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第二十二部・岐路 編

いい選択をしたね

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 香澄は佑が戻ってもバレないように、布団の中で嗚咽した。

 心が引き裂かれそうで、どうしてこうなったのか分からない。

 ――いや、分かっている。

 フェルナンドの事があり、佑は自分を庇って攻撃を受け、頭をぶつけた。答えはシンプルだ。

「……っ、いつ思いだすの……っ、――私の事、好きで堪らない佑さんのくせに……っ」

 涙が次から次に溢れ、止まってくれない。

 泣き止んだ頃には、胸の奥にぽっかりと穴が空いた心地になった。

(こんなんで、仕事できるのかな……)

 社長秘書室にいれば、松井や河野がいるから気を紛らわせられる。

 社外での仕事なら気が引き締まり、仕事に集中しようと思えるだろう。

 けれど彼の側にいると、常に「疎まれていないかな?」と不安にならなければいけない。

 溺愛してくれていた人に知らない人扱いされ、仕事に支障をきたすなというほうがおかしい。

(……最初から駄目だったのかもしれない。秘書になって社長と恋をするなんて)

(ううん、一度は覚悟を決めたはず。何があっても佑さんを支えると決意した。なのに……)

(佑さんに嫌われるなんて想像すらできなかった。彼がいつも全力で私を愛していてくれたから、『私も頑張ろう』って思えていた)

 様々な思いが、ポコポコとあぶくのように心の底から湧き上がってくる。

(駄目だな。答えの出ない悩みを、一人でグルグル考えてる。誰かに話を聞いてもらって、アドバイスをもらったほうがいいのかもしれない)

 香澄はモソリと起き上がり、溜め息をついてスマホに手を伸ばした。

(麻衣とマティアスさんの邪魔はしたくない。……家族には勿論言えない。もしかしたら意外とすぐ佑さんの記憶が戻るかもしれないし、心配させたくない。……会社の人も、事情を知ってる人以外には言ったらいけない。奈央ちゃんと彩美ちゃんも、友達だけど部外者だから、あまり言わないほうがいい……)

 香澄は大切な人の顔を思い浮かべては、「話せない」と打ち消していく。

(美鈴さんはりらちゃんがいて大変だし、彼女の性格だと佑さんに殴り込みを掛けそう)

 芯の通った美しい彼女を思い出し、香澄は自然と微笑む。

(澪さんや陽菜さんには、もっと言えない)

 次に思い浮かんだのは、アロイスとクラウス、ルカとマリアだ。

(……頼っていいのかな。……迷惑だったら……)

 そこまで考えて、パッとクラウスの言葉が蘇った。

『カスミって遠慮がちで可愛いけど、考えすぎだよね。僕らが迷惑だと思うかなんて、僕らしか分からないだろ。カスミが〝迷惑だ〟って決めつける必要はないんだからね』

 次に、脳内アロイスも出てきた。

『そうそう。忙しかったら断るし、大丈夫だったら応じるよ。忙しい時は断った上で、時間が出た時に折り返すから心配しないで。変な遠慮で頼ってもらえないほうが寂しいよ』

「……はい」

 香澄は小さく笑い、コネクターナウのトークルームを開くと、トントンとメッセージを打っていった。

【今、大丈夫ですか?】

 すると、パッと既読がついた。

【大丈夫だよ。ランチ食べながらだけどね】

 アロイスから返事があったあと、彼らが食べているらしい肉料理の写真が送られてきた。

【通話繋ごう。僕ら、食事しながらだけど、文字打つよりやりやすいから】

 クラウスからメッセージがあったあと、すぐにビデオ通話のコールが掛かった。

(相変わらずすぐ行動だな)

 生き生きした彼らの反応に触れると、こちらまで元気になれた気がする。

 一人でもったりとした泥に囚われて動けずにいたのに、二人と話した途端、腕を引っ張られて泥から抜け出した感覚になった。

『こんばんは。……あ、こんにちは』

 挨拶すると、二つの画面にアロイスとクラウスが映る。

 彼らはモグモグと口を動かしたあと、『カスミだ!』と笑顔で手を振ってきた。

 二人の後ろには、レストランの個室らしき内装が映っている。

『本当に大丈夫でしたか?』

『ホントに平気。ショーが終わったあとだし、今はちょっとのんびりしてる』

『何食べてるんですか? 私はさっき、うどんを食べました』

『ザウアーブラーテンとシュペッツレ』

『ざうあー?』

 首を傾げると、双子は顔を見合わせる。

『ざっくり言えば、肉の煮込みと、ドイツ版パスタ。パスタはチーズ味だよ』

『美味しそう』

 アロイスから料理の説明を聞き、香澄は微笑む。

『で、どうしたの?』

 クラウスに尋ねられ、香澄は曖昧に笑った。

『……ちょっと、考え事をしてグルグルしてしまって、息抜きというか、助言をもらいたくて連絡しました』

 遠慮がちに言うと、双子は納得した顔をする。

『いい選択をしたね。カスミはすぐうじうじ悩むから、一人で考えすぎるとドツボだよ』

 クラウスにスパッと言われ、思わず笑った。

『何に悩んでる? 何でも言ってごらん。最適な答えは出せないかもしれないけど、俺とクラが一緒に考える』

 アロイスにそう言われ、連絡をして良かったと心底思った。
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