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第二十二部・岐路 編
元サヤに戻るのかな
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「今はどうしてるんだ? 二階堂専務と結婚したんだろ?」
佑は元カノが選んだ男性の名前を、淡々と口にする。
それを聞き、香澄は美智瑠の事を思い出した。
(そうだ、確か美智瑠さんはヘッドハンティングされて、そこの専務と関係ができたって……)
美智瑠は佑の問いを聞いて曖昧に笑い、言葉を探しながら髪を耳に掛ける。
「……結婚して子供も生まれたけど……、今、離婚協議中。向こうの浮気が原因で」
「……そうか」
会話している二人だけの世界がある気がして、香澄はここにいていいのか分からなくなってくる。
離れた所に立ったまま心許ない表情で彼らを見ていると、美智瑠がこちらを見て微笑んだ。
「香澄さんが困っているみたいだから、帰るわね」
「……ああ」
ソファから立ちあがったあと、美智瑠は佑の腹部を見て尋ねた。
「……傷は大丈夫なの? 刺されたんでしょう?」
心配された佑は、苦笑いして腹部をさする。
「こうして話していられるぐらいには大丈夫だ」
「無理してるくせに。……昔からやせ我慢ばっかりするんだから……」
美智瑠の苛立ちの混じった声を聞いた香澄は、ズキリと胸を痛めた。
(やっぱり私より佑さんと付き合いが長いから、よく知ってるんだな……)
香澄が視線を落として服をギュッと握っている間も、美智瑠はさらに質問する。
「ちゃんと病院行ってるの?」
「行ってるよ」
「ご飯は? 赤松さん、ちゃんと作ってくれてる?」
その流れで自分の名前が出て、心臓を鷲掴みにされた気持ちになった。
(なにそれ! 私、ちゃんとできてる! あなたに心配されなくても……!)
表情を歪めた時、佑が淡々と答えるのを聞く。
「彼女は関係ない。家事は家政婦さんに任せてるから」
さらに佑に「関係ない」と言われ、香澄は暗い気持ちになって俯く。
「そう。プロに任せてるなら心配ないわね。……また来てもいい? あんな別れ方をしたけど、佑の事を憎んでいる訳じゃないの。知ってる人だからこそ、今とても心配しているの。……二人の邪魔はしないから、お願い」
香澄は床に視線を落としたまま、足音を立てずにゆっくり一歩後ずさった。
(今の私に、何も言う権利はない。……それでも……)
本当は『やめて! 〝いいよ〟って言わないで!』と、声を大にしていいたい。
だが佑には先ほど『この屋敷から出ていけ』と言われたばかりだ。
必死に婚約者だと訴えても聞く耳を持ってもらえず、それどころか不審者扱いされ、追い出されようとしている。
この上なく惨めな気持ちになった香澄は、泣くものかと必死に歯を食いしばり、唇を引き結んだ。
そんな香澄の姿を、佑の陰から美智瑠が見ていたのを彼女は知らない。
「…………あとで連絡をくれ」
佑はしばらく黙っていたが、そう言ったあと美智瑠を送るためにサンダルを履いた。
「じゃあね、赤松さん。お邪魔してごめんなさい」
美智瑠は微笑んだあと、佑と一緒に玄関を出ていった。
呆然として二人を見送った香澄は、蒼白な顔をしている。
知らずと荒くなった呼吸を落ち着けようとしていると、リビングの入り口から顔を覗かせた斎藤が「香澄さん……」と気遣わしげに声を掛けてきた。
「…………だ、大丈夫です。……ほら、……あの、荷物を纏めないといけないし……」
香澄はぎこちない笑みを浮かべ、誤魔化すように階段を上がっていく。
一段一段を上る足が、こんなにも重い。
――私、何しに東京に来たんだっけ……。
――少し前まで、パリで何をしていた?
考えが纏まらず、頭がガンガン痛む。
よせばいいのに、香澄は二階に上がったあと、吹き抜けのガラス越しに二人の姿を探してしまった。
ライトアップされた庭では、佑と美智瑠が何か話しながらゆっくり歩いている。
(……付き合っていた頃は、あんな感じだったのかな)
自分ではない女性の隣に立つ佑は、まるで知らない人のようだ。
「…………元サヤに、……戻るのかな」
呟いたあと、見ていられなくなった香澄は部屋に戻った。
佑は元カノが選んだ男性の名前を、淡々と口にする。
それを聞き、香澄は美智瑠の事を思い出した。
(そうだ、確か美智瑠さんはヘッドハンティングされて、そこの専務と関係ができたって……)
美智瑠は佑の問いを聞いて曖昧に笑い、言葉を探しながら髪を耳に掛ける。
「……結婚して子供も生まれたけど……、今、離婚協議中。向こうの浮気が原因で」
「……そうか」
会話している二人だけの世界がある気がして、香澄はここにいていいのか分からなくなってくる。
離れた所に立ったまま心許ない表情で彼らを見ていると、美智瑠がこちらを見て微笑んだ。
「香澄さんが困っているみたいだから、帰るわね」
「……ああ」
ソファから立ちあがったあと、美智瑠は佑の腹部を見て尋ねた。
「……傷は大丈夫なの? 刺されたんでしょう?」
心配された佑は、苦笑いして腹部をさする。
「こうして話していられるぐらいには大丈夫だ」
「無理してるくせに。……昔からやせ我慢ばっかりするんだから……」
美智瑠の苛立ちの混じった声を聞いた香澄は、ズキリと胸を痛めた。
(やっぱり私より佑さんと付き合いが長いから、よく知ってるんだな……)
香澄が視線を落として服をギュッと握っている間も、美智瑠はさらに質問する。
「ちゃんと病院行ってるの?」
「行ってるよ」
「ご飯は? 赤松さん、ちゃんと作ってくれてる?」
その流れで自分の名前が出て、心臓を鷲掴みにされた気持ちになった。
(なにそれ! 私、ちゃんとできてる! あなたに心配されなくても……!)
表情を歪めた時、佑が淡々と答えるのを聞く。
「彼女は関係ない。家事は家政婦さんに任せてるから」
さらに佑に「関係ない」と言われ、香澄は暗い気持ちになって俯く。
「そう。プロに任せてるなら心配ないわね。……また来てもいい? あんな別れ方をしたけど、佑の事を憎んでいる訳じゃないの。知ってる人だからこそ、今とても心配しているの。……二人の邪魔はしないから、お願い」
香澄は床に視線を落としたまま、足音を立てずにゆっくり一歩後ずさった。
(今の私に、何も言う権利はない。……それでも……)
本当は『やめて! 〝いいよ〟って言わないで!』と、声を大にしていいたい。
だが佑には先ほど『この屋敷から出ていけ』と言われたばかりだ。
必死に婚約者だと訴えても聞く耳を持ってもらえず、それどころか不審者扱いされ、追い出されようとしている。
この上なく惨めな気持ちになった香澄は、泣くものかと必死に歯を食いしばり、唇を引き結んだ。
そんな香澄の姿を、佑の陰から美智瑠が見ていたのを彼女は知らない。
「…………あとで連絡をくれ」
佑はしばらく黙っていたが、そう言ったあと美智瑠を送るためにサンダルを履いた。
「じゃあね、赤松さん。お邪魔してごめんなさい」
美智瑠は微笑んだあと、佑と一緒に玄関を出ていった。
呆然として二人を見送った香澄は、蒼白な顔をしている。
知らずと荒くなった呼吸を落ち着けようとしていると、リビングの入り口から顔を覗かせた斎藤が「香澄さん……」と気遣わしげに声を掛けてきた。
「…………だ、大丈夫です。……ほら、……あの、荷物を纏めないといけないし……」
香澄はぎこちない笑みを浮かべ、誤魔化すように階段を上がっていく。
一段一段を上る足が、こんなにも重い。
――私、何しに東京に来たんだっけ……。
――少し前まで、パリで何をしていた?
考えが纏まらず、頭がガンガン痛む。
よせばいいのに、香澄は二階に上がったあと、吹き抜けのガラス越しに二人の姿を探してしまった。
ライトアップされた庭では、佑と美智瑠が何か話しながらゆっくり歩いている。
(……付き合っていた頃は、あんな感じだったのかな)
自分ではない女性の隣に立つ佑は、まるで知らない人のようだ。
「…………元サヤに、……戻るのかな」
呟いたあと、見ていられなくなった香澄は部屋に戻った。
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