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第二十二部・岐路 編

壮大なドッキリ

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 年越しの覚えはうっすらあり、自宅が騒がしかった気がするので、恐らくいつものように家族やアロクラが来ていたのだろう。

 だが一月上旬に日本でいつものように過ごしたあと、いきなり二月に記憶が飛んで、いつの間にかパリにいて、一仕事終えたあと病院で横になっている。

 ――何が起こった?

 おまけに家族も秘書たちも、自分が〝赤松香澄〟という女性と婚約をしていて、自宅で同棲していると口を揃えて言う。

 覚えている限り、二十代半ばに美智瑠と別れ、少し自暴自棄になったあと、三十代になってからは仕事一筋になって女っ気はなかったはずだ。

 現れた彼女はとても普通だ。

 人の良さそうな雰囲気で、大きな目で探るようにジッとこちらを見ている姿は、小動物を思わせる。

 白い肌は艶やかで、髪の毛もサラサラで天使の輪ができていた。

 ノーメイクでも透明感のある美しさと可愛さが混同し、魅力的な女性だとは思う。

 だがどれだけ素敵な女性でも、いきなり『この人があなたの婚約者です。帰国したら彼女と同棲してください』と言われたら、誰だって戸惑うはずだ。

(誰なんだ、彼女は……)

 松井に尋ねれば「婚約者で、第二秘書ですよ」と言われる。

 当然のように言われても、覚えがないから困っているのだ。

 周りの人全員に、壮大なドッキリを仕掛けられているように思えるし、彼女は見た目がいいから、どこかのタレントかもしれない。

(……でも、腹を怪我した俺にドッキリなんて仕掛けないか……)

 いつか誰かに刺されるかもしれないと思っていたが、まさかショーの最中に襲われるとは思わなかった。

 おまけに犯人はフェルナンドというスペイン人らしく、まったく身に覚えがない。

 加えて一緒にいたのが、あのエミリアだというから驚いて声も出ない。

(エミリアに恨まれていた? 彼女とは十代の頃にアロクラと一緒に遊んだぐらいで、大人になってからは接点がないはずだ)

 だがそれについても、深く考えようとすると頭が酷く痛んでくる。

 結局、何を思いだそうとしても頭痛がし、松井に『仕事より記憶を取り戻す事を優先してほしい』と言われても、考える事そのものがつらい。

 本音としては、睡眠薬と頭痛薬を呑んで眠っていたい。

(……だがそうも言っていられない。本城さんたちがいるとはいえ、長期間会社を空けるなんてできない。残る二月、三月の予定は……)

 目を閉じて考えている間もズキズキと頭が痛み、佑は眉間に深い皺を刻む。

 しばらく痛みに耐えたあと、彼は目を開けてハァ……と息を吐き、諦めたようにベッドサイドにあるスマホに手を伸ばした。

 だがスマホのアルバムの中にも、不可解な写真が沢山ある。

〝香澄フォルダ〟

 まずそのフォルダが目に入って、天井を仰ぎたくなった。

 見たいような見たくないような、何とも言えない気持ちでフォルダを開くと、あの赤松香澄という女性の写真が無限にある。

 一番容量の大きいスマホを使っているのに、写真だけでストレージをほぼ使っているのでは、というほどだ。

(アホか……)

 確かに可愛いが、ここまで夢中になって写真を撮りためているのが〝自分〟なのだと思うと、嫌悪とも何ともいえない感情に襲われる。

 他にも〝香澄と外出〟やら、〝パリの香澄〟やら、フォルダが沢山ある。

 極めつけには〝香澄in bed〟というものがあり、開いたら肌色が目に入って、慌ててフォルダを閉じた。

 見ず知らずの女性の裸、それも行為中の写真や動画が沢山あり、犯罪者になったようだ。

「勘弁してくれ……」

 佑は目を閉じて呟き、スマホを持った手をボスッとマットレスの上に落とす。

 そのまま頭痛を堪えるように眉間に皺を寄せていたが、やがてもう一度大きな溜め息をついて目を開けた。

「……あかまつ、……かすみ……。……さん」

 名前を口にしてみたが、馴染みがあるような、ないような、何とも言えない感覚だ。

 そもそも特徴のない名前で、申し訳ないが普通だ。

(仮に、記憶がない時に彼女と出会って、恋に落ちたとしよう。俺が彼女を第二秘書にして、同棲しようと自宅に招き入れたとする)

 香澄の存在を受け入れるつもりで考え始めたが、やはり頭痛がしてうまく続きを考えられない。

 自分の家に彼女がいる図を想像しようとしたが、なかなかうまくいかない。

 というか頭痛がするし、リビングのソファに彼女が座っている様子を思い描こうとすると、靄が掛かったような感覚に陥る。

 何度も試みては失敗し、最終的に疲れ切って諦め、目を閉じた。

「無理だ……」

 弱音を吐くが、心の中でもう一人の自分が呆れたように言う。

(イメージするのが仕事だろうが)

 生身で顔を確認した女性が、特定の空間で生活している様子をイメージするだけの事ができない自分に、酷く落胆した。
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