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第二十二部・岐路 編

退院

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 佑が退院したのは、一週間後だった。

 内臓を傷つけられた場合でも十日ほどと言われているので、割とゆっくりとした入院になった。

 病院から出たあと、佑は伸びをしながら香澄に微笑みかける。

「じゃあ、ホテルに戻って荷物を纏めようか。仕事が詰まっているから、急いで帰国しないと」

「はい」

 話す言葉も笑顔も、すべてがよそよそしい。

 加えて佑は、なるべくこちらを見ないようにしている気がする。

「気にしすぎ」と自分に言い聞かせるが、どうしても不安になり、落ち込んでしまう。

 佑の家族や関係者は、彼が退院したと聞いて会いたがっていたが、しばらく仕事をできていなかった彼はそれどころではない。

「滅多に会えない訳じゃないんだから」と言って、帰国後のスケジュールと相談しつつ順番に来てもらう事にしたようだ。

 無精髭を剃り、身綺麗にした佑はいつもの姿を取り戻している。

 ――が、やはり体力は落ちたようで、覇気があるとは言いがたい。

 すっかり健康体に戻った香澄は、そんな彼を見てしっかり支えていくつもりでいた。

「赤松さん」

「はい」

 ホテルに戻る車の中、佑に話しかけられて香澄はピクッと肩を跳ねさせる。

「荷物はすぐ纏められる? 俺の物は松井さんに頼んでパッキングしてもらったけど、女性の荷物を勝手に触らないほうがいいだろうから、特に何も言わずにいた」

「大丈夫です。もともと、パスポートだけで来たようなものなので」

 フェルナンドの事件があって、ロサンゼルスからパリに来たのが昔の事のようだ。

 あれだけショッキングな出来事があったのに、次々に新しい波乱があって気が休まらず、落ち込ませてくれる余裕もない。

「そうか、なら良かった。ジェットの準備もしてもらって、午後にはパリを発つ予定だ。君もそのつもりでいて」

「はい」

 香澄は会話をしながら、「本当の社長と秘書ってこういう感じなのかもしれない」と思っていた。





 ホテルに戻ると、とても妙な気持ちになった。

 ショーが始まる前までは、ここで佑とイチャイチャしていた。

 なのに退院してホテルに戻ると、彼はよそよそしくなって自分を覚えていない。

(あんまり考えないようにしよう)

 香澄は溜め息をつき、パリに着いてから購入したスーツケースに黙々と荷物を詰めていく。

 決意は変わっていないものの、帰国したあとにどんな生活が始まるのか分からない。

(……お土産買いたいって思ってたけど、そんな雰囲気じゃなくなったな)

 荷物を詰めたあと、昼食はルームサービスを頼んだ。

 佑は松井と河野を部屋に呼び、スケジュールを確認しながら食事をとっていた。

(私と二人きりになりたくないからかな)

 そう思った香澄は、何でも被害妄想に受け取る自分に嫌悪を感じながら、クロワッサンを食べていた。



**



 昼過ぎには全員で空港に向かい、佑のプライベートジェットに乗る。

 フェルナンドやエミリアの件については追って連絡があるそうだが、いつまでもフランスに留まっていられない。

 なので外国語にも堪能な顧問弁護士に連絡を入れ、彼に対応してもらう事にした。

 プライベートジェットに乗った香澄はいつもの席に座ろうとしたが、佑に気を遣って一つ離れた席に座った。

 客室乗務員が飲み物のオーダーを尋ねる頃には、いつもなら心を躍らせていたのに、今はどんよりと落ち込んだままだ。

 離陸して高度が安定しても、佑は話しかけてこなかった。

(どうしたらいいのか分からない)

 途方に暮れた香澄は、とりあえず映画を見て時間を潰す事にする。

 いつもなら機内食が楽しみだったのに、できるものなら日本に着くまでずっと眠っていたいほどだった。





 寝る時間になって、ようやく佑が声を掛けてきた。
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