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第二十二部・岐路 編
それ以上言わなくていい
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「本当か? 良かった。好きな女性のためにウエディングドレスを作る経験は、一生に一度しかないから、着てくれても着てくれなくても、記念の作品になると思ってるけど」
「絶対着る!」
香澄は佑の腕をギューッと抱き、彼の肩に顔を押しつける。
「嬉しいー……っ! 早く着たいな。ねぇ、どんなデザイン?」
「地下室で制作してるんだけど、……んー、聞きたい?」
「あ! 秘密の地下室」
そう言われて、香澄は立ち入り禁止になっている地下室を思い出した。
シアタールームやワインセラーなど、地下に行く事は何度もあったが、作業場は入ってはいけない場所とインプットしていたので、そのうち興味を示す事もなくなっていた。
「そう。赤松香澄と秘密の地下室」
「あははは!」
小説のタイトルのような言い方をされ、香澄は声を上げて笑う。
「最初は、散らかっていて恥ずかしいから立ち入り禁止にしたんだけど、入りたくならなかった?」
「んー、まったく気にならなかったって言ったら嘘になるけど、佑さんの大事なお仕事部屋だし、下手に入ってなくしたり壊したりしたらいけないしな……と思って。だったら入らないほうがいいと思ったし、約束を破って佑さんの信用を失うのが嫌だった」
ケロリとして言うと、佑はクスクス笑って香澄の頭を撫でた。
「香澄のそういうところ、好きだよ。澪は『散らかってるから入るなよ』って言ったそばから入ったしな……」
妹の名前が出て、香澄は笑う。
「澪さんは、気になったら即行動っていうイメージがある」
「だよな」
佑の兄弟の話になると、彼らがどうしているか気になってしまった。
「……連絡とってる?」
「香澄が誘拐された事は伝えてない。仕事で急用ができ、パリコレの関係もあって日本を離れている事にしている」
「……そっか」
二人は寄り添って歩きながら、東京での日常を思い出していた。
「そうだね。心配掛けないのが一番」
「でもいつかは言わないといけないと思っている。オーパや双子は知っている事だし、うちの家族だけ仲間はずれにはできない。それに、赤松家の皆さんにだけ黙っているのも不誠実だ」
「…………うん。そうだね」
美しいパリの街並みを見ながら、二人の心は日本にある。
「……心配掛けて、怒らせちゃうね」
「香澄は被害者だから気にしなくていい。守り切れなかった俺の落ち度だ」
「違うよ」
香澄は立ち止まり、その拍子に佑の腕がスルリとほどける。
一、二歩前に進んだ佑も立ち止まり、彼は少し驚いた顔をして振り向く。
「佑さんは悪くない。私が……」
言おうとした時、佑にギュッと抱き締められた。
「それ以上言わなくていい」
言われたものの、香澄はもの言いたげに彼を見上げる。
すると佑は香澄の髪を耳に掛け、頬を撫でて優しく微笑んだ。
「言わなくていい。もうやめよう」
街の明かりに照らされたその表情がとても悲しそうで、胸の奥がギュッと締め付けられる。
――ごめんなさい。
その一言すら、言わせてもらえない。
香澄はゆっくり俯き、佑の胸板に額をつけ、そっと息を吐く。
(何の話、してたっけ)
この空気を元に戻さないとと思い、今までの会話の流れを思いだす。
(そっか……)
ウエディングドレスの話を思いだし、香澄は切なく笑った。
「ドレスのデザイン、完成してからのお楽しみにするね。式で絶対着るから」
「ん」
香澄が話題を変えた事に、佑は申し訳なさとありがたさを感じたようだった。
彼は切なげに微笑んだあと、ポンと香澄の頭を撫で、そのまま肩を抱いてまた歩き始める。
――ごめんな。
隣からごく小さな声が聞こえた気がしたけれど、空耳と思うようにした。
**
「絶対着る!」
香澄は佑の腕をギューッと抱き、彼の肩に顔を押しつける。
「嬉しいー……っ! 早く着たいな。ねぇ、どんなデザイン?」
「地下室で制作してるんだけど、……んー、聞きたい?」
「あ! 秘密の地下室」
そう言われて、香澄は立ち入り禁止になっている地下室を思い出した。
シアタールームやワインセラーなど、地下に行く事は何度もあったが、作業場は入ってはいけない場所とインプットしていたので、そのうち興味を示す事もなくなっていた。
「そう。赤松香澄と秘密の地下室」
「あははは!」
小説のタイトルのような言い方をされ、香澄は声を上げて笑う。
「最初は、散らかっていて恥ずかしいから立ち入り禁止にしたんだけど、入りたくならなかった?」
「んー、まったく気にならなかったって言ったら嘘になるけど、佑さんの大事なお仕事部屋だし、下手に入ってなくしたり壊したりしたらいけないしな……と思って。だったら入らないほうがいいと思ったし、約束を破って佑さんの信用を失うのが嫌だった」
ケロリとして言うと、佑はクスクス笑って香澄の頭を撫でた。
「香澄のそういうところ、好きだよ。澪は『散らかってるから入るなよ』って言ったそばから入ったしな……」
妹の名前が出て、香澄は笑う。
「澪さんは、気になったら即行動っていうイメージがある」
「だよな」
佑の兄弟の話になると、彼らがどうしているか気になってしまった。
「……連絡とってる?」
「香澄が誘拐された事は伝えてない。仕事で急用ができ、パリコレの関係もあって日本を離れている事にしている」
「……そっか」
二人は寄り添って歩きながら、東京での日常を思い出していた。
「そうだね。心配掛けないのが一番」
「でもいつかは言わないといけないと思っている。オーパや双子は知っている事だし、うちの家族だけ仲間はずれにはできない。それに、赤松家の皆さんにだけ黙っているのも不誠実だ」
「…………うん。そうだね」
美しいパリの街並みを見ながら、二人の心は日本にある。
「……心配掛けて、怒らせちゃうね」
「香澄は被害者だから気にしなくていい。守り切れなかった俺の落ち度だ」
「違うよ」
香澄は立ち止まり、その拍子に佑の腕がスルリとほどける。
一、二歩前に進んだ佑も立ち止まり、彼は少し驚いた顔をして振り向く。
「佑さんは悪くない。私が……」
言おうとした時、佑にギュッと抱き締められた。
「それ以上言わなくていい」
言われたものの、香澄はもの言いたげに彼を見上げる。
すると佑は香澄の髪を耳に掛け、頬を撫でて優しく微笑んだ。
「言わなくていい。もうやめよう」
街の明かりに照らされたその表情がとても悲しそうで、胸の奥がギュッと締め付けられる。
――ごめんなさい。
その一言すら、言わせてもらえない。
香澄はゆっくり俯き、佑の胸板に額をつけ、そっと息を吐く。
(何の話、してたっけ)
この空気を元に戻さないとと思い、今までの会話の流れを思いだす。
(そっか……)
ウエディングドレスの話を思いだし、香澄は切なく笑った。
「ドレスのデザイン、完成してからのお楽しみにするね。式で絶対着るから」
「ん」
香澄が話題を変えた事に、佑は申し訳なさとありがたさを感じたようだった。
彼は切なげに微笑んだあと、ポンと香澄の頭を撫で、そのまま肩を抱いてまた歩き始める。
――ごめんな。
隣からごく小さな声が聞こえた気がしたけれど、空耳と思うようにした。
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