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第二十二部・岐路 編
まだ六年前の事を根に持ってるの?
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(誰だ? 母屋のチャイムが鳴るっていう事は、円山さんが許可した人だろうけど……。連絡がないっていうのは……)
一瞬脳裏に浮かんだのは、香澄の顔だ。
しかし出ていくと言った彼女が、戻ってきたとは考えにくい。
不思議に思いながらも、佑は玄関ホールまで行き『フェリシア、玄関のドアを開けて』と言ってスマートロックを開けた。
「はい」
サンダルを履いてドアを開けた佑は、訪れた人物を見て目を瞠った。
「……来ちゃった」
そこにいたのは、スモーキーピンクのトレンチコートを羽織った美智瑠だ。
佑は庭のほうを見て溜め息をつく。
前回、円山に確認すれば『私は佑の元カノだから』と言って強引に押し入ったらしい。
次に彼女が来た時は必ず連絡をするように頼んだが、美智瑠の事だから『驚かせたいから』など言った可能性がある。
「……俺が元気なのは、先日確かめただろう。子持ちの既婚者と親しくする趣味はない」
「離婚協議中だって言ったでしょ? もう別居してるし」
「子供は幾つ? ……とりあえず、今夜は冷えるから中に入って」
「ありがとう」
元カノを家の中に上げるつもりはなく、佑は玄関ホールにある応接ソファに座る。
バイオエタノール暖炉の前にあるソファに腰かけた美智瑠は、髪を耳に掛けて佑の質問に答える。
「……娘は二歳。今は実家に身を寄せてるから、母に見てもらってる」
「……だからといって、これは褒められた行動じゃないだろ」
佑は溜め息をつき、脚を組む。
「……あんまり厳しく言わないでよ。こう見えてボロボロなんだから」
美智瑠に切なく微笑まれ、佑はもう一度溜め息をつく。
「……あれ? そういえば婚約者さんは? この間来た時はチワワみたいな勢いで噛み付いてきたけど」
「チワワとか言うな。失礼だろ」
げんなりとした佑は腕を組み、美智瑠を見ずに言った。
「……彼女は出ていった」
「え?」
それを聞いた美智瑠は目を見開いて驚き、微かに口角を上げる。
「どうして? 喧嘩したの?」
「美智瑠には関係ない」
「だって私が来たの、つい先日だよ? なんでこの短期間に出ていくの? ……もしかして私が現れたから?」
どこか嬉しそうな美智瑠の顔を見て、佑は荒々しい息を吐く。
「関係ない。自惚れるな」
強めに言われた美智瑠は、唇を微かに尖らせる。
「……まだ六年前の事を根に持ってるの?」
美智瑠は溜め息をつくと、テーブルに両肘をついて佑を見る。
「……根に持ってはいない。俺は愛想を尽かされても仕方がない事をした」
昔を思い出したのか、美智瑠は心配そうな表情になる。
「まだ無理な働き方をしてるの? 前より会社が大きくなって忙しくなったでしょ」
「まあまあ忙しいが、体調は今のところ大丈夫だ。担当医に定期的に診察してもらっているし、血液検査の数値も問題ない。ちゃんと食べて、ちゃんと眠っている。か……」
続いて、自然と口から出ようとした名前に佑は驚き、目を瞠る。
(……今、赤松さんの事を『香澄』と言おうとした? ……彼女のお陰だと考えていた?)
さらに脳裏に浮かんだのは、先日彼女と食卓を囲んでうどんを食べた光景だ。
彼女とうどんを食べたのはあれが初めてではないような気がし、〝以前〟の彼女はとてもニコニコして美味しそうに食事をしていたような気がした。
「……う……っ」
その奥に眠る感情を探ろうとしたが、重たい頭痛が襲ってきて片手を額に当てる。
「大丈夫? やっぱり体調良くないんじゃない?」
「……いや……。これは違う……」
佑は肩に触れようとした美智瑠の手を避け、小さく頭を左右に振った。
美智瑠は溜め息をついてソファの背もたれに背中をつけ、物言いたげに佑を見る。
しばらくしてから、彼女は佑の顔色を窺うように言った。
「……私と別れてから後悔した? 荒れてたって話は聞いたけど」
酷い頭痛で苛ついている佑は、ぞんざいな溜め息をついて返事をする。
「それを聞いてどうしたいんだよ。性悪な女だな。赤松さんが出ていった途端、昔の話をして『まだ私の事が好き?』とでも言いたいのか?」
「そんな言い方しなくたっていいじゃない。……何なの? 私の事、憎んでるの?」
「……そうじゃない」
責めるように言われ、佑は何度目になるか分からない溜め息をつく。
頭痛を堪えて目を眇めながらも、改めて美智瑠への気持ちを確認する。
(あれほど未練があったのに、再会しても嬉しくない。むしろ鬱陶しいとすら感じてしまう。……美智瑠ってこんな女だったっけ。……赤松さんといた時は、少なくともこんな感覚にはならなかった)
自分から香澄に『離れてほしい』と言ったのに、何度も彼女を思いだしてしまうのはなぜだろうか。
一瞬脳裏に浮かんだのは、香澄の顔だ。
しかし出ていくと言った彼女が、戻ってきたとは考えにくい。
不思議に思いながらも、佑は玄関ホールまで行き『フェリシア、玄関のドアを開けて』と言ってスマートロックを開けた。
「はい」
サンダルを履いてドアを開けた佑は、訪れた人物を見て目を瞠った。
「……来ちゃった」
そこにいたのは、スモーキーピンクのトレンチコートを羽織った美智瑠だ。
佑は庭のほうを見て溜め息をつく。
前回、円山に確認すれば『私は佑の元カノだから』と言って強引に押し入ったらしい。
次に彼女が来た時は必ず連絡をするように頼んだが、美智瑠の事だから『驚かせたいから』など言った可能性がある。
「……俺が元気なのは、先日確かめただろう。子持ちの既婚者と親しくする趣味はない」
「離婚協議中だって言ったでしょ? もう別居してるし」
「子供は幾つ? ……とりあえず、今夜は冷えるから中に入って」
「ありがとう」
元カノを家の中に上げるつもりはなく、佑は玄関ホールにある応接ソファに座る。
バイオエタノール暖炉の前にあるソファに腰かけた美智瑠は、髪を耳に掛けて佑の質問に答える。
「……娘は二歳。今は実家に身を寄せてるから、母に見てもらってる」
「……だからといって、これは褒められた行動じゃないだろ」
佑は溜め息をつき、脚を組む。
「……あんまり厳しく言わないでよ。こう見えてボロボロなんだから」
美智瑠に切なく微笑まれ、佑はもう一度溜め息をつく。
「……あれ? そういえば婚約者さんは? この間来た時はチワワみたいな勢いで噛み付いてきたけど」
「チワワとか言うな。失礼だろ」
げんなりとした佑は腕を組み、美智瑠を見ずに言った。
「……彼女は出ていった」
「え?」
それを聞いた美智瑠は目を見開いて驚き、微かに口角を上げる。
「どうして? 喧嘩したの?」
「美智瑠には関係ない」
「だって私が来たの、つい先日だよ? なんでこの短期間に出ていくの? ……もしかして私が現れたから?」
どこか嬉しそうな美智瑠の顔を見て、佑は荒々しい息を吐く。
「関係ない。自惚れるな」
強めに言われた美智瑠は、唇を微かに尖らせる。
「……まだ六年前の事を根に持ってるの?」
美智瑠は溜め息をつくと、テーブルに両肘をついて佑を見る。
「……根に持ってはいない。俺は愛想を尽かされても仕方がない事をした」
昔を思い出したのか、美智瑠は心配そうな表情になる。
「まだ無理な働き方をしてるの? 前より会社が大きくなって忙しくなったでしょ」
「まあまあ忙しいが、体調は今のところ大丈夫だ。担当医に定期的に診察してもらっているし、血液検査の数値も問題ない。ちゃんと食べて、ちゃんと眠っている。か……」
続いて、自然と口から出ようとした名前に佑は驚き、目を瞠る。
(……今、赤松さんの事を『香澄』と言おうとした? ……彼女のお陰だと考えていた?)
さらに脳裏に浮かんだのは、先日彼女と食卓を囲んでうどんを食べた光景だ。
彼女とうどんを食べたのはあれが初めてではないような気がし、〝以前〟の彼女はとてもニコニコして美味しそうに食事をしていたような気がした。
「……う……っ」
その奥に眠る感情を探ろうとしたが、重たい頭痛が襲ってきて片手を額に当てる。
「大丈夫? やっぱり体調良くないんじゃない?」
「……いや……。これは違う……」
佑は肩に触れようとした美智瑠の手を避け、小さく頭を左右に振った。
美智瑠は溜め息をついてソファの背もたれに背中をつけ、物言いたげに佑を見る。
しばらくしてから、彼女は佑の顔色を窺うように言った。
「……私と別れてから後悔した? 荒れてたって話は聞いたけど」
酷い頭痛で苛ついている佑は、ぞんざいな溜め息をついて返事をする。
「それを聞いてどうしたいんだよ。性悪な女だな。赤松さんが出ていった途端、昔の話をして『まだ私の事が好き?』とでも言いたいのか?」
「そんな言い方しなくたっていいじゃない。……何なの? 私の事、憎んでるの?」
「……そうじゃない」
責めるように言われ、佑は何度目になるか分からない溜め息をつく。
頭痛を堪えて目を眇めながらも、改めて美智瑠への気持ちを確認する。
(あれほど未練があったのに、再会しても嬉しくない。むしろ鬱陶しいとすら感じてしまう。……美智瑠ってこんな女だったっけ。……赤松さんといた時は、少なくともこんな感覚にはならなかった)
自分から香澄に『離れてほしい』と言ったのに、何度も彼女を思いだしてしまうのはなぜだろうか。
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