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第二十二部・岐路 編
契約
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佑と松井が家を出ていくまで、香澄は部屋で準備をして過ごしていた。
その前に一つ……と思い、僅かな望みを託して〝ある事〟をしておいた。
これに佑が気づくか分からないが、気づいてくれたとしても、自分を思いだしていなければ意味のない事だ。
(それでも……)
〝ある事〟を終えた頃、玄関のドアが開閉する音がし、御劔邸の中が静かになった。
「はぁ……」
香澄は溜め息をつき、一年近く暮らした自分の部屋を見た。
様々な思い出が蘇り、ついグッときてしまう。
佑からは沢山の物をプレゼントしてもらったが、それを自分の物として持っていくのはやめる。
自分で買わなくてもいいほど、本当に多くの物を贈ってもらった。
それでも自分の給料で買う物は特別感があり、お気に入りのコスメや服など、ほんの少しの私物は持っていく。
(私がいなくなったあと、この部屋はどうなるのかな。全部捨てられちゃったら、さすがに悲しいけど……)
だが考えても答えがでない事に、思いを巡らせても仕方がない。
「よし、そろそろ行こうか」
香澄はそう言ってスックと立ち上がり、スーツケースを持って部屋の入り口まで歩く。
「……バイバイ」
今まで何回も、この家を去ろうと試みた。
そのたびに佑が連れ戻してくれたが、今回はどれだけ期待すればいいのか分からない。
(思い通りにいかなかったら余計にガッカリしちゃうから、期待したら駄目だ)
大好きな人に向かって「期待してはいけない」と思うのは、とてもつらい。
佑はいつだって香澄が求めるもの以上の事をしてくれ、沢山の愛情を注いでくれた。
だから知らずと「佑さんなら……」と思ってしまう自分がいる。
「…………もう、佑さんには期待しないようにするね」
呟いた香澄は、泣きそうな表情で笑う。
「また会えたらいいね。……いつか私を思いだしたら、もう離さないでほしいな」
いつ叶うか分からない願いを口にした香澄は、泣いてしまう前に歩き始めた。
「ん、しょ」
スーツケースを抱えた香澄は階段を下り、玄関に向かうとスニーカーを履き、フェリシアに挨拶した。
「またね、フェリシア」
『いってらっしゃい、カスミさん』
いつも通りの反応をするフェリシアに笑みを零し、腕時計を見ると九時になろうとしていた。
「よし」
香澄は顔を上げ、玄関のドアを開けた。
「えっ?」
――と、思いもよらない人が前方に立っていて、つい声を上げてしまう。
「…………どうしたんですか?」
ガラガラとスーツケースを引っ張って近づくと、彼ら――、久住と佐野、瀬尾は、それぞれの荷物を脇に微笑む。
「私たちは、御劔社長と〝赤松さん専用の護衛〟として契約をしています」
久住に言われて、香澄は目を丸くする。
「今の御劔社長が赤松さんを忘れていようとも、私たちはあなたを守ります。それが、本来の御劔社長の望みですから」
「~~~~っ」
もう泣かないと決めたのに、こんなところで〝佑〟の優しさに触れて、目の奥が熱くなった。
「あの方がいつか記憶を取り戻した時、自分が赤松さんを邪険に扱っていたからといって、僕らまであなたを放置していたと知れば、烈火のごとく怒るでしょう。『俺の意志など関係なく、香澄専用の護衛として独立して動け!』……と」
佐野が言い、いつも無表情の彼にしては珍しく微笑む。
「私たちと小山内さんたちの契約書は、部分的に記述が異なっています。彼らは御劔社長の護衛ですが、私たちは今言ったように赤松さんの護衛です。『乙は甲がどのような状況に陥っても丙を守る事』などの文言があります。万が一の場合、渡されてある御劔さんのカードを使う事も許可されています」
呆然とした香澄は、立ち尽くして三人を見る。
すると離れのドアが開き、円山が姿を現してゆっくりこちらに歩み寄ってきた。
「御劔さんとこのお屋敷の事はお任せください。赤松さんが安心して帰る事ができる場所をお守りします」
「…………はい……っ」
とうとう香澄は涙を流し、泣きながら不器用に笑った。
「さて、まずどこへ行かれますか?」
久住に明るく尋ねられ、香澄は泣き笑いの表情で言う。
「一週間ぐらい泊まれる、安いホテルを探そうと思っていたんですが……」
その前に一つ……と思い、僅かな望みを託して〝ある事〟をしておいた。
これに佑が気づくか分からないが、気づいてくれたとしても、自分を思いだしていなければ意味のない事だ。
(それでも……)
〝ある事〟を終えた頃、玄関のドアが開閉する音がし、御劔邸の中が静かになった。
「はぁ……」
香澄は溜め息をつき、一年近く暮らした自分の部屋を見た。
様々な思い出が蘇り、ついグッときてしまう。
佑からは沢山の物をプレゼントしてもらったが、それを自分の物として持っていくのはやめる。
自分で買わなくてもいいほど、本当に多くの物を贈ってもらった。
それでも自分の給料で買う物は特別感があり、お気に入りのコスメや服など、ほんの少しの私物は持っていく。
(私がいなくなったあと、この部屋はどうなるのかな。全部捨てられちゃったら、さすがに悲しいけど……)
だが考えても答えがでない事に、思いを巡らせても仕方がない。
「よし、そろそろ行こうか」
香澄はそう言ってスックと立ち上がり、スーツケースを持って部屋の入り口まで歩く。
「……バイバイ」
今まで何回も、この家を去ろうと試みた。
そのたびに佑が連れ戻してくれたが、今回はどれだけ期待すればいいのか分からない。
(思い通りにいかなかったら余計にガッカリしちゃうから、期待したら駄目だ)
大好きな人に向かって「期待してはいけない」と思うのは、とてもつらい。
佑はいつだって香澄が求めるもの以上の事をしてくれ、沢山の愛情を注いでくれた。
だから知らずと「佑さんなら……」と思ってしまう自分がいる。
「…………もう、佑さんには期待しないようにするね」
呟いた香澄は、泣きそうな表情で笑う。
「また会えたらいいね。……いつか私を思いだしたら、もう離さないでほしいな」
いつ叶うか分からない願いを口にした香澄は、泣いてしまう前に歩き始めた。
「ん、しょ」
スーツケースを抱えた香澄は階段を下り、玄関に向かうとスニーカーを履き、フェリシアに挨拶した。
「またね、フェリシア」
『いってらっしゃい、カスミさん』
いつも通りの反応をするフェリシアに笑みを零し、腕時計を見ると九時になろうとしていた。
「よし」
香澄は顔を上げ、玄関のドアを開けた。
「えっ?」
――と、思いもよらない人が前方に立っていて、つい声を上げてしまう。
「…………どうしたんですか?」
ガラガラとスーツケースを引っ張って近づくと、彼ら――、久住と佐野、瀬尾は、それぞれの荷物を脇に微笑む。
「私たちは、御劔社長と〝赤松さん専用の護衛〟として契約をしています」
久住に言われて、香澄は目を丸くする。
「今の御劔社長が赤松さんを忘れていようとも、私たちはあなたを守ります。それが、本来の御劔社長の望みですから」
「~~~~っ」
もう泣かないと決めたのに、こんなところで〝佑〟の優しさに触れて、目の奥が熱くなった。
「あの方がいつか記憶を取り戻した時、自分が赤松さんを邪険に扱っていたからといって、僕らまであなたを放置していたと知れば、烈火のごとく怒るでしょう。『俺の意志など関係なく、香澄専用の護衛として独立して動け!』……と」
佐野が言い、いつも無表情の彼にしては珍しく微笑む。
「私たちと小山内さんたちの契約書は、部分的に記述が異なっています。彼らは御劔社長の護衛ですが、私たちは今言ったように赤松さんの護衛です。『乙は甲がどのような状況に陥っても丙を守る事』などの文言があります。万が一の場合、渡されてある御劔さんのカードを使う事も許可されています」
呆然とした香澄は、立ち尽くして三人を見る。
すると離れのドアが開き、円山が姿を現してゆっくりこちらに歩み寄ってきた。
「御劔さんとこのお屋敷の事はお任せください。赤松さんが安心して帰る事ができる場所をお守りします」
「…………はい……っ」
とうとう香澄は涙を流し、泣きながら不器用に笑った。
「さて、まずどこへ行かれますか?」
久住に明るく尋ねられ、香澄は泣き笑いの表情で言う。
「一週間ぐらい泊まれる、安いホテルを探そうと思っていたんですが……」
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