1,496 / 1,544
第二十二部・岐路 編
中身のない言葉
しおりを挟む
「……ううん」
会社でああいう扱いを受けるのは今に始まった事ではないし、マティアスには関係ない事だ。
移住について多くの問題を抱えている彼に、余計な心配を増やしたくないと思い、麻衣は首を横に振る。
それで話を終わらせようと思ったのに、マティアスは麻衣の腕を掴んで見つめてくる。
「夫婦になるんだから、なんでも言ってくれ。頼りない夫にはなりたくない」
なんでも親身になろうとするマティアスの態度に、胸の奥がキュッとなった時――。
「えっ!? 嘘! やだぁ! 岩本さん、本当に外国人彼氏いるぅ!」
かん高い声がしたかと思うと、会社から笠島と同僚の木沢、加えて彼女たちと仲のいい先輩の男性国崎が出てきた。
(最悪……!)
表情を強張らせた麻衣は、マティアスを引っ張って「行こう」と歩き始める。
「やだぁ、岩本さん、行かないでくださいよぉ。紹介してください、ねっ」
だが笠島が駆けよってきたかと思うと、麻衣の腕を組み引っ張った。
「ちょっと……」
麻衣が笠島の腕を振り払おうとした時、国崎がしみじみと言う。
「まさか岩本にこんな彼氏がいるなんてなぁ……。いやー、初めまして。俺、岩本の先輩の国崎幸重といいます」
「初めまして。マティアス・シュナイダーだ」
挨拶をされて握手を求められ、マティアスは国崎の手を握る。
「ていうか、日本語ペラペラ~。あっ、私、笠島芽衣っていいます。こっちは同期の木沢亜由美ちゃん」
笠島に紹介された木沢という女性社員は、笠島と仲良くしているというより、彼女の金魚のフンだ。
あまり自分の意見を持たず、仕事でも言われた事しかしないタイプで、明るく社交的な笠島の隣にいると自分にもいい役回りがくると分かっている。
麻衣から見れば、うまく立ち回っているというより、いかに楽に生きるかを本能で察知し、流されているように思える。
(最悪……。詰んだ……)
麻衣はキャピキャピしている笠島の声を聞きながら、死んだ目で遠くを見た。
「すっごいイケメンですねぇ。え? なんで岩本さんを選んだんです? 親が資産家とか?」
金以外に麻衣に長所はないと言わんばかりの言い方に、彼女は横を向いて溜め息をつく。
(分かっていた展開だけど、マティアスさんにこんな人たちを見せなきゃいけないのは、しんどいな。私が本当に大切にしている人は、香澄たちみたいな友達だって分かってくれていたらいいけど)
マティアスの返事を待たず、木沢が笠島のように笑いながら言った。
「もし良かったら、これから私たちと一緒に飲みに行きません? お二人の馴れそめをお聞きしたいです~。ていうか岩本先輩、どうやったらイケメン外人彼氏ゲットできるのか、教えてくださいよぉ。やっぱりクラブとか? 岩本先輩が行くのは想像できないんですけど。あはっ、ウケる~」
中身のない言葉を耳にするたびに、麻衣の心は空虚になっていく。
と、笠島がマティアスの手を握り腕を絡めて言った。
「ていうか、マティアスさんって岩本さんの東京旅行の写真に載ってましたよね? 御劔様とお友達なんですか? 今度私も御劔様のお宅に招待してください! キャーッ!」
笠島の言葉を聞き、国崎も盛り上がる。
「その時は俺も立候補しちゃおっかな~。いやぁ、まさか岩本が御劔佑と知り合いなんて。人間、見た目じゃ分からないな」
黙っていたマティアスは溜め息をついたあと、人差し指でこめかみをトントンと叩き、「Ihr bist so muhsam.(お前ら、本当にうざいな)」と呟いた。
麻衣は知らない事だが、ドイツにおいて頭部付近で指をクルクル回したり、トントンと叩くのは相手を馬鹿にする意味がある。
今までマティアスと過ごしていて、彼が誰かに苛つく様子を見た事がなかったので、彼女がその意味を知らなかったのは当たり前だ。
マティアスは笠島の手を振り払うと、麻衣の手を握る。
「いきなりボディタッチする女性とは関わりたくない」
言われた瞬間、笠島はサッと赤面して激昂した。
「なっ、なにそれ! 前にナンパしてきたアメリカ人は、そんな事言わなかったのに!」
だがマティアスは淡々と言い返す。
「〝外国人〟で一括りにしている時点で、俺の周囲にいる人と付き合えると思わないほうがいい。日本人から見れば全員、白人で外国人に見えるだろうが、俺たちにはそれぞれのルーツがあり、国民性がある」
「岩本さんはすべて分かっているんですねー。すごーい。きっとドイツ語もペラペラなんでしょうね。イッヒ トリンケン ビーア(私はビールを飲みます)とか?」
煽られても麻衣は無表情でそっぽを向き、代わりにマティアスが一刀両断した。
会社でああいう扱いを受けるのは今に始まった事ではないし、マティアスには関係ない事だ。
移住について多くの問題を抱えている彼に、余計な心配を増やしたくないと思い、麻衣は首を横に振る。
それで話を終わらせようと思ったのに、マティアスは麻衣の腕を掴んで見つめてくる。
「夫婦になるんだから、なんでも言ってくれ。頼りない夫にはなりたくない」
なんでも親身になろうとするマティアスの態度に、胸の奥がキュッとなった時――。
「えっ!? 嘘! やだぁ! 岩本さん、本当に外国人彼氏いるぅ!」
かん高い声がしたかと思うと、会社から笠島と同僚の木沢、加えて彼女たちと仲のいい先輩の男性国崎が出てきた。
(最悪……!)
表情を強張らせた麻衣は、マティアスを引っ張って「行こう」と歩き始める。
「やだぁ、岩本さん、行かないでくださいよぉ。紹介してください、ねっ」
だが笠島が駆けよってきたかと思うと、麻衣の腕を組み引っ張った。
「ちょっと……」
麻衣が笠島の腕を振り払おうとした時、国崎がしみじみと言う。
「まさか岩本にこんな彼氏がいるなんてなぁ……。いやー、初めまして。俺、岩本の先輩の国崎幸重といいます」
「初めまして。マティアス・シュナイダーだ」
挨拶をされて握手を求められ、マティアスは国崎の手を握る。
「ていうか、日本語ペラペラ~。あっ、私、笠島芽衣っていいます。こっちは同期の木沢亜由美ちゃん」
笠島に紹介された木沢という女性社員は、笠島と仲良くしているというより、彼女の金魚のフンだ。
あまり自分の意見を持たず、仕事でも言われた事しかしないタイプで、明るく社交的な笠島の隣にいると自分にもいい役回りがくると分かっている。
麻衣から見れば、うまく立ち回っているというより、いかに楽に生きるかを本能で察知し、流されているように思える。
(最悪……。詰んだ……)
麻衣はキャピキャピしている笠島の声を聞きながら、死んだ目で遠くを見た。
「すっごいイケメンですねぇ。え? なんで岩本さんを選んだんです? 親が資産家とか?」
金以外に麻衣に長所はないと言わんばかりの言い方に、彼女は横を向いて溜め息をつく。
(分かっていた展開だけど、マティアスさんにこんな人たちを見せなきゃいけないのは、しんどいな。私が本当に大切にしている人は、香澄たちみたいな友達だって分かってくれていたらいいけど)
マティアスの返事を待たず、木沢が笠島のように笑いながら言った。
「もし良かったら、これから私たちと一緒に飲みに行きません? お二人の馴れそめをお聞きしたいです~。ていうか岩本先輩、どうやったらイケメン外人彼氏ゲットできるのか、教えてくださいよぉ。やっぱりクラブとか? 岩本先輩が行くのは想像できないんですけど。あはっ、ウケる~」
中身のない言葉を耳にするたびに、麻衣の心は空虚になっていく。
と、笠島がマティアスの手を握り腕を絡めて言った。
「ていうか、マティアスさんって岩本さんの東京旅行の写真に載ってましたよね? 御劔様とお友達なんですか? 今度私も御劔様のお宅に招待してください! キャーッ!」
笠島の言葉を聞き、国崎も盛り上がる。
「その時は俺も立候補しちゃおっかな~。いやぁ、まさか岩本が御劔佑と知り合いなんて。人間、見た目じゃ分からないな」
黙っていたマティアスは溜め息をついたあと、人差し指でこめかみをトントンと叩き、「Ihr bist so muhsam.(お前ら、本当にうざいな)」と呟いた。
麻衣は知らない事だが、ドイツにおいて頭部付近で指をクルクル回したり、トントンと叩くのは相手を馬鹿にする意味がある。
今までマティアスと過ごしていて、彼が誰かに苛つく様子を見た事がなかったので、彼女がその意味を知らなかったのは当たり前だ。
マティアスは笠島の手を振り払うと、麻衣の手を握る。
「いきなりボディタッチする女性とは関わりたくない」
言われた瞬間、笠島はサッと赤面して激昂した。
「なっ、なにそれ! 前にナンパしてきたアメリカ人は、そんな事言わなかったのに!」
だがマティアスは淡々と言い返す。
「〝外国人〟で一括りにしている時点で、俺の周囲にいる人と付き合えると思わないほうがいい。日本人から見れば全員、白人で外国人に見えるだろうが、俺たちにはそれぞれのルーツがあり、国民性がある」
「岩本さんはすべて分かっているんですねー。すごーい。きっとドイツ語もペラペラなんでしょうね。イッヒ トリンケン ビーア(私はビールを飲みます)とか?」
煽られても麻衣は無表情でそっぽを向き、代わりにマティアスが一刀両断した。
85
お気に入りに追加
2,511
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
なりゆきで、君の体を調教中
星野しずく
恋愛
教師を目指す真が、ひょんなことからメイド喫茶で働く現役女子高生の優菜の特異体質を治す羽目に。毎夜行われるマッサージに悶える優菜と、自分の理性と戦う真面目な真の葛藤の日々が続く。やがて二人の心境には、徐々に変化が訪れ…。
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!
臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。
そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。
※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています
※表紙はニジジャーニーで生成しました
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる