1,448 / 1,548
第二十二部・岐路 編
会わせてください
しおりを挟む
それから五日間、香澄は病室で過ごした。
双子がお見舞いに来てくれたり、澪や律夫婦も病室を訪れた。
澪は街中で買った高級スイーツをお土産に持ってきてくれ、アンネと同じような事を言って少し泣いた。
そして据わった目で『あいつら、ぶっ殺してやる』と呟いていたが、その時には香澄は割と冷静になっていたので、一生懸命彼女を宥めた。
入院費はアドラーが請け負ってくれたらしく、贅沢な個室で豪華な食事を食べさせてもらっているが、香澄はすっかり元気なつもりなのでどこか申し訳ない。
現場にはマルコやルカ、マリアたちもいたらしく、『お見舞いに行きたい気持ちはやまやまだが、大変な時に押しかけては申し訳ない』と、看護師から三人分の手紙を受け取った。
あたたかなフィオーレ家らしく、マルコもルカも『困った事があったら、いつでも頼ってほしい』と書いてくれていた。
マリアからは『大変だろうけど、落ち着いた頃にメッセージアプリでなんでも言ってほしい。他人事ではないし、私なら香澄さんの気持ちをシェアできる』とあった。
朔や松井、河野たちも見舞いに来て、ショーの後片付けがきちんと終わった旨を伝えた。
「佑さんはどうですか?」
香澄たちは、個室のソファに腰かけて話していた。
「目覚めた当初は状況を把握しておられませんでしたが、ショーをきちんと終えられたと知って安心されていました。スケジュールは変更済みだとお伝えしましたら、少し安心されたようです」
松井はまず、仕事面での返事をする。
それが彼らしくて、香澄は少し安心した。
(松井さんさえいれば、佑さんはきっと大丈夫だ)
本当に彼が自分を忘れてしまったのか、確認もしていないのに、一歩離れたところで考えてしまう自分が少し悲しい。
「体調は安定しているようです。『体を動かしたい』と仰っていましたので、無茶な事はしないように釘を刺しておきました」
「松井さんのいう事なら、きちんと聞きそうですね」
香澄はいつもの彼と松井のやり取りを思いだし、小さく微笑む。
「……あの、松井さんたちとは面会できているのに、私はまだ……ですか?」
思いきって尋ねると、松井、河野、朔がチラリと視線を交わす。
「私の事を忘れたかもしれないと聞いています。でも、万が一ってあるじゃないですか。…………っ、会わせてください。――――っ、会いたいんです……っ」
声を震わせた香澄はクシャリと表情を歪めると、俯いて背中を震わせた。
しばらく、香澄が嗚咽する声が室内に響く。
次に口を開いたのは、朔だった。
「……松井さん、いいんじゃないか? いつまでもこのままじゃいられない。いつかは帰国するし、その時は同じ飛行機に乗る。顔を合わせるのが今か、あとかってだけだ」
そのあと、河野が頷いた。
「僕も同意します。もしかしたら、赤松さんの顔を見て、思いだすかもしれないじゃないですか。思いださないかもしれませんが、やってみないと分かりません」
二人に言われ、松井は溜め息をついた。
「……これ以上、赤松さんが傷付かないように、と思っていたのですけれどね。そりゃあ、怪我をした婚約者に会えていなければ、心配にもなりますよね」
彼はそういって、立ちあがった。
「赤松さん、これから行けますか?」
尋ねられ、香澄は頷いた。
「はい!」
看護師からは自由に歩いていいと言われていて、佑に会えなかったのは、彼の側から――もっと言えば、松井のOKがなかったからだ。
その辺りは、自分たちより二人の事情に詳しいだろうからと、アンネやアドラーたちも一任していたらしい。
「では、行きましょうか。お二人は、一時ここで解散とさせてください」
松井が言い、朔と河野は頷いた。
佑の病室は、同じフロアにあった。
何号室かも分かっていたものの、部屋の前には警察と護衛が立っていたので入れなかったのだ。
フランス人の警官ならまだしも、小山内と呉代が佑に会わせてくれない状況は、とてもつらかった。
無理を言う訳にもいかず、香澄は彼らを悲しげな顔で見て引き返していた。
向こうも相当つらい思いをしていただろう。
だからこそ、松井が会わせると判断した今、お互い胸のつかえが下りたと思っている。
松井が英語で警官に『こちらは第二秘書です。社長と面会します』と言うと、彼らは無言で頷いた。
小山内と呉代は申し訳なさそうな表情で、香澄に会釈する。
(やっと会えるんだ……)
香澄は胸元を押さえ、静かに湧き起こる興奮を必至に落ち着かせる。
松井が引き戸をノックすると、中から「Come in」と佑の声がした。
双子がお見舞いに来てくれたり、澪や律夫婦も病室を訪れた。
澪は街中で買った高級スイーツをお土産に持ってきてくれ、アンネと同じような事を言って少し泣いた。
そして据わった目で『あいつら、ぶっ殺してやる』と呟いていたが、その時には香澄は割と冷静になっていたので、一生懸命彼女を宥めた。
入院費はアドラーが請け負ってくれたらしく、贅沢な個室で豪華な食事を食べさせてもらっているが、香澄はすっかり元気なつもりなのでどこか申し訳ない。
現場にはマルコやルカ、マリアたちもいたらしく、『お見舞いに行きたい気持ちはやまやまだが、大変な時に押しかけては申し訳ない』と、看護師から三人分の手紙を受け取った。
あたたかなフィオーレ家らしく、マルコもルカも『困った事があったら、いつでも頼ってほしい』と書いてくれていた。
マリアからは『大変だろうけど、落ち着いた頃にメッセージアプリでなんでも言ってほしい。他人事ではないし、私なら香澄さんの気持ちをシェアできる』とあった。
朔や松井、河野たちも見舞いに来て、ショーの後片付けがきちんと終わった旨を伝えた。
「佑さんはどうですか?」
香澄たちは、個室のソファに腰かけて話していた。
「目覚めた当初は状況を把握しておられませんでしたが、ショーをきちんと終えられたと知って安心されていました。スケジュールは変更済みだとお伝えしましたら、少し安心されたようです」
松井はまず、仕事面での返事をする。
それが彼らしくて、香澄は少し安心した。
(松井さんさえいれば、佑さんはきっと大丈夫だ)
本当に彼が自分を忘れてしまったのか、確認もしていないのに、一歩離れたところで考えてしまう自分が少し悲しい。
「体調は安定しているようです。『体を動かしたい』と仰っていましたので、無茶な事はしないように釘を刺しておきました」
「松井さんのいう事なら、きちんと聞きそうですね」
香澄はいつもの彼と松井のやり取りを思いだし、小さく微笑む。
「……あの、松井さんたちとは面会できているのに、私はまだ……ですか?」
思いきって尋ねると、松井、河野、朔がチラリと視線を交わす。
「私の事を忘れたかもしれないと聞いています。でも、万が一ってあるじゃないですか。…………っ、会わせてください。――――っ、会いたいんです……っ」
声を震わせた香澄はクシャリと表情を歪めると、俯いて背中を震わせた。
しばらく、香澄が嗚咽する声が室内に響く。
次に口を開いたのは、朔だった。
「……松井さん、いいんじゃないか? いつまでもこのままじゃいられない。いつかは帰国するし、その時は同じ飛行機に乗る。顔を合わせるのが今か、あとかってだけだ」
そのあと、河野が頷いた。
「僕も同意します。もしかしたら、赤松さんの顔を見て、思いだすかもしれないじゃないですか。思いださないかもしれませんが、やってみないと分かりません」
二人に言われ、松井は溜め息をついた。
「……これ以上、赤松さんが傷付かないように、と思っていたのですけれどね。そりゃあ、怪我をした婚約者に会えていなければ、心配にもなりますよね」
彼はそういって、立ちあがった。
「赤松さん、これから行けますか?」
尋ねられ、香澄は頷いた。
「はい!」
看護師からは自由に歩いていいと言われていて、佑に会えなかったのは、彼の側から――もっと言えば、松井のOKがなかったからだ。
その辺りは、自分たちより二人の事情に詳しいだろうからと、アンネやアドラーたちも一任していたらしい。
「では、行きましょうか。お二人は、一時ここで解散とさせてください」
松井が言い、朔と河野は頷いた。
佑の病室は、同じフロアにあった。
何号室かも分かっていたものの、部屋の前には警察と護衛が立っていたので入れなかったのだ。
フランス人の警官ならまだしも、小山内と呉代が佑に会わせてくれない状況は、とてもつらかった。
無理を言う訳にもいかず、香澄は彼らを悲しげな顔で見て引き返していた。
向こうも相当つらい思いをしていただろう。
だからこそ、松井が会わせると判断した今、お互い胸のつかえが下りたと思っている。
松井が英語で警官に『こちらは第二秘書です。社長と面会します』と言うと、彼らは無言で頷いた。
小山内と呉代は申し訳なさそうな表情で、香澄に会釈する。
(やっと会えるんだ……)
香澄は胸元を押さえ、静かに湧き起こる興奮を必至に落ち着かせる。
松井が引き戸をノックすると、中から「Come in」と佑の声がした。
13
お気に入りに追加
2,541
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!
臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。
やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。
他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。
(他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる