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第二十二部・岐路 編
あんないい子を泣かせるなよ!
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『えっ、ちょ……っ』
慌てていると、クラウスが話しかけてくる。
『カスミは僕らの秘書を手伝ってよ。基本的に英語で済むから大丈夫でしょ?』
『え? 英語は……大丈夫ですけど……。あの、アロイスさんが……』
同じ階で、佑が電話をしているのが聞こえた。
(私のせいでお二人が怒ってるって、今の佑さんに電話するなんて!)
何とかして佑とアロイスの電話を阻止したいのに、クラウスが話しかけてくるので席を外せない。
クラウスを無視して佑のもとへ行ったとして、自分に冷たい態度をとる彼に、どう伝えたら聞き入れてもらえるか分からない。
『カスミはもうちょっと周りの人に甘えなよ』
クラウスはテーブルに頬杖をつき、ナイフで肉をつつきながら言う。
『あ、甘えるって……』
香澄は廊下の向こうを気にしながら、クラウスとの会話を続ける。
『カスミは僕らが困っていたら、自分を犠牲にしてでも助けるくせにさ、自分の痛みには鈍感すぎるし、つらい事があれば耐え忍べばいいと思ってる。自己肯定感が低いから、〝自分には似合いの境遇です〟って受け入れちゃうんだ』
いつだったか、定山渓の温泉で麻衣にも同じ事を言われた事を思いだし、香澄は俯く。
『今のカスミの状態は、椅子に縛り付けた君にビンタしたり、水掛けてるのと同じ。なのにカスミは〝大丈夫です。秘書だし婚約者だし、タスクさんを信じて待ちます〟ってニコニコしてんの。……ハッキリ言って気持ち悪いだろ?』
歯に衣着せない言われ方をされ、香澄は視線を落とす。
『いいから我が儘になれよ。人生がぶち壊されそうになる時まで、いい子でいなくていいんだ。つらいならつらいって言って、今の状況を変えたいなら周りに助けを求めなよ。それができないなら成人した大人って言えないよ。ネグレクトされるしかない、小さな子供じゃないんだから。……いや、子供でも命の危機に陥ったら必死に抵抗する。悪いけど、今のカスミはそれ以下だよ』
手厳しい言葉を聞き、香澄は何も言えず黙るしかなかった。
いっぽう書斎にいた佑は、アロイスから掛かってきた電話に出ていた。
「もしもし」
『タスク? あのさ、相談があるんだけど』
いつもなら本題の前にからかってくるのに、アロイスはド直球で話しかけてきた。
『カスミ要らないなら、ちょうだいよ』
「は?」
人間を「要らない」「ちょうだい」と物のように言われ、佑は困惑する。
しかし香澄の名前が出て、すぐ彼女が二人に何かしらの訴えをしたのだと察し、溜め息をついた。
「それは彼女が決める事だろう。それに言い方を考えろ」
いつものように呆れながら窘めたが、アロイスはとてもドライな声で言う。
『お前には失望したよ。あれだけカスミを泣かせるなって言ったよな? その場だけ聞こえのいい返事をして、あとから綺麗に期待を裏切るんだもんな。……カスミと過ごしている時、人が変わったみたいに優しい男になってたけど、……本当のお前はクズだもんな』
佑はクズと言われ、ムッとする。
仕事の関係で蛇蝎のように嫌われている自覚はあるので、自分をまったくの善人とは言わない。
だが長い付き合いの従兄弟に軽蔑された調子で言われると、さすがに腹が立つ。
「一時的に離れてもらうよう頼んだだけだ。彼女の事は嫌いではないし、憎んでもいない。自分にとって重要な人だと理解している。……だからこそ、顔を見ると頭痛がするんだろうが」
苛立ち混じりに言うと、アロイスが佑より苛立った声で言った。
『あんないい子を泣かせるなよ!』
「…………っ」
佑は大きく息を吸い、怒鳴り返したくなるのを堪え、ゆっくり息を吐いていく。
「…………俺にどうしろって言うんだ……っ。――――今の俺にとって、彼女はまったく知らない他人だ。……どう優しくすればいいんだよ」
押し殺した声で言うと、電話の向こうのアロイスが黙る。
『…………どうしたんだよ。……あんなに愛し合ってたのに…………』
いつもの彼なら決して言わない言葉を聞き、佑は荒々しい吐息と共に言う。
「…………俺だって、思い出せるなら思い出したいよ」
沈黙のあと、アロイスが溜め息をついた。
『このままじゃ平行線になる。話は戻るけど、カスミをしばらく預かるよ。彼女は仕事に復帰できないのを気にしてる。こうなった事に少しでも責任を感じるなら、俺たちのところで手伝いするのを〝仕事〟扱いにしてほしい。それなら彼女も納得するだろ。マツイとユキオにもうまくいっとけよ』
「…………分かった」
佑は溜め息をつき、承諾する。
自分より香澄を知るアロイスがそう言うなら、そうするのが一番なのだろう。
慌てていると、クラウスが話しかけてくる。
『カスミは僕らの秘書を手伝ってよ。基本的に英語で済むから大丈夫でしょ?』
『え? 英語は……大丈夫ですけど……。あの、アロイスさんが……』
同じ階で、佑が電話をしているのが聞こえた。
(私のせいでお二人が怒ってるって、今の佑さんに電話するなんて!)
何とかして佑とアロイスの電話を阻止したいのに、クラウスが話しかけてくるので席を外せない。
クラウスを無視して佑のもとへ行ったとして、自分に冷たい態度をとる彼に、どう伝えたら聞き入れてもらえるか分からない。
『カスミはもうちょっと周りの人に甘えなよ』
クラウスはテーブルに頬杖をつき、ナイフで肉をつつきながら言う。
『あ、甘えるって……』
香澄は廊下の向こうを気にしながら、クラウスとの会話を続ける。
『カスミは僕らが困っていたら、自分を犠牲にしてでも助けるくせにさ、自分の痛みには鈍感すぎるし、つらい事があれば耐え忍べばいいと思ってる。自己肯定感が低いから、〝自分には似合いの境遇です〟って受け入れちゃうんだ』
いつだったか、定山渓の温泉で麻衣にも同じ事を言われた事を思いだし、香澄は俯く。
『今のカスミの状態は、椅子に縛り付けた君にビンタしたり、水掛けてるのと同じ。なのにカスミは〝大丈夫です。秘書だし婚約者だし、タスクさんを信じて待ちます〟ってニコニコしてんの。……ハッキリ言って気持ち悪いだろ?』
歯に衣着せない言われ方をされ、香澄は視線を落とす。
『いいから我が儘になれよ。人生がぶち壊されそうになる時まで、いい子でいなくていいんだ。つらいならつらいって言って、今の状況を変えたいなら周りに助けを求めなよ。それができないなら成人した大人って言えないよ。ネグレクトされるしかない、小さな子供じゃないんだから。……いや、子供でも命の危機に陥ったら必死に抵抗する。悪いけど、今のカスミはそれ以下だよ』
手厳しい言葉を聞き、香澄は何も言えず黙るしかなかった。
いっぽう書斎にいた佑は、アロイスから掛かってきた電話に出ていた。
「もしもし」
『タスク? あのさ、相談があるんだけど』
いつもなら本題の前にからかってくるのに、アロイスはド直球で話しかけてきた。
『カスミ要らないなら、ちょうだいよ』
「は?」
人間を「要らない」「ちょうだい」と物のように言われ、佑は困惑する。
しかし香澄の名前が出て、すぐ彼女が二人に何かしらの訴えをしたのだと察し、溜め息をついた。
「それは彼女が決める事だろう。それに言い方を考えろ」
いつものように呆れながら窘めたが、アロイスはとてもドライな声で言う。
『お前には失望したよ。あれだけカスミを泣かせるなって言ったよな? その場だけ聞こえのいい返事をして、あとから綺麗に期待を裏切るんだもんな。……カスミと過ごしている時、人が変わったみたいに優しい男になってたけど、……本当のお前はクズだもんな』
佑はクズと言われ、ムッとする。
仕事の関係で蛇蝎のように嫌われている自覚はあるので、自分をまったくの善人とは言わない。
だが長い付き合いの従兄弟に軽蔑された調子で言われると、さすがに腹が立つ。
「一時的に離れてもらうよう頼んだだけだ。彼女の事は嫌いではないし、憎んでもいない。自分にとって重要な人だと理解している。……だからこそ、顔を見ると頭痛がするんだろうが」
苛立ち混じりに言うと、アロイスが佑より苛立った声で言った。
『あんないい子を泣かせるなよ!』
「…………っ」
佑は大きく息を吸い、怒鳴り返したくなるのを堪え、ゆっくり息を吐いていく。
「…………俺にどうしろって言うんだ……っ。――――今の俺にとって、彼女はまったく知らない他人だ。……どう優しくすればいいんだよ」
押し殺した声で言うと、電話の向こうのアロイスが黙る。
『…………どうしたんだよ。……あんなに愛し合ってたのに…………』
いつもの彼なら決して言わない言葉を聞き、佑は荒々しい吐息と共に言う。
「…………俺だって、思い出せるなら思い出したいよ」
沈黙のあと、アロイスが溜め息をついた。
『このままじゃ平行線になる。話は戻るけど、カスミをしばらく預かるよ。彼女は仕事に復帰できないのを気にしてる。こうなった事に少しでも責任を感じるなら、俺たちのところで手伝いするのを〝仕事〟扱いにしてほしい。それなら彼女も納得するだろ。マツイとユキオにもうまくいっとけよ』
「…………分かった」
佑は溜め息をつき、承諾する。
自分より香澄を知るアロイスがそう言うなら、そうするのが一番なのだろう。
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