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第二十二部・岐路 編
朝丘美智瑠
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何も考えられないまま私室に戻った香澄は、ポスッとベッドの上に転がった。
髪が顔に掛かっているのに払う事すらせず、そのまま考える事を放棄した彼女の頭の中は、もったりとした白い霧に支配される。
そのまま香澄は呆け続け、気がつくと陽が落ちて室内は暗くなっていた。
放心し続けている香澄の耳に、ピンポーン……、と母屋のチャイムの音が届く。
そのあと階下で斎藤が玄関に向かう気配がした。
(母屋のチャイムが直接鳴ったって事は、円山さんが許可した人か……。佑さんのご家族の誰かかな……)
呆けたまま考えていた時、階下から斎藤が戸惑った声で佑を呼んだ。
「…………御劔さん。……お客様です」
シンとした豪邸に彼女の声が響き、書斎でそれを聞いた佑は廊下に出る。
「誰ですか?」
佑はトントンと階段を下りながら斎藤に尋ねる。
「それが……。…………朝丘さんが……」
「…………え?」
斎藤が告げた名前を聞いた佑は、立ち止まっていぶかしげな声を出す。
(…………朝丘さんって……、誰だっけ……。聞いた事ある……けど……)
香澄はノロノロと思考を巡らせながら寝返りを打ち、仰向けになる。
が、聞こえてきた名前を耳にして、パッと目を見開いた。
「美智瑠!?」
「なんで」
香澄はとっさに呟き、ガバッと起き上がった。
ドッドッドッ……と心臓が速まるなか、彼女は足音を殺して歩くと廊下に出て、ゆっくり階段を下りていく。
――見たくない。
――佑さんが結婚しようと思った相手なんて、会いたくない。
そう思うのに、香澄は玄関から聞こえてくる声を集中して聞いていた。
「どうしたんだ?」
「『どうしたんだ』はこっちの台詞だよ。パリで佑が襲われたって、日本でもニュースが流れてたんだよ?」
彼女が佑を名前で呼び捨てするのを聞いて、ズグンと胸が痛んだ。
「……ニュースになっていたのか……。失念していた」
「もう……。相変わらず肝心なところが抜けてるんだから」
美智瑠が溜め息をついた音が聞こえた。
「一人なの? 婚約者さんは?」
彼女が香澄を認識しているのを知り、ドキッと胸が鳴る。
佑はそれに即答せず、何と答えるべきか考えているようだ。
その反応を見て、いぶしかしがった美智瑠はさらに尋ねてくる。
「もしかして別れたの? また無理な事をして愛想尽かされたの?」
「…………っ、ち、違います……っ!」
ずっと息を潜めて二人の会話を立ち聞きしていたのに、その言葉には黙っていられなくなった香澄は、つい声を上げて階段を下りてしまった。
そしてとうとう、香澄は佑の元カノ――朝丘美智瑠に対峙する。
美智瑠をパッと見て感じたのは、『品が良くセンスの良い女性』だ。
彼女は黒いタートルネックニットと大柄なタータンチェックのグレーのスカートを穿き、その上に白いチェスターコートを羽織っている。
ふんわりとパーマが掛かったミディアムヘアには、軽く見えるようにハイライトカラーが入っていた。
派手なメイクはしていないが眉と目元がくっきりしているので、自分の意見をハッキリ言う、意志の強い女性に感じられる。
自分の顔がどういう印象を与えるか熟知しているようで、リップはヌードカラーのグロスで抜け感を作り、きちんと引き算していた。
「……こ、……こんばんは。初めまして。赤松香澄と申します」
香澄は少し離れたところで、ペコリと頭を下げる。
「こんばんは。私は朝丘美智瑠。可愛らしい人ね」
〝今カノ〟が現れても美智瑠は動じず、むしろ上からとも言える堂々とした態度に、香澄はやや気圧される。
「どうしたんだ? あれから一度も連絡をよこさなかったのに」
佑は溜め息をつき、玄関にあるソファに腰かける。
それは玄関先で話をする時に使う物で、美智瑠は「私も座らせてもらうわね」と言って佑の向かいに腰かけた。
「ニュースを見て心配して駆けつけた……、と言いたいけど、近くまで用事があったの。事件があったのはパリだったし、入院したと報道されていたから、いつ帰国したか分からなかった。でもやっぱり心配だったから、『いるかな?』と思ったら……、ビンゴ」
「……あのなぁ」
佑はまた溜め息をつき、美智瑠はその反応を見てクスクス笑う。
髪が顔に掛かっているのに払う事すらせず、そのまま考える事を放棄した彼女の頭の中は、もったりとした白い霧に支配される。
そのまま香澄は呆け続け、気がつくと陽が落ちて室内は暗くなっていた。
放心し続けている香澄の耳に、ピンポーン……、と母屋のチャイムの音が届く。
そのあと階下で斎藤が玄関に向かう気配がした。
(母屋のチャイムが直接鳴ったって事は、円山さんが許可した人か……。佑さんのご家族の誰かかな……)
呆けたまま考えていた時、階下から斎藤が戸惑った声で佑を呼んだ。
「…………御劔さん。……お客様です」
シンとした豪邸に彼女の声が響き、書斎でそれを聞いた佑は廊下に出る。
「誰ですか?」
佑はトントンと階段を下りながら斎藤に尋ねる。
「それが……。…………朝丘さんが……」
「…………え?」
斎藤が告げた名前を聞いた佑は、立ち止まっていぶかしげな声を出す。
(…………朝丘さんって……、誰だっけ……。聞いた事ある……けど……)
香澄はノロノロと思考を巡らせながら寝返りを打ち、仰向けになる。
が、聞こえてきた名前を耳にして、パッと目を見開いた。
「美智瑠!?」
「なんで」
香澄はとっさに呟き、ガバッと起き上がった。
ドッドッドッ……と心臓が速まるなか、彼女は足音を殺して歩くと廊下に出て、ゆっくり階段を下りていく。
――見たくない。
――佑さんが結婚しようと思った相手なんて、会いたくない。
そう思うのに、香澄は玄関から聞こえてくる声を集中して聞いていた。
「どうしたんだ?」
「『どうしたんだ』はこっちの台詞だよ。パリで佑が襲われたって、日本でもニュースが流れてたんだよ?」
彼女が佑を名前で呼び捨てするのを聞いて、ズグンと胸が痛んだ。
「……ニュースになっていたのか……。失念していた」
「もう……。相変わらず肝心なところが抜けてるんだから」
美智瑠が溜め息をついた音が聞こえた。
「一人なの? 婚約者さんは?」
彼女が香澄を認識しているのを知り、ドキッと胸が鳴る。
佑はそれに即答せず、何と答えるべきか考えているようだ。
その反応を見て、いぶしかしがった美智瑠はさらに尋ねてくる。
「もしかして別れたの? また無理な事をして愛想尽かされたの?」
「…………っ、ち、違います……っ!」
ずっと息を潜めて二人の会話を立ち聞きしていたのに、その言葉には黙っていられなくなった香澄は、つい声を上げて階段を下りてしまった。
そしてとうとう、香澄は佑の元カノ――朝丘美智瑠に対峙する。
美智瑠をパッと見て感じたのは、『品が良くセンスの良い女性』だ。
彼女は黒いタートルネックニットと大柄なタータンチェックのグレーのスカートを穿き、その上に白いチェスターコートを羽織っている。
ふんわりとパーマが掛かったミディアムヘアには、軽く見えるようにハイライトカラーが入っていた。
派手なメイクはしていないが眉と目元がくっきりしているので、自分の意見をハッキリ言う、意志の強い女性に感じられる。
自分の顔がどういう印象を与えるか熟知しているようで、リップはヌードカラーのグロスで抜け感を作り、きちんと引き算していた。
「……こ、……こんばんは。初めまして。赤松香澄と申します」
香澄は少し離れたところで、ペコリと頭を下げる。
「こんばんは。私は朝丘美智瑠。可愛らしい人ね」
〝今カノ〟が現れても美智瑠は動じず、むしろ上からとも言える堂々とした態度に、香澄はやや気圧される。
「どうしたんだ? あれから一度も連絡をよこさなかったのに」
佑は溜め息をつき、玄関にあるソファに腰かける。
それは玄関先で話をする時に使う物で、美智瑠は「私も座らせてもらうわね」と言って佑の向かいに腰かけた。
「ニュースを見て心配して駆けつけた……、と言いたいけど、近くまで用事があったの。事件があったのはパリだったし、入院したと報道されていたから、いつ帰国したか分からなかった。でもやっぱり心配だったから、『いるかな?』と思ったら……、ビンゴ」
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