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第二十二部・岐路 編
待っていてちょうだい
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そんな彼女に合わせ、節子も床に膝をついた。
「気持ちは分かるわ。不安よね。でも佑の状態がもう少し良くなるまで待ちましょう。急いては事をし損じるわ。佑の状態が万全ではない時に、混乱したあなたが駆けつけても、いい結果になると思えないの」
「…………そうですね…………」
節子の言うとおりだと思い、香澄はベッドに手をついてゆっくり立ちあがる。
そして布団の上にポトリと涙を落とした。
「……私が刺されれば良かったのに」
「香澄さん」
アドラーが窘めるように言い、香澄が彼に何か言おうとした時――。
彼女はアンネに思いきり抱き締められていた。
「ごめんなさい」
アンネは香澄を抱き締め、震える声で謝った。
まさか彼女にそう言われると思っておらず、香澄は驚いて瞠目する。
「佑があなたの運命を歪めたわ。佑があなたの手を強引にとらなければ、香澄さんは今でも札幌で安全な生活を送っていた」
「……っ違います! そうじゃないんです……っ! ~~~~っ、佑さんの苦しみを、私が全部背負えたらいいのにって……」
アンネはポトポトと涙を流す香澄をさらに抱き締め、背中をさする。
「あなた以外の女性に、佑の相手は務まらないわね」
こんな時に真正面から認められ、香澄は歯を食いしばって洟を啜る。
「初めてあなたを見た時、平和そうな……悪く言えば田舎のお嬢さんに、佑の相手が務まるのか、とても心配だったのよ。佑の隣に立つ女性には、あらゆる困難が待ち受けるわ。御劔佑の恋人、婚約者、妻……それだけでも注目されるというのに、佑の足を引っ張ろうとする存在が、いつどうやって襲いかかってくるか分からない」
アンネは香澄を見つめ、苦しげに表情を歪ませる。
「最初はわざと嫌な母親を演じたわ。それぐらいでくじける女性なら、佑の相手は務まらない。佑は母親のお節介がなくても、自分の相手ぐらい見極められると思っていたでしょうけど、私はこれ以上あの子が苦しむ姿を見たくなかったのよ」
香澄はアンネが、美智瑠という女性の事を言っているのだと察した。
「でもあなたは、私の意地悪なんて気づいていないように振る舞って、いつもニコニコして素直で……。気がついたらあなたを受け入れていたわ。あまりに純粋すぎて心配な時もあったけれど、酷い目に遭っても、あなたはなおも佑の隣に立とうとした。頼りなくて弱々しいイメージが強いけれど、……竹、なのかしらね。大きくしなるけれど、あなたは決して折れなかった。そしてどこまでもまっすぐで……」
アンネは最後は呟くように言い、香澄を抱き締めていた腕を下ろす。
「最初に強く出てしまって、私はなかなかあなたに素直に接する事ができなかったけれど、気がつけばあなたの事を好きになっていたわ。まだ佑と結婚していないけれど、今はもう義娘のつもりで接してる」
「……アンネさん……」
香澄は彼女の目に光る涙を見て、呆然として呟く。
「私はもうとっくに、あなたを御劔家の一員と認めていたの。……だからこそ、可愛いあなたに試練が訪れるのが、申し訳なくて堪らない」
そこまで言い、アンネはマスカラが落ちないように涙を拭った。
「勿論、佑の事は誰より心配しているわ。自分の息子だもの。けど、私にはあなたを守る義務もある。佑にあなたを幸せにしてもらうよう、母として見守りたいと思っている。……だから、……ごめんなさい。手の掛かる子だけど、絶対にあなたの事を思いだすと思うから、…………っ、待っていてちょうだい……っ」
「~~~~っ、――――はいっ!」
ここで諦めろと言われるのではなく、「待っていてほしい」と言ってくれた事で、香澄の中にあった何かが決壊した。
「うぅ……っ、ううううう……っ」
香澄はボロボロと涙を零し、しゃくり上げる。
――大丈夫。
――私には佑さんの家族がついている。
「~~~~待ってるから……っ、佑さん……っ」
香澄は歯を食いしばり、ここにはいない佑に向かって語りかける。
まだ彼に会っていないから、本当に覚えていないのかは分からない。
――でも、どんな事があっても耐えてみせる。
――大好きなあなたと結ばれるためなら、何だって乗り越えてみせる。
ズッと洟を啜った香澄は、左手の薬指に嵌まっているペアリングを握り締めた。
「大丈夫……っ、――だいっ、……じょ、ぶ……っ」
香澄は自分に言い聞かせながら、またズルズルとその場に座り込み、ベッドに顔を押しつけてくぐもった声で泣き続けた。
**
「気持ちは分かるわ。不安よね。でも佑の状態がもう少し良くなるまで待ちましょう。急いては事をし損じるわ。佑の状態が万全ではない時に、混乱したあなたが駆けつけても、いい結果になると思えないの」
「…………そうですね…………」
節子の言うとおりだと思い、香澄はベッドに手をついてゆっくり立ちあがる。
そして布団の上にポトリと涙を落とした。
「……私が刺されれば良かったのに」
「香澄さん」
アドラーが窘めるように言い、香澄が彼に何か言おうとした時――。
彼女はアンネに思いきり抱き締められていた。
「ごめんなさい」
アンネは香澄を抱き締め、震える声で謝った。
まさか彼女にそう言われると思っておらず、香澄は驚いて瞠目する。
「佑があなたの運命を歪めたわ。佑があなたの手を強引にとらなければ、香澄さんは今でも札幌で安全な生活を送っていた」
「……っ違います! そうじゃないんです……っ! ~~~~っ、佑さんの苦しみを、私が全部背負えたらいいのにって……」
アンネはポトポトと涙を流す香澄をさらに抱き締め、背中をさする。
「あなた以外の女性に、佑の相手は務まらないわね」
こんな時に真正面から認められ、香澄は歯を食いしばって洟を啜る。
「初めてあなたを見た時、平和そうな……悪く言えば田舎のお嬢さんに、佑の相手が務まるのか、とても心配だったのよ。佑の隣に立つ女性には、あらゆる困難が待ち受けるわ。御劔佑の恋人、婚約者、妻……それだけでも注目されるというのに、佑の足を引っ張ろうとする存在が、いつどうやって襲いかかってくるか分からない」
アンネは香澄を見つめ、苦しげに表情を歪ませる。
「最初はわざと嫌な母親を演じたわ。それぐらいでくじける女性なら、佑の相手は務まらない。佑は母親のお節介がなくても、自分の相手ぐらい見極められると思っていたでしょうけど、私はこれ以上あの子が苦しむ姿を見たくなかったのよ」
香澄はアンネが、美智瑠という女性の事を言っているのだと察した。
「でもあなたは、私の意地悪なんて気づいていないように振る舞って、いつもニコニコして素直で……。気がついたらあなたを受け入れていたわ。あまりに純粋すぎて心配な時もあったけれど、酷い目に遭っても、あなたはなおも佑の隣に立とうとした。頼りなくて弱々しいイメージが強いけれど、……竹、なのかしらね。大きくしなるけれど、あなたは決して折れなかった。そしてどこまでもまっすぐで……」
アンネは最後は呟くように言い、香澄を抱き締めていた腕を下ろす。
「最初に強く出てしまって、私はなかなかあなたに素直に接する事ができなかったけれど、気がつけばあなたの事を好きになっていたわ。まだ佑と結婚していないけれど、今はもう義娘のつもりで接してる」
「……アンネさん……」
香澄は彼女の目に光る涙を見て、呆然として呟く。
「私はもうとっくに、あなたを御劔家の一員と認めていたの。……だからこそ、可愛いあなたに試練が訪れるのが、申し訳なくて堪らない」
そこまで言い、アンネはマスカラが落ちないように涙を拭った。
「勿論、佑の事は誰より心配しているわ。自分の息子だもの。けど、私にはあなたを守る義務もある。佑にあなたを幸せにしてもらうよう、母として見守りたいと思っている。……だから、……ごめんなさい。手の掛かる子だけど、絶対にあなたの事を思いだすと思うから、…………っ、待っていてちょうだい……っ」
「~~~~っ、――――はいっ!」
ここで諦めろと言われるのではなく、「待っていてほしい」と言ってくれた事で、香澄の中にあった何かが決壊した。
「うぅ……っ、ううううう……っ」
香澄はボロボロと涙を零し、しゃくり上げる。
――大丈夫。
――私には佑さんの家族がついている。
「~~~~待ってるから……っ、佑さん……っ」
香澄は歯を食いしばり、ここにはいない佑に向かって語りかける。
まだ彼に会っていないから、本当に覚えていないのかは分からない。
――でも、どんな事があっても耐えてみせる。
――大好きなあなたと結ばれるためなら、何だって乗り越えてみせる。
ズッと洟を啜った香澄は、左手の薬指に嵌まっているペアリングを握り締めた。
「大丈夫……っ、――だいっ、……じょ、ぶ……っ」
香澄は自分に言い聞かせながら、またズルズルとその場に座り込み、ベッドに顔を押しつけてくぐもった声で泣き続けた。
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