上 下
1,466 / 1,549
第二十二部・岐路 編

いい選択をしたね

しおりを挟む
 香澄は佑が戻ってもバレないように、布団の中で嗚咽した。

 心が引き裂かれそうで、どうしてこうなったのか分からない。

 ――いや、分かっている。

 フェルナンドの事があり、佑は自分を庇って攻撃を受け、頭をぶつけた。答えはシンプルだ。

「……っ、いつ思いだすの……っ、――私の事、好きで堪らない佑さんのくせに……っ」

 涙が次から次に溢れ、止まってくれない。

 泣き止んだ頃には、胸の奥にぽっかりと穴が空いた心地になった。

(こんなんで、仕事できるのかな……)

 社長秘書室にいれば、松井や河野がいるから気を紛らわせられる。

 社外での仕事なら気が引き締まり、仕事に集中しようと思えるだろう。

 けれど彼の側にいると、常に「疎まれていないかな?」と不安にならなければいけない。

 溺愛してくれていた人に知らない人扱いされ、仕事に支障をきたすなというほうがおかしい。

(……最初から駄目だったのかもしれない。秘書になって社長と恋をするなんて)

(ううん、一度は覚悟を決めたはず。何があっても佑さんを支えると決意した。なのに……)

(佑さんに嫌われるなんて想像すらできなかった。彼がいつも全力で私を愛していてくれたから、『私も頑張ろう』って思えていた)

 様々な思いが、ポコポコとあぶくのように心の底から湧き上がってくる。

(駄目だな。答えの出ない悩みを、一人でグルグル考えてる。誰かに話を聞いてもらって、アドバイスをもらったほうがいいのかもしれない)

 香澄はモソリと起き上がり、溜め息をついてスマホに手を伸ばした。

(麻衣とマティアスさんの邪魔はしたくない。……家族には勿論言えない。もしかしたら意外とすぐ佑さんの記憶が戻るかもしれないし、心配させたくない。……会社の人も、事情を知ってる人以外には言ったらいけない。奈央ちゃんと彩美ちゃんも、友達だけど部外者だから、あまり言わないほうがいい……)

 香澄は大切な人の顔を思い浮かべては、「話せない」と打ち消していく。

(美鈴さんはりらちゃんがいて大変だし、彼女の性格だと佑さんに殴り込みを掛けそう)

 芯の通った美しい彼女を思い出し、香澄は自然と微笑む。

(澪さんや陽菜さんには、もっと言えない)

 次に思い浮かんだのは、アロイスとクラウス、ルカとマリアだ。

(……頼っていいのかな。……迷惑だったら……)

 そこまで考えて、パッとクラウスの言葉が蘇った。

『カスミって遠慮がちで可愛いけど、考えすぎだよね。僕らが迷惑だと思うかなんて、僕らしか分からないだろ。カスミが〝迷惑だ〟って決めつける必要はないんだからね』

 次に、脳内アロイスも出てきた。

『そうそう。忙しかったら断るし、大丈夫だったら応じるよ。忙しい時は断った上で、時間が出た時に折り返すから心配しないで。変な遠慮で頼ってもらえないほうが寂しいよ』

「……はい」

 香澄は小さく笑い、コネクターナウのトークルームを開くと、トントンとメッセージを打っていった。

【今、大丈夫ですか?】

 すると、パッと既読がついた。

【大丈夫だよ。ランチ食べながらだけどね】

 アロイスから返事があったあと、彼らが食べているらしい肉料理の写真が送られてきた。

【通話繋ごう。僕ら、食事しながらだけど、文字打つよりやりやすいから】

 クラウスからメッセージがあったあと、すぐにビデオ通話のコールが掛かった。

(相変わらずすぐ行動だな)

 生き生きした彼らの反応に触れると、こちらまで元気になれた気がする。

 一人でもったりとした泥に囚われて動けずにいたのに、二人と話した途端、腕を引っ張られて泥から抜け出した感覚になった。

『こんばんは。……あ、こんにちは』

 挨拶すると、二つの画面にアロイスとクラウスが映る。

 彼らはモグモグと口を動かしたあと、『カスミだ!』と笑顔で手を振ってきた。

 二人の後ろには、レストランの個室らしき内装が映っている。

『本当に大丈夫でしたか?』

『ホントに平気。ショーが終わったあとだし、今はちょっとのんびりしてる』

『何食べてるんですか? 私はさっき、うどんを食べました』

『ザウアーブラーテンとシュペッツレ』

『ざうあー?』

 首を傾げると、双子は顔を見合わせる。

『ざっくり言えば、肉の煮込みと、ドイツ版パスタ。パスタはチーズ味だよ』

『美味しそう』

 アロイスから料理の説明を聞き、香澄は微笑む。

『で、どうしたの?』

 クラウスに尋ねられ、香澄は曖昧に笑った。

『……ちょっと、考え事をしてグルグルしてしまって、息抜きというか、助言をもらいたくて連絡しました』

 遠慮がちに言うと、双子は納得した顔をする。

『いい選択をしたね。カスミはすぐうじうじ悩むから、一人で考えすぎるとドツボだよ』

 クラウスにスパッと言われ、思わず笑った。

『何に悩んでる? 何でも言ってごらん。最適な答えは出せないかもしれないけど、俺とクラが一緒に考える』

 アロイスにそう言われ、連絡をして良かったと心底思った。
しおりを挟む
感想 556

あなたにおすすめの小説

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

処理中です...