上 下
1,468 / 1,549
第二十二部・岐路 編

あんないい子を泣かせるなよ!

しおりを挟む
『えっ、ちょ……っ』

 慌てていると、クラウスが話しかけてくる。

『カスミは僕らの秘書を手伝ってよ。基本的に英語で済むから大丈夫でしょ?』

『え? 英語は……大丈夫ですけど……。あの、アロイスさんが……』

 同じ階で、佑が電話をしているのが聞こえた。

(私のせいでお二人が怒ってるって、今の佑さんに電話するなんて!)

 何とかして佑とアロイスの電話を阻止したいのに、クラウスが話しかけてくるので席を外せない。

 クラウスを無視して佑のもとへ行ったとして、自分に冷たい態度をとる彼に、どう伝えたら聞き入れてもらえるか分からない。

『カスミはもうちょっと周りの人に甘えなよ』

 クラウスはテーブルに頬杖をつき、ナイフで肉をつつきながら言う。

『あ、甘えるって……』

 香澄は廊下の向こうを気にしながら、クラウスとの会話を続ける。

『カスミは僕らが困っていたら、自分を犠牲にしてでも助けるくせにさ、自分の痛みには鈍感すぎるし、つらい事があれば耐え忍べばいいと思ってる。自己肯定感が低いから、〝自分には似合いの境遇です〟って受け入れちゃうんだ』

 いつだったか、定山渓の温泉で麻衣にも同じ事を言われた事を思いだし、香澄は俯く。

『今のカスミの状態は、椅子に縛り付けた君にビンタしたり、水掛けてるのと同じ。なのにカスミは〝大丈夫です。秘書だし婚約者だし、タスクさんを信じて待ちます〟ってニコニコしてんの。……ハッキリ言って気持ち悪いだろ?』

 歯に衣着せない言われ方をされ、香澄は視線を落とす。

『いいから我が儘になれよ。人生がぶち壊されそうになる時まで、いい子でいなくていいんだ。つらいならつらいって言って、今の状況を変えたいなら周りに助けを求めなよ。それができないなら成人した大人って言えないよ。ネグレクトされるしかない、小さな子供じゃないんだから。……いや、子供でも命の危機に陥ったら必死に抵抗する。悪いけど、今のカスミはそれ以下だよ』

 手厳しい言葉を聞き、香澄は何も言えず黙るしかなかった。





 いっぽう書斎にいた佑は、アロイスから掛かってきた電話に出ていた。

「もしもし」

『タスク? あのさ、相談があるんだけど』

 いつもなら本題の前にからかってくるのに、アロイスはド直球で話しかけてきた。

『カスミ要らないなら、ちょうだいよ』

「は?」

 人間を「要らない」「ちょうだい」と物のように言われ、佑は困惑する。

 しかし香澄の名前が出て、すぐ彼女が二人に何かしらの訴えをしたのだと察し、溜め息をついた。

「それは彼女が決める事だろう。それに言い方を考えろ」

 いつものように呆れながら窘めたが、アロイスはとてもドライな声で言う。

『お前には失望したよ。あれだけカスミを泣かせるなって言ったよな? その場だけ聞こえのいい返事をして、あとから綺麗に期待を裏切るんだもんな。……カスミと過ごしている時、人が変わったみたいに優しい男になってたけど、……本当のお前はクズだもんな』

 佑はクズと言われ、ムッとする。

 仕事の関係で蛇蝎のように嫌われている自覚はあるので、自分をまったくの善人とは言わない。

 だが長い付き合いの従兄弟に軽蔑された調子で言われると、さすがに腹が立つ。

「一時的に離れてもらうよう頼んだだけだ。彼女の事は嫌いではないし、憎んでもいない。自分にとって重要な人だと理解している。……だからこそ、顔を見ると頭痛がするんだろうが」

 苛立ち混じりに言うと、アロイスが佑より苛立った声で言った。

『あんないい子を泣かせるなよ!』

「…………っ」

 佑は大きく息を吸い、怒鳴り返したくなるのを堪え、ゆっくり息を吐いていく。

「…………俺にどうしろって言うんだ……っ。――――今の俺にとって、彼女はまったく知らない他人だ。……どう優しくすればいいんだよ」

 押し殺した声で言うと、電話の向こうのアロイスが黙る。

『…………どうしたんだよ。……あんなに愛し合ってたのに…………』

 いつもの彼なら決して言わない言葉を聞き、佑は荒々しい吐息と共に言う。

「…………俺だって、思い出せるなら思い出したいよ」

 沈黙のあと、アロイスが溜め息をついた。

『このままじゃ平行線になる。話は戻るけど、カスミをしばらく預かるよ。彼女は仕事に復帰できないのを気にしてる。こうなった事に少しでも責任を感じるなら、俺たちのところで手伝いするのを〝仕事〟扱いにしてほしい。それなら彼女も納得するだろ。マツイとユキオにもうまくいっとけよ』

「…………分かった」

 佑は溜め息をつき、承諾する。

 自分より香澄を知るアロイスがそう言うなら、そうするのが一番なのだろう。
しおりを挟む
感想 556

あなたにおすすめの小説

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

処理中です...