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第二十二部・岐路 編
やり直していけばいいんだ
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「……はい」
他人行儀な口調で言われ、香澄は肩を落として頷き、佑に言われた通りベッド脇に椅子を移動させて座った。
彼はしばらく、香澄の顔をジッと見ていた。
目を合わせるのはどこか気まずく、香澄は彼の喉の辺りに視線を落とす。
「私は席を外しますね」
松井はそう言ったあと、静かに退室した。
「……家族からもあなたの事を聞きました。でも意識が戻ってすぐだったので、あなたについて詳細を知らないままです。出会いから教えてもらえませんか? 今日一日ですべてを話せと言いません。少しずつでいいので、あなたと俺の軌跡を教えてください」
「はい」
覚えていなくても佑は誠実に対応してくれ、変わっていないところに安心した。
(やり直していけばいいんだ。積み上げたブロックは崩れてしまったけど、諦めない限り終わりはない……はずだから)
香澄は自分に言い聞かせ、努めて微笑んだ。
「一昨年の十一月、佑さんはコレクションの関係で札幌に来ました。その時、イベント関係の方に誘われて、すすきのにある会員制のバーに行ったんです」
佑は少し考え、コレクションの記憶はあるのか、小さく頷いた。
「私は大学を卒業したあと、飲食企業の八谷……をご存知ですか?」
尋ねると、佑は「ああ」と頷く。
「八谷に入社しました。店舗の店長から初めて、最終的には売り上げを伸ばした事を認められて、エリアマネージャーまで昇進しました。二十七歳になる誕生日……十一月二十日に佑さんが来店され、その時に初めて…………、出会いはその時でした」
佑に初めて会ったのは、正確には健二に約束をすっぽかされた札幌駅前だ。
だがあの時の彼は自分を〝赤松香澄〟と認識していなかったので、割愛する事にした。
そして今になって、改めて自分と佑が誕生日に出会ったのだと思いだした。
(私にとって、人生で一番の誕生日プレゼントだったんだな……)
あの出会いがあって、香澄の人生は大きく変わった。
次の年の沢山のプレゼントより、佑と出会えた事そのものが、何より嬉しい。
香澄は目に涙を溜め、微笑んだ。
(何度でもやり直せる。一から百まで私たちの物語を丁寧に話すよ。思い出の土地に旅行に行くのもいいね。大丈夫、待ってるから)
そして涙が零れないように大きく息を吸ってごまかし、笑った。
「その日、八谷社長が視察にいらしていて、一緒にいたお客様に無茶振りをされてバニーガールの格好をする事になったんです。……アラサーだからかバカにされてしまい、そしたら佑さんがテーブルまで来て怒ってくれたんです」
あの時つらかった思いも、今は笑って話せる。
それぐらい、佑に救われた。
「佑さんは私の体型を『バランスがいい』って思ってくれたみたいで、服のインスピレーションが湧くと言ってくれました。それで半分強引にホテルに連れていかれて……。あっ、何もなかったですよ! ……ただ、服を作るのに体を採寸されのは奇妙な出来事でしたけど」
冗談混じりに言って笑った時、佑が苦しそうな表情をして頭を押さえた。
「……何か思いだしました?」
その苦しみ方は尋常ではなく、彼は顔に脂汗を浮かべていた。
「かっ、看護師さんを……!」
「いい!」
立ちあがった香澄を佑が鋭く制す。
そのあとハッとし、大きな声を出した事を誤魔化すように、ぎこちなく笑った。
「……すみません。……気分が悪いので、今日はここまでにしてください」
「わ、分かりました……。看護師さんを呼びますか?」
香澄は佑の雰囲気に気圧されて立ちあがるが、心配になって彼を覗き込む。
「きっと一時的なものなので大丈夫です。まずいと思ったら自分でナースコールを押しますから、気にしないで」
「……はい」
それ以上病室にいても佑の負担になると思い、香澄はペコリと頭を下げ「失礼します」と退室した。
香澄が退室したあと、佑はギュッと目を閉じて、頭が割れるような痛みを堪える。
――どうしてこうなった。
そもそも、フランスに来てからの記憶が曖昧だ。
パリコレのために準備は進めていた覚えはあり、朔とも何回も綿密な打ち合わせをした。
これが初めてのショーでもないので、手順は分かっている。
……なのに、二月のパリファッションウィークのためにいつ日本を出国したのか、その辺りから記憶が曖昧だ。
他人行儀な口調で言われ、香澄は肩を落として頷き、佑に言われた通りベッド脇に椅子を移動させて座った。
彼はしばらく、香澄の顔をジッと見ていた。
目を合わせるのはどこか気まずく、香澄は彼の喉の辺りに視線を落とす。
「私は席を外しますね」
松井はそう言ったあと、静かに退室した。
「……家族からもあなたの事を聞きました。でも意識が戻ってすぐだったので、あなたについて詳細を知らないままです。出会いから教えてもらえませんか? 今日一日ですべてを話せと言いません。少しずつでいいので、あなたと俺の軌跡を教えてください」
「はい」
覚えていなくても佑は誠実に対応してくれ、変わっていないところに安心した。
(やり直していけばいいんだ。積み上げたブロックは崩れてしまったけど、諦めない限り終わりはない……はずだから)
香澄は自分に言い聞かせ、努めて微笑んだ。
「一昨年の十一月、佑さんはコレクションの関係で札幌に来ました。その時、イベント関係の方に誘われて、すすきのにある会員制のバーに行ったんです」
佑は少し考え、コレクションの記憶はあるのか、小さく頷いた。
「私は大学を卒業したあと、飲食企業の八谷……をご存知ですか?」
尋ねると、佑は「ああ」と頷く。
「八谷に入社しました。店舗の店長から初めて、最終的には売り上げを伸ばした事を認められて、エリアマネージャーまで昇進しました。二十七歳になる誕生日……十一月二十日に佑さんが来店され、その時に初めて…………、出会いはその時でした」
佑に初めて会ったのは、正確には健二に約束をすっぽかされた札幌駅前だ。
だがあの時の彼は自分を〝赤松香澄〟と認識していなかったので、割愛する事にした。
そして今になって、改めて自分と佑が誕生日に出会ったのだと思いだした。
(私にとって、人生で一番の誕生日プレゼントだったんだな……)
あの出会いがあって、香澄の人生は大きく変わった。
次の年の沢山のプレゼントより、佑と出会えた事そのものが、何より嬉しい。
香澄は目に涙を溜め、微笑んだ。
(何度でもやり直せる。一から百まで私たちの物語を丁寧に話すよ。思い出の土地に旅行に行くのもいいね。大丈夫、待ってるから)
そして涙が零れないように大きく息を吸ってごまかし、笑った。
「その日、八谷社長が視察にいらしていて、一緒にいたお客様に無茶振りをされてバニーガールの格好をする事になったんです。……アラサーだからかバカにされてしまい、そしたら佑さんがテーブルまで来て怒ってくれたんです」
あの時つらかった思いも、今は笑って話せる。
それぐらい、佑に救われた。
「佑さんは私の体型を『バランスがいい』って思ってくれたみたいで、服のインスピレーションが湧くと言ってくれました。それで半分強引にホテルに連れていかれて……。あっ、何もなかったですよ! ……ただ、服を作るのに体を採寸されのは奇妙な出来事でしたけど」
冗談混じりに言って笑った時、佑が苦しそうな表情をして頭を押さえた。
「……何か思いだしました?」
その苦しみ方は尋常ではなく、彼は顔に脂汗を浮かべていた。
「かっ、看護師さんを……!」
「いい!」
立ちあがった香澄を佑が鋭く制す。
そのあとハッとし、大きな声を出した事を誤魔化すように、ぎこちなく笑った。
「……すみません。……気分が悪いので、今日はここまでにしてください」
「わ、分かりました……。看護師さんを呼びますか?」
香澄は佑の雰囲気に気圧されて立ちあがるが、心配になって彼を覗き込む。
「きっと一時的なものなので大丈夫です。まずいと思ったら自分でナースコールを押しますから、気にしないで」
「……はい」
それ以上病室にいても佑の負担になると思い、香澄はペコリと頭を下げ「失礼します」と退室した。
香澄が退室したあと、佑はギュッと目を閉じて、頭が割れるような痛みを堪える。
――どうしてこうなった。
そもそも、フランスに来てからの記憶が曖昧だ。
パリコレのために準備は進めていた覚えはあり、朔とも何回も綿密な打ち合わせをした。
これが初めてのショーでもないので、手順は分かっている。
……なのに、二月のパリファッションウィークのためにいつ日本を出国したのか、その辺りから記憶が曖昧だ。
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