上 下
1,214 / 1,549
第十九部・マティアスと麻衣 編

東京に引っ越そうかなって思ったんです

しおりを挟む
「なっ……、な!?」

「今は俺とデート中なんだから、俺の事を見てくれ」

 そう言ってマティアスは微笑する。

「ご、ごめんなさい」

「で、何が食べたい? マイの好きな物を教えてほしい。肉料理は色々あるが、チキンか? ポークか?」

 言いながらマティアスはメニューを手に持ち、麻衣に見せてくる。

「……じゃあ、鶏と豚両方食べる」

「もう一品はどうする?」

「じゃあ、海老とアボカドのタルタル。アボカド好きなんです」

「分かった。食べ終わって余裕があったら、デザートの事も考えよう」

 そう言ってマティアスは向かいの席に戻り、オーダーするためにスタッフを呼ぶ。

 マティアスがオーダーしている間、麻衣はチラッと女性スタッフを見た。

 注文を聞いた彼女が、「よく食べるな」と思うかと被害妄想を抱いていたが、マティアスに対してデレッとする事もなく、普通に仕事をしている。

 それを見て、麻衣は静かに息を吐いた。

(考えすぎなのは分かってる。私だってハンバーガーショップでバイトしていた時に、『この人全部食べるのか』とか思わなかったもん。一人で食べても私には関係ないし、家族や友達の分かもしれない)

 今日はマティアスとデートだと思い、緊張しまくっていた。

 こんなイケメンの隣にいるのだから、当然周りから「似合っていない」と思われると怯えていた。

 だからいつもの自分と違った思考になり、メニュー一つ選ぶにも気を遣ってしまったのかもしれない。

 少し落ち着くと、意識しすぎだし、見知らぬ他人の事も決めつけすぎていたと自覚した。

 スタッフが去ったあと、麻衣は水を飲んで息をつく。

「公園で話していた事に戻るが、俺の仕事について反応が鈍かったのは、どういう理由からだろうか」

 マティアスが話題を戻し、麻衣は「ああ」と頷いて打ち明けた。

「……私、東京に引っ越そうかなって思ったんです」

 それを聞き、彼は微かに瞠目した。

「仮にマティアスさんと結婚するとして、今までの生活から一変するなら、住む場所や仕事も変わってもいいんじゃ……って思ったんです」

 麻衣の言葉を聞き、マティアスは微笑んだ。

「マイは変化が苦手なように感じられた。だから立ち向かおうとする勇気を讃えたい」

 勇気、と立派な事のように言われ、思わず笑う。

「ありがとうございます。まだ具体的な案を決めてる訳じゃないんです。でも今回東京に来て、やっぱり香澄といると落ち着くなって再認識しました。それにマティアスさんは能力のある人なのに、札幌に来る事で収入を下げてほしくないんです。だから私さえ東京に引っ越せば、マティアスさんはレベルの高いところで働けるし、私は香澄に会えるし、皆にとっていい案なんじゃないかな? と思いました」

 そう言うと、彼は小さく頷いた。

「俺の事は気にしなくていい。金は持っているし、世界中どこに行っても不自由せず暮らせる自信はある。俺はマイがどうしたいかを優先したい。地元にいるのがいいかと思って先走ってしまったが、そう思っているなら、東京で暮らすのほうがいいのかもしれないな。生活する環境に友達がいるかいないかで、大分違うと思う」

 言われて、彼が札幌に来たら誰も友達がいないのだと気づいた。

 だから札幌より佑や香澄がいる東京のほうが、彼にとっても最適な場所だろう。

 双子のフットワークが軽いとはいえ、羽田、成田に比べたら新千歳空港はアクセスが悪い。

「今後、どうしても香澄に相談したくなる事があると思います。ビデオ通話はできるけど、やっぱり直に会いたい。そう思うと、やっぱり東京に出てきたほうがいいですね」

 今後何に困るかと考えると、東京での生活や、マティアスのようなハイクラスの男性とどう付き合うかという事になると思う。

 ドイツ人の彼で悩むなら、やはりドイツ人に詳しい佑や香澄に相談に乗ってもらうのが、一番いいだろう。

「マイの気持ちや繋がりは大切にしたい」

「ありがとう。マティアスさんはどれぐらいの頻度で里帰りしたいですか?」

 ドイツへの渡航費は、旅行会社のパンフレットで見た、ツアー価格しか知らない。

 飛行機代や一度の帰省にどれぐらいの期間が必要かなども聞き、彼の家族にちゃんと会わせてあげたいと思った。

「それほど頻繁に帰らなくても大丈夫だ。友人は多くないし、アロクラなら好きな時に来るだろう。俺の友人たちはクラウザー家の影響もあり、日本好きだ。何かのついでに訪日する事があれば、声を掛けてくると思う。成人した身だし、父ともべったりした関係ではない。お互い元気にやっていると分かれば、それで十分だ。だから気遣わなくても大丈夫だ」

 彼の父が話題に出て、教えてもらった事を思いだす。

「お父さんには新しいパートナーがいるんでしたっけ?」

「ああ。今は人生二度目の春を謳歌しているはずだ。義理の母は優しくていい人だから、二人で楽しく過ごしてほしいと思っている。いつか日本に来たら、皆に紹介して日本を案内したい」

「……いつか絶対お会いしたいです」

 そう言うと、マティアスは頷いた。
しおりを挟む
感想 556

あなたにおすすめの小説

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

処理中です...