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第二十二部・岐路 編
うどん
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優しく揺り起こされ、香澄は目を開く。
「ん……、佑さん……?」
思わず彼の名前を呼んだが、側にいたのはエプロンをつけた斎藤だった。
「そろそろ、おうどん食べましょう」
「……あ、はい」
夢の中で香澄はいつも通り、佑と幸せな時間を送っていた。
――が、目を覚ましたあとに待っていたのは〝現実〟だ。
思わず溜め息をついてしまった香澄を見て、斎藤は申し訳なさそうな顔をする。
「すみません、顔を洗って着替えたいので、もう少ししてから行きます」
「はい、待っていますね」
斎藤は微笑んで会釈したあと、静かに部屋を出ていった。
(……寝ちゃってたんだ)
スーツケースを見ると「荷物を整理しなきゃ」と思うが、不安に襲われる。
(このままこの家に住んでいていいのかな。……佑さんが何も言わない限りは側にいたい。……でも、無理に居座る感じになったらやだな)
それにパリの病院で佑に会った時、彼は頭痛に襲われていた。
身近な人で記憶喪失になった人物はいないが、映画やドラマでも、記憶を失った人が頭痛を訴えるシーンはあった。
防衛本能で忘れた記憶を無理に思いだそうとすれば、脳に相当な負担が掛かるのは素人でも分かる。
(負担になっていると思いたくない。……でも一連の事件でとても心配させてしまったのは事実だ。周りの人も『思いださないほうがいい』って言うし、思い出さないほうがいいほど、酷い出来事があった。私は忘れてしまっていても、佑さんは覚えている。……それが彼を苦しめていた?)
考えながらも、階下で斎藤が待っていると思い、香澄は普段着に着替えてから洗面所へ向かった。
(どうすればいいんだろう……)
クレンジングで念入りに汚れを落とし、顔をザブザブ洗いながら考える。
顔を拭いて鏡を見ると、途方に暮れた自分が映っていた。
考えても、考えても分からない。
スキンケアをしたあと、なるべく何も考えないようにして階下へ向かった。
「……お待たせしました」
いつものリビングに、いつものダイニング。いつもの席には佑が座っていた。
彼はタブレット端末に視線を落としていたが、香澄をチラッと見た。
佑は一瞬何か言いたげに口を開いたが、すぐに諦めて視線を戻す。
香澄はいつも佑の向かいに座っていたが、用意されていたのはその隣の席――佑の斜め向かいだった。
(斎藤さんがこうしたとは考えにくいから、佑さんがお願いしたのかな)
ズキンと胸に鈍い痛みを覚えた香澄は、何事もなかったように席に座った。
「調子はどう? 疲れてない?」
佑はタブレットを置いて話しかけてくるが、香澄を見るとやはり頭痛がするらしく、チラッと目を合わせただけで僅かに顔をしかめ、さりげなく視線を逸らした。
「部屋で少し眠ったので大丈夫です」
「そうか。何かあったらすぐに言ってくれ」
「はい」
婚約者と話しているのに、まるで別人と会話しているようだ。
そのあと斎藤が煮込みうどんを出してくれた。
小鍋の中にに飾り切りされた椎茸、かまぼこ、ネギに揚げ、豚肉に野菜、真ん中には玉子が落とされて、まだクツクツと煮えている。
うどんはいい感じにつゆが染みていて、程よく柔らかくなっていそうだ。
一か月近く、ろくに日本食を食べていなかった香澄にとってご馳走だ。
本当なら「美味しそうだね、佑さん」と笑いかけたいが、そう言えないのが歯がゆい。
「いただきます」
佑が手を合わせて小さく言い、箸を手に取る。
「……いただきます」
香澄もそれに倣い、静かに煮込みうどんを食べ始めた。
いつもなら二人が食べている間、斎藤は片付けをしていた。
だが今は佑や香澄を気遣って話しかけ、間を持たせようとしてくれている。
それに感謝しつつも、香澄は泣きそうになっていた。
(初めてこの家に来た時、斎藤さんが作ってくれたのは焼きうどんだった)
「ん……、佑さん……?」
思わず彼の名前を呼んだが、側にいたのはエプロンをつけた斎藤だった。
「そろそろ、おうどん食べましょう」
「……あ、はい」
夢の中で香澄はいつも通り、佑と幸せな時間を送っていた。
――が、目を覚ましたあとに待っていたのは〝現実〟だ。
思わず溜め息をついてしまった香澄を見て、斎藤は申し訳なさそうな顔をする。
「すみません、顔を洗って着替えたいので、もう少ししてから行きます」
「はい、待っていますね」
斎藤は微笑んで会釈したあと、静かに部屋を出ていった。
(……寝ちゃってたんだ)
スーツケースを見ると「荷物を整理しなきゃ」と思うが、不安に襲われる。
(このままこの家に住んでいていいのかな。……佑さんが何も言わない限りは側にいたい。……でも、無理に居座る感じになったらやだな)
それにパリの病院で佑に会った時、彼は頭痛に襲われていた。
身近な人で記憶喪失になった人物はいないが、映画やドラマでも、記憶を失った人が頭痛を訴えるシーンはあった。
防衛本能で忘れた記憶を無理に思いだそうとすれば、脳に相当な負担が掛かるのは素人でも分かる。
(負担になっていると思いたくない。……でも一連の事件でとても心配させてしまったのは事実だ。周りの人も『思いださないほうがいい』って言うし、思い出さないほうがいいほど、酷い出来事があった。私は忘れてしまっていても、佑さんは覚えている。……それが彼を苦しめていた?)
考えながらも、階下で斎藤が待っていると思い、香澄は普段着に着替えてから洗面所へ向かった。
(どうすればいいんだろう……)
クレンジングで念入りに汚れを落とし、顔をザブザブ洗いながら考える。
顔を拭いて鏡を見ると、途方に暮れた自分が映っていた。
考えても、考えても分からない。
スキンケアをしたあと、なるべく何も考えないようにして階下へ向かった。
「……お待たせしました」
いつものリビングに、いつものダイニング。いつもの席には佑が座っていた。
彼はタブレット端末に視線を落としていたが、香澄をチラッと見た。
佑は一瞬何か言いたげに口を開いたが、すぐに諦めて視線を戻す。
香澄はいつも佑の向かいに座っていたが、用意されていたのはその隣の席――佑の斜め向かいだった。
(斎藤さんがこうしたとは考えにくいから、佑さんがお願いしたのかな)
ズキンと胸に鈍い痛みを覚えた香澄は、何事もなかったように席に座った。
「調子はどう? 疲れてない?」
佑はタブレットを置いて話しかけてくるが、香澄を見るとやはり頭痛がするらしく、チラッと目を合わせただけで僅かに顔をしかめ、さりげなく視線を逸らした。
「部屋で少し眠ったので大丈夫です」
「そうか。何かあったらすぐに言ってくれ」
「はい」
婚約者と話しているのに、まるで別人と会話しているようだ。
そのあと斎藤が煮込みうどんを出してくれた。
小鍋の中にに飾り切りされた椎茸、かまぼこ、ネギに揚げ、豚肉に野菜、真ん中には玉子が落とされて、まだクツクツと煮えている。
うどんはいい感じにつゆが染みていて、程よく柔らかくなっていそうだ。
一か月近く、ろくに日本食を食べていなかった香澄にとってご馳走だ。
本当なら「美味しそうだね、佑さん」と笑いかけたいが、そう言えないのが歯がゆい。
「いただきます」
佑が手を合わせて小さく言い、箸を手に取る。
「……いただきます」
香澄もそれに倣い、静かに煮込みうどんを食べ始めた。
いつもなら二人が食べている間、斎藤は片付けをしていた。
だが今は佑や香澄を気遣って話しかけ、間を持たせようとしてくれている。
それに感謝しつつも、香澄は泣きそうになっていた。
(初めてこの家に来た時、斎藤さんが作ってくれたのは焼きうどんだった)
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