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第二十二部・岐路 編

パリコレの会場

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 香澄が唇を引き結んだ時、佑がテーブルの下で「大丈夫」というように手を握り、ポンポンと叩いてくる。

「分かった。これから顔を出す。香澄も見学においで」

「はい!」

 護衛と一緒にホテルで留守番……と言われるかと思ったが、同行するよう言われた香澄は、パァッと表情を輝かせた。

 朔も香澄を心配していたのか、彼女が同行する事に満足したのを見て安心したようだった。

「そのほうがいいな。大事なものは手の届くところに置いておいたほうがいい」

 微笑んで言ったものの、彼はすぐ表情を引き締める。

「とりあえず、コーヒーを飲んだらすぐ向かおう。時間が惜しい」

「分かった。すまない」

 朔の登場によって、ゆったりとした時間は終わった。

(しっかりしなきゃ。誰だってつらい事はある。でも世界はそれでも動いてるんだ)

 香澄は大きく深呼吸し、気合いを入れてからフォークを手にとり、粉砂糖の掛かったミルフィーユをサクッと刺した。

(『私だけ』なんて考えたら駄目! 皆大変なの!)

 自分に言い聞かせながら、香澄はパイ生地がポロポロと零れるミルフィーユを何とかまとめ、あむっと口に入れてザクザクと咀嚼する。

(食べて働いて寝て、動いていれば時間なんて過ぎるんだから)

 香澄は自分に活を入れ、もっもっとミルフィーユを食べ続ける。

 そんな彼女の横顔をチラリと見た佑は、誰にも気づかれないように溜め息をついた。





 オーダーした物を食べ終えたあと、全員で店を出た。

 朔は仕事をしながらチョコレートを食べるのが癖らしく、その手にはボンボンショコラの箱が幾つも入った紙袋があった。

 店にいる間に運転手に連絡してあり、佑と香澄、朔はそれぞれの車に乗った。

 向かった先はホテル近くにあるチュイルリー公園だ。

 ルーヴル美術館からまっすぐ歩いた所にある公園で、観客もアクセスしやすい位置にある。

 その敷地内にCEPのロゴがついた建物を建て、舞台の準備が進められているという。

「凄い……」

 広々とした会場の中央には、大きな桜の木があった。

 勿論本物の木ではなく、電飾による作り物の木だ。

 ピンク色の木にはオーナメントのように、アンティークな窓が下がっている。

 メインステージの壁にも沢山の窓があり、窓の中の液晶画面には、世界中のさまざまな景色が映るようになっていた。

 そこから歩き始めたモデルは、ランウェイを歩いて木の周囲を歩き、再びメインステージに戻る事になっている。

「あれは今回のステージのコンセプト、世界中に根を張る〝生命の木〟だ」

 佑はゆっくり歩いて会場内を見回しながら、香澄にショーの概要を説明する。

「会場の音楽や照明によって天気や四季が変わり、窓の向こうの景色や〝生命の木〟の色も変わっていく。それを通して人間の一生、春夏秋冬を表すんだ」

「あ、青春せいしゅん朱夏しゅか白秋はくしゅう玄冬げんとう……ってやつ?」

 古代中国の思想で、四季を人生に当てはめた言葉を言うと、佑が微笑んで頷く。

「そう。現代は忙しくなって、一年が過ぎるのもあっという間だ。今回のコレクションでは人生をもう一度見直し、その時期に合わせたデザインを展開していく」

 歩きながら佑はあちこちを確認していて、彼の姿を見たスタッフが「Salut,Monsieur」と挨拶してきた。

「佑、音楽と照明の打ち合わせをしたい」

 朔が佑に言い、彼は香澄に「ちょっと行ってくる」と笑いかけた。

「行ってらっしゃい。大人しく待ってます」

「客席に座ってていいから」

「はい」

 佑が示したほうを見ると、ランウェイに添って黒いボックスベンチが並んでいる。

 香澄はそこにちょこんと座ると、周囲をじっくり観察し始めた。

(凄いな。パリコレの現場にいるなんて)

 社長秘書として働き始めてから、大きなコレクションの現場にも同行する予定だったのに、今ではすっかり〝脱落〟してしまった。

(大丈夫。まだこれからも働くし、しっかりやっていけばいい)

 自分に言い聞かせていた時、少し離れたところに松井が腰かけた。

「……その後、調子はどうですか?」

 松井に静かに尋ねられ、香澄はぎこちなく笑った。

「……落ち着きました。あの、本当にすみま――」

「謝らないでください」

 松井にしては珍しく、香澄の言葉に被せて言ってきた。

「……赤松さんが謝る事は、何一つとしてありませんよ」

 優しく言われ、泣いてしまいそうになった香澄は、上を見て涙が零れないようにする。
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