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第二十二部・岐路 編
都合が良すぎるんだよ
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「……そんな、捨てたなんて……」
言いよどむ美智瑠に、佑は容赦なく言葉を浴びせる。
「じゃあ六年前、俺の体調が戻るまで待っていてくれても良かったんじゃないか? 確かに美智瑠の心配を無視して体調を崩したのは悪かった。愚かだったと思うし反省している。とても心配させただろうし、怒ったのは無理ない」
言いながら、〝誰か〟も自分の体調を心配して怒っていたように感じた。
「でもあの時、美智瑠は二階堂さんからヘッドハンティングを受けたよな? それで彼と付き合ってホテルに行っていた。俺に『別れる』と言ったのは、〝俺が美智瑠の言う事を聞かなかったから〟だけが原因とは思えないんだ」
「……何よ。私が浮気したって責めるつもり?」
美智瑠は赤面し、声を荒げる。
「俺に嫌気が差したから、他の男に目移りしたんだろ。……それで二階堂さんに浮気されたから、今度はまた俺? 都合が良すぎるんだよ」
話すごとに美智瑠への嫌悪感が増し、佑は冷淡に言う。
「……『嫌な奴』と思われても構わない。美智瑠、君は俺にとって〝過去の女性〟だ。確かに俺は美智瑠と結婚しようと思った。だが一番支えてほしい時に君は俺のもとから去っていった。……俺も悪かったけどな。夫婦になる二人が、どちらかが体調を崩している時に『付き合いきれない』で立ち去るなら、結婚生活も破綻するに決まっている」
美智瑠は傷付いたように表情を崩す。
「六年間、ずっと連絡をしていなかったのに、離婚する事になったらいきなり姿を現す? 都合が良すぎないか?」
「心配したのに、なんて言い方するの!?」
「じゃあ、心配だけに留めてくれよ。復縁なんて求めないでくれ」
「どうしてそんなこと言うの!?」
美智瑠はテーブルをバンッと叩き、ヒステリックに叫ぶ。
「前の佑はそんなこと言わなかった!」
「『みんな昔のままとはいかない』んじゃなかったのか?」
先ほど自分で言った言葉で揚げ足をとられ、美智瑠は屈辱に表情を歪ませる。
「……他の男に目移りした女を、もう一度受け入れられるほど俺は人間ができていない。しかも今は子供がいるだろ? まだ美智瑠に未練があるなら、子供ごと受け入れられたかもしれない。だが他の男の子供を可愛がるなんて真似、聖人じゃないから無理だ。この家にだって、玄関ホールより先には上がらせたくない」
キッパリと拒絶の言葉を示したからか、美智瑠は顔色を変えて立ち上がり、皮肉げに笑う。
「そんなんだから、あのチワワさんにも出ていかれたんじゃないの?」
「だから人をそういうふうに言うな。性格の悪さが滲み出てるぞ」
――少なくとも、赤松さんは誰かに対してこんな言い方はしなかった。
また心の底で香澄の存在をなぞってしまい、佑の胸の奥で何かがザリ……と擦れる。
「最低! 死ね!」
叩きつけるように言ったあと、美智瑠は足音荒く玄関に向かい、スリッパを脱ぎ散らかして靴を履き、出ていった。
残された佑は呆然としたあと、ボソッと呟く。
「先日『心配した』ってしおらしく言ったのは、どこのどいつだよ……」
溜め息をついて立ち上がり、ゆったりと歩いてスリッパを拾い、棚にしまう。
「……疲れた……」
もう一度大きな溜め息をついたあと、佑は離れに電話を掛け、美智瑠をもう通さないようにしてほしいと連絡した。
リビングに戻ってカウチソファに寝転ぶと、香澄を思い浮かべる。
(彼女に『出ていってほしい』とは言ったけど、美智瑠みたいにこの家に戻ってきたら、俺はどう反応すればいいんだろう)
嫌ではない。
ただ、頭痛が酷くなり、そのせいでいつもの自分でいられなくなるのが嫌だった。
彼女を見ていると記憶を失った自分がとても悪いように思え、申し訳なくて側にいるのが苦痛だった。
(赤松さんは一言も俺を責めてなかったのに)
彼女は婚約者なのに、自分から忘れられた被害者だ。
(なのに俺は一方的な理由で彼女を追いだした。……自分勝手で我が儘なのは俺のほうじゃないか)
美智瑠と別れた時、彼女の言う事を聞かなかった自分にも非があるとは思っていた。
自分にはこうと決めたらその道を突き進む部分がある。
追い詰められて極限状態になってしまった自分は、何も悪くない香澄を責めて追い出してしまった。
(美智瑠と話していた時、チラチラと心の中で赤松さんの存在が見え隠れしていた。彼女が〝ここ〟にいるのは確かなのに……)
胸板に掌を押しつけ、佑は深い溜め息をついた。
**
言いよどむ美智瑠に、佑は容赦なく言葉を浴びせる。
「じゃあ六年前、俺の体調が戻るまで待っていてくれても良かったんじゃないか? 確かに美智瑠の心配を無視して体調を崩したのは悪かった。愚かだったと思うし反省している。とても心配させただろうし、怒ったのは無理ない」
言いながら、〝誰か〟も自分の体調を心配して怒っていたように感じた。
「でもあの時、美智瑠は二階堂さんからヘッドハンティングを受けたよな? それで彼と付き合ってホテルに行っていた。俺に『別れる』と言ったのは、〝俺が美智瑠の言う事を聞かなかったから〟だけが原因とは思えないんだ」
「……何よ。私が浮気したって責めるつもり?」
美智瑠は赤面し、声を荒げる。
「俺に嫌気が差したから、他の男に目移りしたんだろ。……それで二階堂さんに浮気されたから、今度はまた俺? 都合が良すぎるんだよ」
話すごとに美智瑠への嫌悪感が増し、佑は冷淡に言う。
「……『嫌な奴』と思われても構わない。美智瑠、君は俺にとって〝過去の女性〟だ。確かに俺は美智瑠と結婚しようと思った。だが一番支えてほしい時に君は俺のもとから去っていった。……俺も悪かったけどな。夫婦になる二人が、どちらかが体調を崩している時に『付き合いきれない』で立ち去るなら、結婚生活も破綻するに決まっている」
美智瑠は傷付いたように表情を崩す。
「六年間、ずっと連絡をしていなかったのに、離婚する事になったらいきなり姿を現す? 都合が良すぎないか?」
「心配したのに、なんて言い方するの!?」
「じゃあ、心配だけに留めてくれよ。復縁なんて求めないでくれ」
「どうしてそんなこと言うの!?」
美智瑠はテーブルをバンッと叩き、ヒステリックに叫ぶ。
「前の佑はそんなこと言わなかった!」
「『みんな昔のままとはいかない』んじゃなかったのか?」
先ほど自分で言った言葉で揚げ足をとられ、美智瑠は屈辱に表情を歪ませる。
「……他の男に目移りした女を、もう一度受け入れられるほど俺は人間ができていない。しかも今は子供がいるだろ? まだ美智瑠に未練があるなら、子供ごと受け入れられたかもしれない。だが他の男の子供を可愛がるなんて真似、聖人じゃないから無理だ。この家にだって、玄関ホールより先には上がらせたくない」
キッパリと拒絶の言葉を示したからか、美智瑠は顔色を変えて立ち上がり、皮肉げに笑う。
「そんなんだから、あのチワワさんにも出ていかれたんじゃないの?」
「だから人をそういうふうに言うな。性格の悪さが滲み出てるぞ」
――少なくとも、赤松さんは誰かに対してこんな言い方はしなかった。
また心の底で香澄の存在をなぞってしまい、佑の胸の奥で何かがザリ……と擦れる。
「最低! 死ね!」
叩きつけるように言ったあと、美智瑠は足音荒く玄関に向かい、スリッパを脱ぎ散らかして靴を履き、出ていった。
残された佑は呆然としたあと、ボソッと呟く。
「先日『心配した』ってしおらしく言ったのは、どこのどいつだよ……」
溜め息をついて立ち上がり、ゆったりと歩いてスリッパを拾い、棚にしまう。
「……疲れた……」
もう一度大きな溜め息をついたあと、佑は離れに電話を掛け、美智瑠をもう通さないようにしてほしいと連絡した。
リビングに戻ってカウチソファに寝転ぶと、香澄を思い浮かべる。
(彼女に『出ていってほしい』とは言ったけど、美智瑠みたいにこの家に戻ってきたら、俺はどう反応すればいいんだろう)
嫌ではない。
ただ、頭痛が酷くなり、そのせいでいつもの自分でいられなくなるのが嫌だった。
彼女を見ていると記憶を失った自分がとても悪いように思え、申し訳なくて側にいるのが苦痛だった。
(赤松さんは一言も俺を責めてなかったのに)
彼女は婚約者なのに、自分から忘れられた被害者だ。
(なのに俺は一方的な理由で彼女を追いだした。……自分勝手で我が儘なのは俺のほうじゃないか)
美智瑠と別れた時、彼女の言う事を聞かなかった自分にも非があるとは思っていた。
自分にはこうと決めたらその道を突き進む部分がある。
追い詰められて極限状態になってしまった自分は、何も悪くない香澄を責めて追い出してしまった。
(美智瑠と話していた時、チラチラと心の中で赤松さんの存在が見え隠れしていた。彼女が〝ここ〟にいるのは確かなのに……)
胸板に掌を押しつけ、佑は深い溜め息をついた。
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