上 下
1,478 / 1,548
第二十二部・岐路 編

違和感

しおりを挟む
 だが思いだそうとすると頭が酷く痛み、頭の中も靄が掛かったように白濁してしまう。

 諦めた佑は溜め息をつき、とりあえず美智瑠に返事をする。

「……確かに六年前は悪い事をした。付き合っていたのにろくに恋人を大事にせず、仕事に没頭した挙げ句、忠告を聞かずに体を壊した。美智瑠が呆れて離れていったのは仕方がない。俺が同じ立場ならそうする」

 当時の自分を肯定され、美智瑠は「そうでしょ?」と言わんばかりに微笑む。

「……あのあと、寂しさを紛らわせるために飼った犬も、何者かの悪意で殺されてしまった。……いや、もっと慎重に囲っていなかった俺の落ち度なのかな。……その落ち込みもあって、本当に反省した」

 ――だから、次に大切なものができたら、絶対失わないように囲い込むと決めた。

 心の中でもう一人の佑が呟き、彼は真顔になる。

(……誰に対してだ?)

『失わないようにしたいと思った』結果、〝何か〟をしたはずなのに、心の中にはポッカリと空洞がある。

 そこで彼の言葉が途切れたので、美智瑠は勘違いしたようだった。

「反省して……、私の事をどう思った?」

 思考にふけっていた佑は、彼女に話しかけられて、自分が誤解をさせるところで言葉を切った事に気づいた。

「……いや、……次に女性と付き合う時は同じ過ちを犯さないと誓った」

 望まない答えを聞き、美智瑠は目を微かに眇める。

「……赤松さんを愛してるの?」

 その問いに、佑は答えられなかった。

 彼女の存在はずっと胸の奥に引っ掛かっているものの、今は彼女の事をどう思っているか自分でもよく分からない。

 だからなんと言おうか考えていただけなのだが、美智瑠はまた自分の都合のいいように勘違いする。

「……ねぇ、やり直さない? 私、前よりもっと料理うまくなったし、お互い挫折を知った分、いい夫婦になれると思うの」

(……何言ってるんだこいつは)

 斜め上の事を言われ、佑は微かに瞠目して美智瑠を見る。

 彼女は佑のヘーゼルアイをうっとりとして見つめ、微笑んだ。

「佑の目、もう一回近い距離で見たかった。……本当に綺麗な目」

 褒められているのに、何とも言えない嫌悪感がこみ上げるのはどうしてだろうか。

「……美智瑠は俺の母や妹を嫌っていただろう。クラウザー家が大きすぎて、『そんなものの一員になれない』と言っていた。母や妹のストレートな物言いも好きではないと言っていたし、二人も美智瑠に快く思われていないのは分かっていた。そんな状態で俺と、俺の家族とうまくやっていける訳がない」

「やだ、昔の事じゃない。私だって成長したし、価値観も変わった。お義母さんたちも、みんな昔のままじゃないでしょ」

(……いや、うちの母と妹はいつまで経っても変わらないと思うが……)

 思わず佑は心の中でボソッと呟いた。

(……それに『人は大人になってから大きく変われない』というのが俺の持論だ。口先ではどれだけでも『自分は変わった』と言える人はいるがな)

 元恋人に対し、そう考えてしまうのは悲しい事だ。

 だが今、自分は美智瑠に対して違和感や微かな嫌悪感を得ている。

 今まで佑は、仕事でもプライベートの人付き合いでも、直感を大切にして生きてきた。

 昔は仕事が軌道に乗った時の興奮や期待、過労で正常に頭が働かなかった事で、そこそこ失敗を重ねてきた。

 その失敗の上に今の自分がいる。

 そして失敗する直前は、何かしら兆候や違和感があったものだ。

 NOZOMIにしても、初めて声を掛けられた時『献身的なタイプだな』と感じた。

 だが裏を返せば、彼女はこまごまと尽くす代わりに大きな愛を望んだ。

 繊細で不安になりやすく、頻繁に佑の気持ちを確かめなければ気が済まない人だった。

 佑が海外出張になり長い期間顔を合わせられなくなると、メッセージや電話攻撃、気持ちを測るかのように高額なプレゼントをねだった。

 挙げ句の果て、嫉妬してほしくて浮気した始末だ。

(あれを見抜けなかった俺が悪かったが、初めて食事をした時、言葉の端々に繊細な性格であるというサインは出ていた)

 あとになってから『あの時気づいていれば……』と散々後悔したのだ。

 その時と同じ違和感を、いま美智瑠に抱いている。

 昔は彼女と一緒にいて心地よさを感じていたのに、今は『どこか不愉快、早く帰ってくれないか』という思いを抱いている。

 ハッキリ言えればいいのだが、美智瑠に対する罪悪感があるからか、追い返せずにいる。

 だが、流されて受け入れるつもりはない。

「俺も変わったよ。過去の失敗を反省したから今の俺がいる」

「そうだね。反省したなら同じ過ちを繰り返さないと思うし、今度こそ……」

「俺から見て美智瑠は〝一度俺を捨てた女〟だ」

 佑の言葉を聞き、彼女は静かに息を吸って止めた。
しおりを挟む
感想 555

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

処理中です...