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第二十二部・岐路 編
第二十二部・序章 朔からの呼び出し
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静かな大事件が起こったその夜、二人は普通にレストランに食事に行き、ホテルに戻ったあとは、いつものように抱き合って寝た。
お互い昨晩の事を話題に出さず、翌日もパリをぶらつく。
パリコレが行われるのが近いからか、街を歩いているとあちこちでモデルの姿を見た。
「本物のモデルさんって、本当に身長が高くてほっそ……」
スーパーモデルの世界では、身長百八十センチメートル以上あるのが普通だ。
百六十センチメートルの中肉中背の自分とは、笑ってしまうほど体型が違う。
(なのに佑さん、私をミューズにしたいなんて……。こういう世界を見慣れているのに、目がどうかしてたのかな?)
彼にそう口説かれたのは光栄だけれど、自分にそんな魅力がないのは自覚しているので、真意は分からないままだ。
けれど下着姿になって佑の前に立ち、その姿を見て彼がクリエイティブに鉛筆を動かす時間は、最近でも続いていた。
少なくとも、誘拐される前までは。
「最近だと、ラグジュアリーブランドのランウェイを、プラスサイズのモデルが歩くよ。そういうところは、本当に進んだと思う」
「確かにそうだね。パリコレに出るモデルさんって言ったら、ちょっと前までは背が高くて細い人しかいない、っていう感じだったものね」
香澄は感心して頷く。
「すべての体型の人が、お洒落を楽しんでくれたらいいよな」
佑が初心と変わらない事を言い、香澄はにっこりする。
二人はマレ地区にあるショコラトリーのカフェに入り、飲み物とケーキを頼んでいた。
朔から連絡があり、カフェを指定され『話がある』と言われていたので、二人で向かったのだ。
窓際の席に座った香澄は、思い出し笑いをする。
「パリの人ってめっちゃバゲットが好きで凄いよね。パン屋さんで買ったのに、バリバリ囓りながら歩いちゃう」
「多分、本当に〝皆〟っていっても良さそうだよな。バゲットも固めとかよく焼きとか、色々種類があって、好みのバゲットを買えるから」
「そうなんだ! 日本人にとってのおにぎり……とはまた違うのかな?」
「どうだろう? 国民食と言えるだろうけど、おにぎり……ともまた言い切れないところがあるし」
「んふふ、やっぱり異文化で無理矢理こじつけようとしても駄目だね」
笑い合っていた時、黒いコートに身を包んだ朔がポケットに手を突っ込み、早足で歩いてきたのが見えた。
遅れて秘書かボディガードか、という男性が二人続いている。
ちなみにカフェの中にも小山内と呉代が待機していて、久住と佐野は店の外だ。
別のテーブルにいる河野は、イヤフォンでお気に入りの地下アイドルの動画を見ていた。
その向かいでは松井がノートパソコンを開いて、忙しく何かを打ち込んでいる。
「あ、朔さん来た」
香澄は居住まいを正し、随分久しぶりに会うCEPデザイナーに挨拶するために立ちあがった。
松井と河野も同様に立ちあがる。
店内に入ってきた朔は、店員にフランス語で待ち合わせしている旨を告げ、すぐテーブルにきた。
今日も彼は黒くモジャッとした髪型をしていて、表情は前髪に隠れがちで年齢不詳だ。
「ども」
彼は短く言うと、「そういうのいいから」と手で香澄たちに座るようジェスチャーした。
そのあと、ボディガードたちに「ボンボンショコラ買っておいて」と指示した。
朔はマフラーを解いて息を吐いたあと。開口一番佑に向かって言う。
「佑、事情は分かる。でも現場に来い」
それを聞いた香澄はドキッとした。
「状況は?」
佑は静かに話を促し、朔からパリコレの準備の進行具合を聞く。
彼らが話している間に目の前にカフェオレが置かれ、香澄はペコリとウエイトレスに頭を下げた。
大人しくカップを持ちながらも、彼女はシュンと項垂れる。
(私、佑さんのお仕事の邪魔しちゃってる)
朔も香澄に何が起こったかは承知していて、佑がそちらにかかりっきりになる事に理解を示してくれていたのだろう。
しかしCEPの服のほとんどは朔がデザインしているとはいえ、彼のワンマンでまわしている訳ではない。
あらゆる関連会社のブレインである佑がいないと、うまくいかない場合もある。
服のデザインや生産、広報などには担当者がいる上、御劔佑という人に惚れ込んで協力している人もいる。
今回の場合、音響やライト、一流モデルたちが御劔佑と一緒に仕事ができる事を心待ちにしている。
プロは感情抜きに、一流の仕事をするものだが、プロであっても人なので、モチベーションというものはある。
佑が香澄に構っている間、大切なパリコレの大舞台は、迎えるべきリーダーを欠いたまま準備を進めてきたのだ。
お互い昨晩の事を話題に出さず、翌日もパリをぶらつく。
パリコレが行われるのが近いからか、街を歩いているとあちこちでモデルの姿を見た。
「本物のモデルさんって、本当に身長が高くてほっそ……」
スーパーモデルの世界では、身長百八十センチメートル以上あるのが普通だ。
百六十センチメートルの中肉中背の自分とは、笑ってしまうほど体型が違う。
(なのに佑さん、私をミューズにしたいなんて……。こういう世界を見慣れているのに、目がどうかしてたのかな?)
彼にそう口説かれたのは光栄だけれど、自分にそんな魅力がないのは自覚しているので、真意は分からないままだ。
けれど下着姿になって佑の前に立ち、その姿を見て彼がクリエイティブに鉛筆を動かす時間は、最近でも続いていた。
少なくとも、誘拐される前までは。
「最近だと、ラグジュアリーブランドのランウェイを、プラスサイズのモデルが歩くよ。そういうところは、本当に進んだと思う」
「確かにそうだね。パリコレに出るモデルさんって言ったら、ちょっと前までは背が高くて細い人しかいない、っていう感じだったものね」
香澄は感心して頷く。
「すべての体型の人が、お洒落を楽しんでくれたらいいよな」
佑が初心と変わらない事を言い、香澄はにっこりする。
二人はマレ地区にあるショコラトリーのカフェに入り、飲み物とケーキを頼んでいた。
朔から連絡があり、カフェを指定され『話がある』と言われていたので、二人で向かったのだ。
窓際の席に座った香澄は、思い出し笑いをする。
「パリの人ってめっちゃバゲットが好きで凄いよね。パン屋さんで買ったのに、バリバリ囓りながら歩いちゃう」
「多分、本当に〝皆〟っていっても良さそうだよな。バゲットも固めとかよく焼きとか、色々種類があって、好みのバゲットを買えるから」
「そうなんだ! 日本人にとってのおにぎり……とはまた違うのかな?」
「どうだろう? 国民食と言えるだろうけど、おにぎり……ともまた言い切れないところがあるし」
「んふふ、やっぱり異文化で無理矢理こじつけようとしても駄目だね」
笑い合っていた時、黒いコートに身を包んだ朔がポケットに手を突っ込み、早足で歩いてきたのが見えた。
遅れて秘書かボディガードか、という男性が二人続いている。
ちなみにカフェの中にも小山内と呉代が待機していて、久住と佐野は店の外だ。
別のテーブルにいる河野は、イヤフォンでお気に入りの地下アイドルの動画を見ていた。
その向かいでは松井がノートパソコンを開いて、忙しく何かを打ち込んでいる。
「あ、朔さん来た」
香澄は居住まいを正し、随分久しぶりに会うCEPデザイナーに挨拶するために立ちあがった。
松井と河野も同様に立ちあがる。
店内に入ってきた朔は、店員にフランス語で待ち合わせしている旨を告げ、すぐテーブルにきた。
今日も彼は黒くモジャッとした髪型をしていて、表情は前髪に隠れがちで年齢不詳だ。
「ども」
彼は短く言うと、「そういうのいいから」と手で香澄たちに座るようジェスチャーした。
そのあと、ボディガードたちに「ボンボンショコラ買っておいて」と指示した。
朔はマフラーを解いて息を吐いたあと。開口一番佑に向かって言う。
「佑、事情は分かる。でも現場に来い」
それを聞いた香澄はドキッとした。
「状況は?」
佑は静かに話を促し、朔からパリコレの準備の進行具合を聞く。
彼らが話している間に目の前にカフェオレが置かれ、香澄はペコリとウエイトレスに頭を下げた。
大人しくカップを持ちながらも、彼女はシュンと項垂れる。
(私、佑さんのお仕事の邪魔しちゃってる)
朔も香澄に何が起こったかは承知していて、佑がそちらにかかりっきりになる事に理解を示してくれていたのだろう。
しかしCEPの服のほとんどは朔がデザインしているとはいえ、彼のワンマンでまわしている訳ではない。
あらゆる関連会社のブレインである佑がいないと、うまくいかない場合もある。
服のデザインや生産、広報などには担当者がいる上、御劔佑という人に惚れ込んで協力している人もいる。
今回の場合、音響やライト、一流モデルたちが御劔佑と一緒に仕事ができる事を心待ちにしている。
プロは感情抜きに、一流の仕事をするものだが、プロであっても人なので、モチベーションというものはある。
佑が香澄に構っている間、大切なパリコレの大舞台は、迎えるべきリーダーを欠いたまま準備を進めてきたのだ。
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