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第二十二部・岐路 編

ショーンの提案

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『どう……、とは』

『帰国してタスクと同棲して、社長と秘書に戻る? まだタスクの見舞いはしていないが、君を覚えていない彼とうまくやっていけるだろうか?』

 考えないようにしていた事を尋ねられ、香澄は溜め息をつく。

『君も大変な思いをしただろうし、まだ精神的ショックが強いと思う。でも、いつまでもこの病院に留まっている事はできない。つらいけど、先の事を考えないと』

『仰る通りです』

 話している間にクラウスは三人分のお茶を出し、香澄の隣に腰かけていた。

『君が鋼鉄の意志で、自分を覚えていないタスクの側に居続けるというなら、頑張ってほしい。応援するよ』

 そうするしかないと思っているので、香澄はコクンと頷いた。

『でも、もしかしたらタスクは君を拒むかもしれない。……意地悪で言ってるんじゃない。僕の知り合いにも昔、一番大切な人だけを忘れてしまった人がいたんだ。……忘れた人をAとし、Aの大切な人をBとしよう。AはあまりにBが大切すぎて、歩んできた道の中でつらい思い出があったからこそ、Bを見るたびにストレスを感じてしまった』

 ショーンは遠い目で微笑む。

『……その二人はどうなったんですか?』

 尋ねると、彼は悲しげに笑った。

『AはBを遠ざけてしまった。周りからBが自分の大切な人だと説明されて、ある程度理解はしていた。可能ならBと過ごして、できるだけ思いだすよう努めたいと思ったが、Bといると頭痛が襲ってくる。……記憶障害は脳の病気だから、どうしても脳に負荷が掛かるんだ』

 香澄は視線をテーブルに落とし、黙って話を聞く。

『君とタスクの間にも、そういう事があり得ない訳ではないと言いたかったんだ。意地悪で言っているのではなく、経験からの忠告だ』

『……はい、胸に留め置いておきます』

 静かに言った香澄を見て、ショーンは溜め息をつき、脚を組むと膝の上で手を組んだ。

『本当はタスクに君を紹介してもらいたかったけど、今すぐは叶わないと思ったから、抜け駆けしてしまった。……君は素直で邪気のない人だね。そしてまっすぐタスクを愛している。……変な話だけど、大抵の女性は僕を見ると期待した目を向けるんだ。でも君はまったく動じないから、本当に彼しか要らないんだなと感じている』

『ショーンさんはとても魅力的ですから、そういう女性は多いんでしょうね』

 そう言って微笑む香澄は、彼の言う通りショーンにまったく異性としての魅力を感じていなかった。

『何かつらい事があったらいつでも僕を頼っていいよ。勿論、君の周りにはアロクラやクラウザーの獅子など大物がいるし、頼る先に困っていないと思う。でももしも宿に困ったら僕に連絡してほしい。君のためなら無料で部屋を貸すよ』

 香澄は再度、ショーンがホテル王だと思いだして瞠目する。

『どうしてそこまで……』

 彼が言う通り、香澄とショーンは初対面だ。

 いくらショーンと佑が友人で香澄が婚約者だからといって、ここまでする人はいないだろう。

 香澄の呟きを聞いて、ショーンは笑みを深める。

『君の今の状況を聞いて、他人事とは思えなかった。それだけだよ』

 微笑んで言った彼は、それ以上理由を尋ねても答えてくれない気がした。

『……ご厚意に感謝します』

『ロッドフォード社のホテルに宿泊したい時は、コンシェルジュに声を掛けてほしい。全ホテルのコンシェルジュに君の写真と名前を共有しておく。僕の大切な客だと知れば丁重にもてなしてくれるよ』

『はい、ありがとうございます』

 返事をしながら、香澄は少しだけ落ち込んでいた。

 ショーンがこうやって気を回してくれるのはありがたい。初対面なのにこんなに親切にしてくれる人はいないだろう。

 だが彼が話すのはすべて自分が佑とうまくいかなくなり、離別した前提での話だ。

 どんな事態に陥っても、佑の側で支えると決めた香澄には無用の気遣いだ。

 今が絶望的な状況なだけに、佑の友人にそう言われるのがとてもつらかった。

『そろそろ行くよ。タスクの見舞いをしないと』


 立ちあがったショーンを見て、クラウスがニヤッと笑った。

『いきなり親切な男が現れて怪しんでると思うけど、こいつ婚約者いるから安心してね』

 そう言われ、香澄は思わず「はい」と笑って返事をした。

 ショーンと入れ替わりにアロイスが部屋に戻り、お互い報告し合う。

『……まぁ、とりあえず悲観しないで、地道にタスクと話してみなよ』

『はい』

 不安な状態は続いているが、やはり人と話していると気持ちが紛れる。

『ありがとうございます。頑張ります』

 努めて明るく微笑んだ香澄を、双子は何とも言えない表情で見守っていた。



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