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第二十二部・岐路 編
鬱陶しい後輩
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「心から反省しています。土下座してでも謝って、彼女に誠意を示したいと思っています」
佑の言葉を聞いた節子は、しばらく黙っていた。
《……とりあえず、まずはブルーメンブラットヴィルに来なさい。焦っているのは分かるけれど、大事な事をテレビ電話で済まそうとするんじゃありません。どうしようもない事だったと、誰もが分かっているわ。でも私たちは、佑と直接顔を合わせて話をしたいの》
祖母の言う通りだと思い、佑は反省して頷いた。
「すみません。あまりに失礼な態度でした」
《ザワークラウトをたっぷり用意して待っているわね》
微笑んだ節子に言われ、佑は「うっ……」となった。
――やっぱり怒ってるじゃないか!
物によりだが、佑はザワークラウト――キャベツの漬物が少し苦手だ。
日本ではよく酢キャベツと言われるが、正確には発酵食品だ。
同じ発酵食品でも、ぬか漬けはよく食べるし、キムチも好んで食べている。ピクルスは健康的だしザーサイはとても美味しい。
なのにザワークラウトだけは、母の祖国の味だというのにあまり得意になれずにいる。
それを『用意して待っているわね』と言われるなど、考えるだけで恐ろしい。
どことなく京都のぶぶ漬けに似たものを感じ、佑はしょんぼりとして返事をした。
「…………楽しみにしています……」
しょげた孫を見て、節子は変わらず柔和に微笑んだまま《じゃあね》と言ってアドラーの了承を得ずにルームを閉じてしまった。
「はぁ…………」
佑は溜め息をつき、会議室のテーブルに両肘をつき顔を覆う。
だが飛行機の上で悩んでいても仕方がないと思い、香澄に少しでも関わりそうな人たちにコンタクトをとっては、彼女の情報を教えてもらうよう、片っ端から頼み込んでいた。
**
時は遡り、麻衣がマティアスと結婚指輪、婚約指輪を買ったあと。
寿退職すると秘密裏に上司に報告したが、あっという間に噂が回ってしまった。
上司には『あまり人に言わないでください』と言ったし、彼もペラペラと人に大切な事を話す人ではないと分かっている。
麻衣が知っている限り、上司は冴えないおじさんだが、コツコツと仕事を続け、その実直さを会社から評価されている。
だから約束を反故にするなど、最終的に自分の首を絞めるような事をする人ではないのだ。
(考えられるセンとして、人事に話して漏れたのかな……)
ここのところ、笠島から『岩本さん、結婚するんですって?』と質問攻めに遭い、辟易とした毎日を送っている。
その日も出社したら「ねぇねぇ」と話しかけられた。
「いい加減教えてくださいよ~。岩本さんのダーリンになる人って誰です? 以前に、会社の前で外国人イケメンが岩本さんを待っていたって噂になりましたけど、その人?」
笠島は麻衣が御劔佑と知り合いだと分かってから、掌を返したような反応をし、それがさらにイライラを増長させる。
さんざん自分を馬鹿にした人と一緒に過ごしたくなどないのに、笠島は事あるごとに飲みに誘ってくる。
出社すればコーヒーショップのフラッペをデスクに置かれ、『ご馳走しまーす』と言われ、押しつけがましい事この上ない。
「……だから、笠島さんに関係ないじゃん。どうせ会社やめるし、今後会わないと思うし」
「やだぁ。つれない事言わないでくださいよぉ」
(なんでこいつ、こんなに語尾が伸びるんだろ。喉に納豆菌でも飼ってるのか)
甘ったるい声なので正確に言うなら水飴だろうが、ほんの少しの表現でも可愛いものに置き換えたくない。
「私と仲良くしたとしても、御劔さんには会えないよ。結婚式も呼ばないし、関わるだけ無駄」
そう言った途端、笠島の目に一瞬憎しみと怒り、苛立ちが宿る。
次の瞬間、彼女はわざとらしく声を上げた。
「ひどぉーい! どうしてそんな意地悪言うんです? 私、岩本さんの事をそんなに怒らせました?」
大きな声を聞き、職場の人たちがチラッとこちらを見る。
事情を承知している人が見れば、笠島が麻衣のコネクションにあやかろうと、みっともないまでに付きまとっていると分かるだろう。
だが今まで麻衣は会社の中で目立たず、どちらかといえば無愛想なほうだった。
笠島は容姿に気を遣っていて人当たりが良く、若い社員に話しかけては様々な話題を提供し、盛り上がるスキルを持っている。
そういう意味で、会社での麻衣の立場は悪かった。
「岩本、笠島はただ知りたいだけなんだから、ちょっとぐらい教えてもいいんじゃないか? やっと相手ができて必死なのは分かるけど、誰もお前の相手なんてとらないって」
男性の先輩が言い、周囲がクスクスッと笑う。
その反応に、麻衣はムッと黙ったまま赤面した。
佑の言葉を聞いた節子は、しばらく黙っていた。
《……とりあえず、まずはブルーメンブラットヴィルに来なさい。焦っているのは分かるけれど、大事な事をテレビ電話で済まそうとするんじゃありません。どうしようもない事だったと、誰もが分かっているわ。でも私たちは、佑と直接顔を合わせて話をしたいの》
祖母の言う通りだと思い、佑は反省して頷いた。
「すみません。あまりに失礼な態度でした」
《ザワークラウトをたっぷり用意して待っているわね》
微笑んだ節子に言われ、佑は「うっ……」となった。
――やっぱり怒ってるじゃないか!
物によりだが、佑はザワークラウト――キャベツの漬物が少し苦手だ。
日本ではよく酢キャベツと言われるが、正確には発酵食品だ。
同じ発酵食品でも、ぬか漬けはよく食べるし、キムチも好んで食べている。ピクルスは健康的だしザーサイはとても美味しい。
なのにザワークラウトだけは、母の祖国の味だというのにあまり得意になれずにいる。
それを『用意して待っているわね』と言われるなど、考えるだけで恐ろしい。
どことなく京都のぶぶ漬けに似たものを感じ、佑はしょんぼりとして返事をした。
「…………楽しみにしています……」
しょげた孫を見て、節子は変わらず柔和に微笑んだまま《じゃあね》と言ってアドラーの了承を得ずにルームを閉じてしまった。
「はぁ…………」
佑は溜め息をつき、会議室のテーブルに両肘をつき顔を覆う。
だが飛行機の上で悩んでいても仕方がないと思い、香澄に少しでも関わりそうな人たちにコンタクトをとっては、彼女の情報を教えてもらうよう、片っ端から頼み込んでいた。
**
時は遡り、麻衣がマティアスと結婚指輪、婚約指輪を買ったあと。
寿退職すると秘密裏に上司に報告したが、あっという間に噂が回ってしまった。
上司には『あまり人に言わないでください』と言ったし、彼もペラペラと人に大切な事を話す人ではないと分かっている。
麻衣が知っている限り、上司は冴えないおじさんだが、コツコツと仕事を続け、その実直さを会社から評価されている。
だから約束を反故にするなど、最終的に自分の首を絞めるような事をする人ではないのだ。
(考えられるセンとして、人事に話して漏れたのかな……)
ここのところ、笠島から『岩本さん、結婚するんですって?』と質問攻めに遭い、辟易とした毎日を送っている。
その日も出社したら「ねぇねぇ」と話しかけられた。
「いい加減教えてくださいよ~。岩本さんのダーリンになる人って誰です? 以前に、会社の前で外国人イケメンが岩本さんを待っていたって噂になりましたけど、その人?」
笠島は麻衣が御劔佑と知り合いだと分かってから、掌を返したような反応をし、それがさらにイライラを増長させる。
さんざん自分を馬鹿にした人と一緒に過ごしたくなどないのに、笠島は事あるごとに飲みに誘ってくる。
出社すればコーヒーショップのフラッペをデスクに置かれ、『ご馳走しまーす』と言われ、押しつけがましい事この上ない。
「……だから、笠島さんに関係ないじゃん。どうせ会社やめるし、今後会わないと思うし」
「やだぁ。つれない事言わないでくださいよぉ」
(なんでこいつ、こんなに語尾が伸びるんだろ。喉に納豆菌でも飼ってるのか)
甘ったるい声なので正確に言うなら水飴だろうが、ほんの少しの表現でも可愛いものに置き換えたくない。
「私と仲良くしたとしても、御劔さんには会えないよ。結婚式も呼ばないし、関わるだけ無駄」
そう言った途端、笠島の目に一瞬憎しみと怒り、苛立ちが宿る。
次の瞬間、彼女はわざとらしく声を上げた。
「ひどぉーい! どうしてそんな意地悪言うんです? 私、岩本さんの事をそんなに怒らせました?」
大きな声を聞き、職場の人たちがチラッとこちらを見る。
事情を承知している人が見れば、笠島が麻衣のコネクションにあやかろうと、みっともないまでに付きまとっていると分かるだろう。
だが今まで麻衣は会社の中で目立たず、どちらかといえば無愛想なほうだった。
笠島は容姿に気を遣っていて人当たりが良く、若い社員に話しかけては様々な話題を提供し、盛り上がるスキルを持っている。
そういう意味で、会社での麻衣の立場は悪かった。
「岩本、笠島はただ知りたいだけなんだから、ちょっとぐらい教えてもいいんじゃないか? やっと相手ができて必死なのは分かるけど、誰もお前の相手なんてとらないって」
男性の先輩が言い、周囲がクスクスッと笑う。
その反応に、麻衣はムッと黙ったまま赤面した。
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