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第二十二部・岐路 編

違和感

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 だが思いだそうとすると頭が酷く痛み、頭の中も靄が掛かったように白濁してしまう。

 諦めた佑は溜め息をつき、とりあえず美智瑠に返事をする。

「……確かに六年前は悪い事をした。付き合っていたのにろくに恋人を大事にせず、仕事に没頭した挙げ句、忠告を聞かずに体を壊した。美智瑠が呆れて離れていったのはしょうがない。俺が同じ立場ならそうする」

 当時の自分を肯定され、美智瑠は「そうでしょ?」と言わんばかりに微笑む。

「……あのあと、寂しさを紛らわせるために飼った犬も、何者かの悪意で殺されてしまった。……いや、もっと慎重に囲っていなかった俺の落ち度なのかな。……その落ち込みもあって、本当に反省した」

 ――だから、次に大切なものができたら、絶対失わないように囲い込むと決めた。

 心の中でもう一人の佑が呟き、彼は真顔になる。

(……誰に対してだ?)

『失わないようにしたいと思った』事に対して結論が出た。

 その対象がいたはずだったのに、心の中にはポッカリと空洞がある。

 そこで彼の言葉が途切れたので、美智瑠は勘違いしたようだった。

「反省して……、私の事をどう思った?」

 思考にふけっていた佑は、彼女に話しかけられて、自分が誤解をさせるところで言葉を切った事に気づいた。

「……いや、……次に女性と付き合う時は同じ過ちを犯さないと誓った」

 望まない答えを聞き、美智瑠は目を微かに眇める。

「……赤松さんを愛してるの?」

 その問いに、佑は答えられなかった。

 彼女の存在はずっと胸の奥に引っ掛かっているものの、今は彼女の事をどう思っているか自分でもよく分からない。

 だからなんと言おうか考えていただけなのだが、美智瑠はまた自分の都合のいいように勘違いする。

「……ねぇ、やり直さない? 私、前よりもっと料理うまくなったし、お互い挫折を知った分、いい夫婦になれると思うの」

(……何言ってるんだこいつは)

 斜め上の事を言われ、佑は微かに瞠目して美智瑠を見る。

 彼女は佑のヘーゼルアイをうっとりとして見つめ、微笑んだ。

「佑の目、もう一回近い距離で見たかった。……本当に綺麗な目」

 褒められているのに、何とも言えない違和感と嫌悪感がこみ上げるのはどうしてだろうか。

「……美智瑠は俺の母や妹を嫌っていただろう。クラウザー家が大きすぎて、『そんなもの背負えない』と言っていた。母や妹のストレートな物言いも好きではないと言っていたし、二人も美智瑠の気持ちは分かっていた。そんな状態で俺の家族含め、うまくやっていけると思わない」

「やだ、昔の事じゃない。私だって成長したし、価値観も変わった。お義母さんたちだってきっと同じだし、みんな昔のままとはいかないでしょ」

(……いや、うちの母と澪はいつまで経っても変わらないと思うが……)

 思わず佑は心の中でボソッと呟いた。

(……それに、人は大人になってから大きく変われないのが俺の持論だ。口先ではどれだけでも『自分は変わった』と言える人はいるがな)

 元恋人に対し、そう考えてしまうのは悲しい。

 だが今、自分は美智瑠に対して違和感や微かな嫌悪感を得ている。

 今まで仕事をするにもプライベートの人付き合いも、直感を大切にして生きてきた。

 昔は仕事が軌道に乗った興奮や期待、肉体を酷使したがゆえに脳が正常に働かなかった事で、そこそこ失敗を重ねてきた。

 その失敗の上に今の自分がいる。

 そして失敗した時というものは、何かにおいて違和感を覚えたものだ。

 NOZOMIにしても、初めて声を掛けられた時『献身的なタイプだな』と感じた。

 だが裏を返せば、彼女はこまごまと尽くす代わりに大きな愛を望んだ。

 繊細で不安になりやすく、頻繁に佑の気持ちを確かめなければ気が済まない人だった。

 佑が海外出張になり長い期間顔を合わせられなくなると、メッセージや電話攻撃、気持ちを測るかのように高額なプレゼントをねだった。

 挙げ句の果て、嫉妬してほしくて浮気した始末だ。

(あれを見抜けなかった俺が悪いが、初めて食事をした時、言葉の端々に繊細な性格だと表すサインは出ていた)

 あとになってから『あの時気づいていれば……』と散々後悔したのだ。

 その時と同じ違和感を、いま美智瑠に抱いている。

 昔は彼女と一緒にいて心地よさを感じていたのに、今は『どこか不愉快、早く帰ってくれないか』という思いを抱いている。

 ハッキリ言えればいいのだが、美智瑠に対する罪悪感があるからか、追い返せずにいる。

 だが、流されて受け入れるつもりはない。

「俺も変わったよ。過去の失敗を反省したから今の俺がいる」

「そうだね。反省したなら同じ過ちを繰り返さないと思うし、今度こそ……」

「俺から見て美智瑠は、〝一度俺を捨てた女〟だ」

 佑の言葉を聞き、彼女は静かに息を吸って止めた。
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