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第二十二部・岐路 編
迎えにきた
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「岩本、笠島は知りたがってるだけなんだから、ちょっとぐらい教えてもいいんじゃないか? やっと相手ができて、必死になってるのは分かるけど、誰もとらないって」
男性の先輩が言い、周囲がクスクスッと笑う。
その反応に、麻衣はムッと黙ったまま赤面した。
『岩本さんは融通が利かなくて面白くない』
『何を言ってもツンとしてるから、ある程度の事を言っても大丈夫だろう』
そんな前提が勝手に作られ、麻衣の許可なく勝手に彼女の扱われ方が決まってしまった。
他の女性社員の中には地味目の人もいるが、痩せているので〝普通〟の扱われ方をされる。
だが十人並みの顔で太めの麻衣は、何かと周囲から迷惑がられていた。
夏場に通路を歩けば『急に暑くならなかった?』と言われるし、少しぶつかってしまった時は『ケツがでけぇんだよ』と言われる。
堪りかねて上司に言っても、とりあえずの注意はするものの、当人たちの態度は一向に治らない。
侮辱されて悔しいし、悲しいし、憎たらしい。
でもせっかく入った会社だからと、この日まで頑張り続けてきた。
(昔から私には特別な強みはなかった。容姿は言わずもがな、特に優しくもないし、特別頭がいい訳でもない。何においても普通で、ちょっと食い意地が張ってるから、自分の舌に合わせたご飯を作りたいがために、料理を好きになって上達したぐらい)
周囲からクスクス笑われながら、麻衣はネットでこの先一週間の天気を見て気持ちをごまかす。
「ていうか、岩本さんが御劔様と知り合いなんてねぇ……。笠島さんが三田っていう写真も、ネットの拾い画じゃない?」
そんな声も聞こえ、麻衣はギュッと唇を引き結ぶ。
(あと少しの辛抱だ。会社を辞めたらこいつらともおさらば。マティアスさんとラブラブな生活を送って、香澄と同じ会社に入る)
年末は本当に楽しくて、夢のようなひとときだった。
香澄と一緒にいられるのが嬉しく、マティアスや佑、双子みたいな雲上人と一緒にいられたのが、自分でも嘘のように感じる。
(嘘じゃないもん……)
心の中で呟き、そういえばアニメ映画の中で、小さな女の子が同じ台詞を言っていたのを思い出した。
彼女は言い伝えのお化けに出会った事を家族に疑われ、笑われてそう言った。
(私も同じようなもんだ)
普通に暮らしていれば、御劔佑と年末を過ごしたなんて言えば、笑われるか〝あたおか〟扱いされる。
「やだぁ~、私が見た写真は本物ですよぉ。だって御劔様と岩本さんが、一緒に写ってましたもん」
笠島に庇われるなんて、あまりに不本意すぎて笑ってしまう。
そのあとも社員にからかわれるのをガン無視し、ひたすら仕事に打ち込んだ。
昼休みにスマホを確認すると、マティアスから連絡が入っていた。
【カスミの無事も確認したし、今夜マイに事情を話す。あと、もう身の回りに危険はないと思うから、俺も一度ドイツに戻って様々な準備を整えようと思う】
(……そうだよね。離れるのは寂しいけど、前に進むためにはすべき事をしないと)
結婚するための道のりなのに、今は落ち込んでいるからか、マティアスが帰ってしまうと思うだけでつらくなる。
(子供じゃないんだから)
自分に言い聞かせた麻衣は、簡潔に返事をした。
【分かった。帰ったら話そう】
いつもならそのあとにスタンプでも送っていたが、そんな気持ちにもなれずアプリを閉じた。
(最悪。早く辞めたい)
そう思いながら会社のビルから出た時、ギョッとして立ち止まった。
会社の前には、またしてもマティアスがいたのだ。
「だから……っ」
――どうして泣きそうになっている時に限って、こっちの気持ちが分かっているかのように、駆けつけてくれるんだろう。
「マイ、今日も一日お疲れ様」
微笑みかけてくるマティアスを見た瞬間、ポロッと涙が零れてしまった。
「…………どうして…………」
二月上旬の札幌はまだ真冬だ。
天気予報を見ても最低気温はマイナスで、最高気温も零度前後。
そんな中、マティアスはずっと外で待っていたのだと思うと、堪らない気持ちになる。
「迎えにきた。何となくだが、調子が悪そうに思えたから」
「……馬鹿」
悪態をつきながらも、弱り切った麻衣は涙を流し彼に抱きついていた。
男性の先輩が言い、周囲がクスクスッと笑う。
その反応に、麻衣はムッと黙ったまま赤面した。
『岩本さんは融通が利かなくて面白くない』
『何を言ってもツンとしてるから、ある程度の事を言っても大丈夫だろう』
そんな前提が勝手に作られ、麻衣の許可なく勝手に彼女の扱われ方が決まってしまった。
他の女性社員の中には地味目の人もいるが、痩せているので〝普通〟の扱われ方をされる。
だが十人並みの顔で太めの麻衣は、何かと周囲から迷惑がられていた。
夏場に通路を歩けば『急に暑くならなかった?』と言われるし、少しぶつかってしまった時は『ケツがでけぇんだよ』と言われる。
堪りかねて上司に言っても、とりあえずの注意はするものの、当人たちの態度は一向に治らない。
侮辱されて悔しいし、悲しいし、憎たらしい。
でもせっかく入った会社だからと、この日まで頑張り続けてきた。
(昔から私には特別な強みはなかった。容姿は言わずもがな、特に優しくもないし、特別頭がいい訳でもない。何においても普通で、ちょっと食い意地が張ってるから、自分の舌に合わせたご飯を作りたいがために、料理を好きになって上達したぐらい)
周囲からクスクス笑われながら、麻衣はネットでこの先一週間の天気を見て気持ちをごまかす。
「ていうか、岩本さんが御劔様と知り合いなんてねぇ……。笠島さんが三田っていう写真も、ネットの拾い画じゃない?」
そんな声も聞こえ、麻衣はギュッと唇を引き結ぶ。
(あと少しの辛抱だ。会社を辞めたらこいつらともおさらば。マティアスさんとラブラブな生活を送って、香澄と同じ会社に入る)
年末は本当に楽しくて、夢のようなひとときだった。
香澄と一緒にいられるのが嬉しく、マティアスや佑、双子みたいな雲上人と一緒にいられたのが、自分でも嘘のように感じる。
(嘘じゃないもん……)
心の中で呟き、そういえばアニメ映画の中で、小さな女の子が同じ台詞を言っていたのを思い出した。
彼女は言い伝えのお化けに出会った事を家族に疑われ、笑われてそう言った。
(私も同じようなもんだ)
普通に暮らしていれば、御劔佑と年末を過ごしたなんて言えば、笑われるか〝あたおか〟扱いされる。
「やだぁ~、私が見た写真は本物ですよぉ。だって御劔様と岩本さんが、一緒に写ってましたもん」
笠島に庇われるなんて、あまりに不本意すぎて笑ってしまう。
そのあとも社員にからかわれるのをガン無視し、ひたすら仕事に打ち込んだ。
昼休みにスマホを確認すると、マティアスから連絡が入っていた。
【カスミの無事も確認したし、今夜マイに事情を話す。あと、もう身の回りに危険はないと思うから、俺も一度ドイツに戻って様々な準備を整えようと思う】
(……そうだよね。離れるのは寂しいけど、前に進むためにはすべき事をしないと)
結婚するための道のりなのに、今は落ち込んでいるからか、マティアスが帰ってしまうと思うだけでつらくなる。
(子供じゃないんだから)
自分に言い聞かせた麻衣は、簡潔に返事をした。
【分かった。帰ったら話そう】
いつもならそのあとにスタンプでも送っていたが、そんな気持ちにもなれずアプリを閉じた。
(最悪。早く辞めたい)
そう思いながら会社のビルから出た時、ギョッとして立ち止まった。
会社の前には、またしてもマティアスがいたのだ。
「だから……っ」
――どうして泣きそうになっている時に限って、こっちの気持ちが分かっているかのように、駆けつけてくれるんだろう。
「マイ、今日も一日お疲れ様」
微笑みかけてくるマティアスを見た瞬間、ポロッと涙が零れてしまった。
「…………どうして…………」
二月上旬の札幌はまだ真冬だ。
天気予報を見ても最低気温はマイナスで、最高気温も零度前後。
そんな中、マティアスはずっと外で待っていたのだと思うと、堪らない気持ちになる。
「迎えにきた。何となくだが、調子が悪そうに思えたから」
「……馬鹿」
悪態をつきながらも、弱り切った麻衣は涙を流し彼に抱きついていた。
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