう……」

 香澄はスマホを抱き締め、ギュッと目を閉じて成瀬、荒野、水木に礼を言った。

 それからゆっくり起き上がり、カーテンを開いてセントラルパークを見る。

 ゆっくり眠らせてもらったつもりだが、外はまだまだ明るい。

「……どこにいても、ちゃんと寝て食べて生きないと」

 落ち込んだ時、佑が言っていた。

『ネガティブな思考になる時は、大体お腹が空いているか、疲れているか、寝不足の時が多い。夜に考え事は禁物。まずゆっくり寝てご飯を食べてから、もう一度考えてごらん』

「……うん、佑さん」

 寝て起きても、お腹いっぱいになっても、彼が自分を忘れてしまっている事は変わらない。

(それでも私の中には、佑さんから教えてもらった言葉たちが沢山ある。彼と過ごした大切な思い出もある)

 深呼吸したあと、香澄は瞳の奥に強い意志を宿す。

「頑張るよ、佑さん」

 心の中の婚約者に話しかけたあと、香澄は双子たちに【休憩終わりました】とメッセージを打った。



**



 フランクフルト空港に降り立った佑は、すぐさま小金井がハンドルを握るクラウザー社の車に乗り、後部座席で目を閉じる。

(三月か……。桜が開花する下旬には、香澄と一緒に東京に戻っていたいが……)

 そう思い、彼は溜め息をつく。

 しばし思考を巡らせていた佑は、助手席にいる呉代に声を掛けた。

「久住、佐野、瀬尾から連絡はあるか?」

「特筆すべき連絡はありません」

「……今どこにいるかも?」

 少し鋭くなった佑の声を聞き、呉代は言いづらそうに返事をする。

「はい。情報はありません。……なんなら、メッセージのやり取りをお見せしても構いません」

「……いや、いい。引き続き、何かあったら教えてくれ」

「はい」

 佑は溜め息をつき、何度も通った風景を眺める。

(香澄にブロックされた上、彼女に同行している久住たちからも協力的な連絡はない)

 まず事実を確認し、それから推測を重ねる。

(あんな動画を残した香澄が、俺をブロックするとは思えない。そもそも彼女は余程の事がなければ人をブロックしない。それに香澄が久住たちに〝無理なお願い〟をするのも考えにくい。久住たちが自分の意志で香澄を守ると判断したはいいとして、彼女に関する事は逐一俺に連絡するはずだ。彼らのすべき業務を無視して『佑さんに居場所を教えないでください』とお願いするのは考えにくい)

 自分の知る香澄なら……という前提で現状のおかしな部分を確認したあと、モヤ……ッと頭に浮かんだのは、こちらに軽蔑の目を向ける双子の顔だ。

 佑は無意識に、ハァ……、と深い溜め息を漏らす。

(あいつらが背後にいると考えるなら、すべて合点がいく。香澄は気を許した相手にはガードが緩いから、隙を突いてスマホを操作されたと思えば納得できる。久住たちも何らかの圧力を掛けられ、言う事を聞いているなら……)

 それしかない、と結論を出し、佑はこれ以上無駄に悩むのをやめた。

(一つずつ解決していこう。まずオーパとオーマに会って話をする。それからパリに向かって、……あぁ、面倒だがガブリエルにも会っておくか)

 香澄がどこにいるか分からない状態だというのに、これから自分がこなさなければならないのは、気が重たい事ばかり。

 それでも、手近なものから片づけていけば、きっと笑顔の香澄が待ってくれていると信じていた。

 ――佑さん、待ってるよ。

 香澄がいつもの笑顔で両腕を広げている妄想をし、佑はそっと切ない溜め息をつく。

(絶対に迎えに行くからな)

 佑はスマホを開いて〝香澄フォルダ〟の写真をじっくりと見ていく。

 毎日のようにこっそり香澄を撮り続け、その写真の枚数は膨大な数になっている。

 空いた時間には加工アプリで一番綺麗に見えるよう色味や明るさを調整し、満足いく出来になった時は一つの作品を仕上げた気持ちにもなる。

 その一枚一枚が、佑にとっての宝物だ。

(絶対、結婚して幸せになるんだ)



 心の中で呟いた佑は、写真の中の香澄に向けて切なく微笑みかけた。



 第二十二部・完
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