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第二十二部・岐路 編
中身のない言葉
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「嫌な事があったか?」
マティアスは麻衣を抱き締め返し、いつもと変わらない声音で尋ねる。
「……ううん」
会社でああいう扱いを受けるのは今に始まった事ではないし、マティアスには関係ない事だ。
移住について問題を多く抱えている彼に、余計な心配を増やしたくない。
だがマティアスは麻衣の腕を掴むと、そっと自分の体から離し、見つめてくる。
「夫婦になるんだから、なんでも言ってくれ。頼りない夫にはなりたくない」
なんでも親身になろうとするマティアスの態度に、胸の奥がキュッとなった時――。
「えっ!? 嘘! やだぁ! 岩本さん、本当に外国人彼氏いるぅ!」
高い声がしたかと思うと、会社から笠島と同僚の木沢、加えて彼女たちと仲のいい先輩の男性国崎が出てきた。
(最悪……!)
表情を強張らせた麻衣は、マティアスを引っ張って「行こう」と歩き始める。
「やだぁ、岩本さん、行かないでくださいよぉ。紹介してください、ねっ」
だが笠島が駆けよってきたかと思うと、麻衣の腕を組み引っ張った。
「ちょっと……」
麻衣が笠島の腕を振り払おうとした時、国崎がしみじみと言う。
「まさか岩本にこんな彼氏がいるなんてなぁ……。いやー、初めまして。俺、岩本の先輩の国崎幸重といいます」
「初めまして。マティアス・シュナイダーだ」
挨拶をされて握手を求められ、マティアスは国崎の手を握る。
「ていうか、日本語ペラペラ~。あっ、私、笠島芽衣っていいます。こっちは同期の木沢亜由美ちゃん」
笠島に紹介された木沢という女性社員は、笠島と仲良くしているというより、彼女の金魚のフンだ。
あまり自分の意見を持たず、仕事でも言われた事しかしないタイプで、明るく社交的な笠島の隣にいると自分にもいい立場が回ってくると分かっている。
麻衣から見れば、うまく立ち回っているというより、いかに楽に生きるかを本能で察知し、流されているように思える。
(最悪……。詰んだ……)
麻衣はキャピキャピしている笠島の声を聞きながら、死んだ目で遠くを見た。
「すっごいイケメンですねぇ。え? なんで岩本さんを選んだんです? 親が資産家とか?」
金以外に麻衣に長所はないと言わんばかりの言い方に、彼女は横を向いて溜め息をつく。
(分かっていた展開だけど、マティアスさんにこんな人たちを見せなきゃいけないのは、しんどいな。私が本当に大切にしている人は、香澄たちみたいな友達だって分かってくれていたらいいけど)
マティアスの返事を待たず、木沢が笠島のように笑いながら言った。
「もし良かったら、これから私たちと一緒に飲みに行きません? お二人の馴れそめをお聞きしたいです~。ていうか岩本先輩、どうやったらイケメン外人彼氏ゲットできるのか、教えてくださいよぉ。やっぱりクラブとか? 岩本先輩が行くのは想像できないんですけど。あはっ、ウケる~」
中身のない言葉を耳にするたびに、麻衣の心は空虚になっていく。
と、笠島がマティアスの手を握り腕を絡めて言った。
「ていうか、マティアスさんって岩本さんの東京旅行の写真に載ってましたよね? 御劔様とお友達なんですか? 今度私も御劔様のお宅に招待してください! キャーッ!」
笠島の言葉を聞き、国崎も盛り上がる。
「その時は俺も立候補しちゃおっかな~。いやぁ、まさか岩本が御劔佑と知り合いなんて。人間、見た目じゃ分からないな」
黙っていたマティアスは溜め息をついたあと、人差し指でこめかみをトントンと叩き、「Ihr bist so muhsam.(お前ら、本当にうざいな)」と呟いた。
麻衣は知らない事だが、ドイツにおいて頭部付近で指をクルクル回したり、トントンと叩くのは相手を馬鹿にする意味がある。
今までマティアスと過ごしていて、彼が誰かに苛つく様子を見た事がなかったので、彼女がその意味を知らなかったのは当然だ。
マティアスは笠島の手を振り払うと、麻衣の手を握る。
「いきなりボディタッチする女性とは関わりたくない」
瞬間、笠島はサッと赤面して激昂した。
「なっ、なにそれ! 前にナンパしてきたアメリカ人は、そんな事言わなかったのに!」
だがマティアスは淡々と言い返す。
「〝外国人〟で一括りにしている時点で、俺の周囲にいる人と付き合えると思わないほうがいい。日本人から見れば全員、白人で外国人に見えるだろうが、俺たちにはそれぞれのルーツがあり、国民性がある」
「岩本さんはすべて分かっているんですねー。すごーい。きっとドイツ語もペラペラなんでしょうね。イッヒ トリンケン ビーア(私はビールを飲みます)とか?」
煽られても麻衣は無表情でそっぽを向き、代わりにマティアスが一刀両断した。
マティアスは麻衣を抱き締め返し、いつもと変わらない声音で尋ねる。
「……ううん」
会社でああいう扱いを受けるのは今に始まった事ではないし、マティアスには関係ない事だ。
移住について問題を多く抱えている彼に、余計な心配を増やしたくない。
だがマティアスは麻衣の腕を掴むと、そっと自分の体から離し、見つめてくる。
「夫婦になるんだから、なんでも言ってくれ。頼りない夫にはなりたくない」
なんでも親身になろうとするマティアスの態度に、胸の奥がキュッとなった時――。
「えっ!? 嘘! やだぁ! 岩本さん、本当に外国人彼氏いるぅ!」
高い声がしたかと思うと、会社から笠島と同僚の木沢、加えて彼女たちと仲のいい先輩の男性国崎が出てきた。
(最悪……!)
表情を強張らせた麻衣は、マティアスを引っ張って「行こう」と歩き始める。
「やだぁ、岩本さん、行かないでくださいよぉ。紹介してください、ねっ」
だが笠島が駆けよってきたかと思うと、麻衣の腕を組み引っ張った。
「ちょっと……」
麻衣が笠島の腕を振り払おうとした時、国崎がしみじみと言う。
「まさか岩本にこんな彼氏がいるなんてなぁ……。いやー、初めまして。俺、岩本の先輩の国崎幸重といいます」
「初めまして。マティアス・シュナイダーだ」
挨拶をされて握手を求められ、マティアスは国崎の手を握る。
「ていうか、日本語ペラペラ~。あっ、私、笠島芽衣っていいます。こっちは同期の木沢亜由美ちゃん」
笠島に紹介された木沢という女性社員は、笠島と仲良くしているというより、彼女の金魚のフンだ。
あまり自分の意見を持たず、仕事でも言われた事しかしないタイプで、明るく社交的な笠島の隣にいると自分にもいい立場が回ってくると分かっている。
麻衣から見れば、うまく立ち回っているというより、いかに楽に生きるかを本能で察知し、流されているように思える。
(最悪……。詰んだ……)
麻衣はキャピキャピしている笠島の声を聞きながら、死んだ目で遠くを見た。
「すっごいイケメンですねぇ。え? なんで岩本さんを選んだんです? 親が資産家とか?」
金以外に麻衣に長所はないと言わんばかりの言い方に、彼女は横を向いて溜め息をつく。
(分かっていた展開だけど、マティアスさんにこんな人たちを見せなきゃいけないのは、しんどいな。私が本当に大切にしている人は、香澄たちみたいな友達だって分かってくれていたらいいけど)
マティアスの返事を待たず、木沢が笠島のように笑いながら言った。
「もし良かったら、これから私たちと一緒に飲みに行きません? お二人の馴れそめをお聞きしたいです~。ていうか岩本先輩、どうやったらイケメン外人彼氏ゲットできるのか、教えてくださいよぉ。やっぱりクラブとか? 岩本先輩が行くのは想像できないんですけど。あはっ、ウケる~」
中身のない言葉を耳にするたびに、麻衣の心は空虚になっていく。
と、笠島がマティアスの手を握り腕を絡めて言った。
「ていうか、マティアスさんって岩本さんの東京旅行の写真に載ってましたよね? 御劔様とお友達なんですか? 今度私も御劔様のお宅に招待してください! キャーッ!」
笠島の言葉を聞き、国崎も盛り上がる。
「その時は俺も立候補しちゃおっかな~。いやぁ、まさか岩本が御劔佑と知り合いなんて。人間、見た目じゃ分からないな」
黙っていたマティアスは溜め息をついたあと、人差し指でこめかみをトントンと叩き、「Ihr bist so muhsam.(お前ら、本当にうざいな)」と呟いた。
麻衣は知らない事だが、ドイツにおいて頭部付近で指をクルクル回したり、トントンと叩くのは相手を馬鹿にする意味がある。
今までマティアスと過ごしていて、彼が誰かに苛つく様子を見た事がなかったので、彼女がその意味を知らなかったのは当然だ。
マティアスは笠島の手を振り払うと、麻衣の手を握る。
「いきなりボディタッチする女性とは関わりたくない」
瞬間、笠島はサッと赤面して激昂した。
「なっ、なにそれ! 前にナンパしてきたアメリカ人は、そんな事言わなかったのに!」
だがマティアスは淡々と言い返す。
「〝外国人〟で一括りにしている時点で、俺の周囲にいる人と付き合えると思わないほうがいい。日本人から見れば全員、白人で外国人に見えるだろうが、俺たちにはそれぞれのルーツがあり、国民性がある」
「岩本さんはすべて分かっているんですねー。すごーい。きっとドイツ語もペラペラなんでしょうね。イッヒ トリンケン ビーア(私はビールを飲みます)とか?」
煽られても麻衣は無表情でそっぽを向き、代わりにマティアスが一刀両断した。
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