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第二十二部・岐路 編
私はそんなあなたを誇りに思います
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「私の長男は三十二歳で、社長と同い年です。長女は三十歳、次女は二十八歳です」
「あ……、同じ……」
思わず呟くと、松井は微笑んで頷く。
今まで松井が愛妻家である事以外、あまり彼のプライベートを知らなかった。
妻だけでなく、子供とも仲がいいと聞いていたが、子供たちの年齢までは聞いていなかった。
「私はお二人の事を自分の子供同然に思っています。社長の事は僭越ながら、第二の息子のように感じ、さらなる高みを目指して進むお姿を見て、心から尊敬し、応援しています。赤松さんの事もまた娘のように感じています。大変な方に見初められたがゆえに、赤松さんの人生は良くも悪くも〝普通〟から逸脱してしまったでしょう」
松井に言われ、香澄は小さく頷く。
「それでも赤松さんは、ご自身が選んだ道を『間違えた』と思っていない。社長の手をとった事を誇りに思い、これからも共に歩んでいきたいと思っている。……という解釈でいいですよね?」
「はい」
覚悟を問われた香澄は、しっかり返事をする。
「私はそんなあなたを誇りに思います。だからこそ、思いも寄らない困難に巻き込まれる姿を見て胸が痛くなります」
香澄は視線を落として沈黙する。
「私は退職する最後の日まで、上司として赤松さんを導きます。私と河野さんは、社長と赤松さんに何が起こったか誰より知っているつもりです。男ですから、女性ならではのつらさを共有する事はできません。ですが、上司として安心できる職場環境を作る事はできます。それが、唯一私にできる事と思っています」
「……ありがとうございます」
礼を言った声が、涙で震えてしまう。
「Chief Everyという素晴らしい企業での仕事を、『ねばならぬ』に感じないでください。確かに働く事は大切ですが、以前にも言ったように、赤松さんには秘書以上に大切な役目があります。何より大切にすべきなのは、仕事ではなくご自身の心身の健康です」
「……はい」
「好きな人の側で働けるなんて、幸せな事じゃないですか。私も河野さんも、社長があなたを特別に思っている事を理解しています。他者からの目が気になるのは分かりますが、私たちが『いい』と言っているのですから、気に病む必要はありません。あとは健康管理をしっかりして、楽しく仕事をしてください」
「……ありがとうございます……!」
香澄はグスッと洟を啜り、涙を誤魔化すために目を瞬かせた。
「人生、山あり谷ありです。……ですが、楽しんだ者勝ちですよ」
「そうですね。本当に仰る通りです」
「私の楽しみは『退職したあとどう楽しく過ごすか』と考える事です。そう思うと、負の感情に囚われて悩む時間は勿体ないです。人生の三分の一は睡眠時間に充てられていると言われています。だからこそ、残る時間を如何に楽しく過ごすか、充実させるか……と思うのです」
「……そんなに寝ていると思っていませんでした。……そっか……」
松井のような考え方をした事はなく、香澄は目を丸くする。
「楽しく生きていきましょう。他者を気にするほど無駄な事はありません。これ以上『申し訳ない』と思うのはやめて、帰国したあと、どうやってもとの生活に戻るか考えてください」
「はい!」
松井と話し、心の中で絡まっていた黒い毛糸が丁寧にほぐされた気がする。
彼が聡明で落ち着いた人物になるまで、きっと様々な事があったのだろう。
色んな事を乗り越えて、松井は感情的にならず、己を律して秘書という仕事に徹するプロになった。そんな彼を、香澄は心から尊敬した。
(こうして慰めてくれるのも、私のためもあるんだろうけど、佑さんが安心して働けるようにっていう意味もあるんだろうな。私もしっかりしないと)
彼から考え方を変えるきっかけをもらい、まるで背中にまっすぐな支えが入った気持ちになった。
「それでも、生きていれば耐えがたい苦痛や悲しみが襲ってきます。そうなった時、『大丈夫だ』と自分を欺さなくてもいいのです。悲しみや苦しみを抱え込まず、信頼できる人とシェアしましょう。社長を心配させるのが心苦しいなら、カウンセラーを頼るのも一つの手です。眠れなければ薬を飲み、しっかり休養してから、また歩いていけばいいのです」
「はい」
胸の奥に、力強く温かい光が宿る。
フェルナンドの姑息な罠に掛かって二人共傷付けられ、お互いどう接したらいいか分からなくなった。
(でも周りには味方になってくれる人がいる。求めたらいつでも手を伸ばしてくれるんだ)
自分がそんな環境に置かれている事に、香澄は心から感謝した。
それもこれも、佑がChief Everyへ導いてくれたからだ。
「まずパリコレを成功させる事を、第一の目標にしましょう」
「はい!」
胸のつかえが下りた香澄は笑顔で返事をし、スタッフに指示を出している佑を見た。
**
「あ……、同じ……」
思わず呟くと、松井は微笑んで頷く。
今まで松井が愛妻家である事以外、あまり彼のプライベートを知らなかった。
妻だけでなく、子供とも仲がいいと聞いていたが、子供たちの年齢までは聞いていなかった。
「私はお二人の事を自分の子供同然に思っています。社長の事は僭越ながら、第二の息子のように感じ、さらなる高みを目指して進むお姿を見て、心から尊敬し、応援しています。赤松さんの事もまた娘のように感じています。大変な方に見初められたがゆえに、赤松さんの人生は良くも悪くも〝普通〟から逸脱してしまったでしょう」
松井に言われ、香澄は小さく頷く。
「それでも赤松さんは、ご自身が選んだ道を『間違えた』と思っていない。社長の手をとった事を誇りに思い、これからも共に歩んでいきたいと思っている。……という解釈でいいですよね?」
「はい」
覚悟を問われた香澄は、しっかり返事をする。
「私はそんなあなたを誇りに思います。だからこそ、思いも寄らない困難に巻き込まれる姿を見て胸が痛くなります」
香澄は視線を落として沈黙する。
「私は退職する最後の日まで、上司として赤松さんを導きます。私と河野さんは、社長と赤松さんに何が起こったか誰より知っているつもりです。男ですから、女性ならではのつらさを共有する事はできません。ですが、上司として安心できる職場環境を作る事はできます。それが、唯一私にできる事と思っています」
「……ありがとうございます」
礼を言った声が、涙で震えてしまう。
「Chief Everyという素晴らしい企業での仕事を、『ねばならぬ』に感じないでください。確かに働く事は大切ですが、以前にも言ったように、赤松さんには秘書以上に大切な役目があります。何より大切にすべきなのは、仕事ではなくご自身の心身の健康です」
「……はい」
「好きな人の側で働けるなんて、幸せな事じゃないですか。私も河野さんも、社長があなたを特別に思っている事を理解しています。他者からの目が気になるのは分かりますが、私たちが『いい』と言っているのですから、気に病む必要はありません。あとは健康管理をしっかりして、楽しく仕事をしてください」
「……ありがとうございます……!」
香澄はグスッと洟を啜り、涙を誤魔化すために目を瞬かせた。
「人生、山あり谷ありです。……ですが、楽しんだ者勝ちですよ」
「そうですね。本当に仰る通りです」
「私の楽しみは『退職したあとどう楽しく過ごすか』と考える事です。そう思うと、負の感情に囚われて悩む時間は勿体ないです。人生の三分の一は睡眠時間に充てられていると言われています。だからこそ、残る時間を如何に楽しく過ごすか、充実させるか……と思うのです」
「……そんなに寝ていると思っていませんでした。……そっか……」
松井のような考え方をした事はなく、香澄は目を丸くする。
「楽しく生きていきましょう。他者を気にするほど無駄な事はありません。これ以上『申し訳ない』と思うのはやめて、帰国したあと、どうやってもとの生活に戻るか考えてください」
「はい!」
松井と話し、心の中で絡まっていた黒い毛糸が丁寧にほぐされた気がする。
彼が聡明で落ち着いた人物になるまで、きっと様々な事があったのだろう。
色んな事を乗り越えて、松井は感情的にならず、己を律して秘書という仕事に徹するプロになった。そんな彼を、香澄は心から尊敬した。
(こうして慰めてくれるのも、私のためもあるんだろうけど、佑さんが安心して働けるようにっていう意味もあるんだろうな。私もしっかりしないと)
彼から考え方を変えるきっかけをもらい、まるで背中にまっすぐな支えが入った気持ちになった。
「それでも、生きていれば耐えがたい苦痛や悲しみが襲ってきます。そうなった時、『大丈夫だ』と自分を欺さなくてもいいのです。悲しみや苦しみを抱え込まず、信頼できる人とシェアしましょう。社長を心配させるのが心苦しいなら、カウンセラーを頼るのも一つの手です。眠れなければ薬を飲み、しっかり休養してから、また歩いていけばいいのです」
「はい」
胸の奥に、力強く温かい光が宿る。
フェルナンドの姑息な罠に掛かって二人共傷付けられ、お互いどう接したらいいか分からなくなった。
(でも周りには味方になってくれる人がいる。求めたらいつでも手を伸ばしてくれるんだ)
自分がそんな環境に置かれている事に、香澄は心から感謝した。
それもこれも、佑がChief Everyへ導いてくれたからだ。
「まずパリコレを成功させる事を、第一の目標にしましょう」
「はい!」
胸のつかえが下りた香澄は笑顔で返事をし、スタッフに指示を出している佑を見た。
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