上 下
1,433 / 1,549
第二十二部・岐路 編

第二十二部・序章 朔からの呼び出し

しおりを挟む
 静かな大事件が起こったその夜、二人は普通にレストランに食事に行き、ホテルに戻ったあとは、いつものように抱き合って寝た。

 お互い昨晩の事を話題に出さず、翌日もパリをぶらつく。

 パリコレが行われるのが近いからか、街を歩いているとあちこちでモデルの姿を見た。

「本物のモデルさんって、本当に身長が高くてほっそ……」

 スーパーモデルの世界では、身長百八十センチメートル以上あるのが普通だ。

 百六十センチメートルの中肉中背の自分とは、笑ってしまうほど体型が違う。

(なのに佑さん、私をミューズにしたいなんて……。こういう世界を見慣れているのに、目がどうかしてたのかな?)

 彼にそう口説かれたのは光栄だけれど、自分にそんな魅力がないのは自覚しているので、真意は分からないままだ。

 けれど下着姿になって佑の前に立ち、その姿を見て彼がクリエイティブに鉛筆を動かす時間は、最近でも続いていた。

 少なくとも、誘拐される前までは。

「最近だと、ラグジュアリーブランドのランウェイを、プラスサイズのモデルが歩くよ。そういうところは、本当に進んだと思う」

「確かにそうだね。パリコレに出るモデルさんって言ったら、ちょっと前までは背が高くて細い人しかいない、っていう感じだったものね」

 香澄は感心して頷く。

「すべての体型の人が、お洒落を楽しんでくれたらいいよな」

 佑が初心と変わらない事を言い、香澄はにっこりする。

 二人はマレ地区にあるショコラトリーのカフェに入り、飲み物とケーキを頼んでいた。

 朔から連絡があり、カフェを指定され『話がある』と言われていたので、二人で向かったのだ。

 窓際の席に座った香澄は、思い出し笑いをする。

「パリの人ってめっちゃバゲットが好きで凄いよね。パン屋さんで買ったのに、バリバリ囓りながら歩いちゃう」

「多分、本当に〝皆〟っていっても良さそうだよな。バゲットも固めとかよく焼きとか、色々種類があって、好みのバゲットを買えるから」

「そうなんだ! 日本人にとってのおにぎり……とはまた違うのかな?」

「どうだろう? 国民食と言えるだろうけど、おにぎり……ともまた言い切れないところがあるし」

「んふふ、やっぱり異文化で無理矢理こじつけようとしても駄目だね」

 笑い合っていた時、黒いコートに身を包んだ朔がポケットに手を突っ込み、早足で歩いてきたのが見えた。

 遅れて秘書かボディガードか、という男性が二人続いている。

 ちなみにカフェの中にも小山内と呉代が待機していて、久住と佐野は店の外だ。

 別のテーブルにいる河野は、イヤフォンでお気に入りの地下アイドルの動画を見ていた。

 その向かいでは松井がノートパソコンを開いて、忙しく何かを打ち込んでいる。

「あ、朔さん来た」

 香澄は居住まいを正し、随分久しぶりに会うCEPデザイナーに挨拶するために立ちあがった。

 松井と河野も同様に立ちあがる。

 店内に入ってきた朔は、店員にフランス語で待ち合わせしている旨を告げ、すぐテーブルにきた。

 今日も彼は黒くモジャッとした髪型をしていて、表情は前髪に隠れがちで年齢不詳だ。

「ども」

 彼は短く言うと、「そういうのいいから」と手で香澄たちに座るようジェスチャーした。

 そのあと、ボディガードたちに「ボンボンショコラ買っておいて」と指示した。

 朔はマフラーを解いて息を吐いたあと。開口一番佑に向かって言う。

「佑、事情は分かる。でも現場に来い」

 それを聞いた香澄はドキッとした。

「状況は?」

 佑は静かに話を促し、朔からパリコレの準備の進行具合を聞く。

 彼らが話している間に目の前にカフェオレが置かれ、香澄はペコリとウエイトレスに頭を下げた。

 大人しくカップを持ちながらも、彼女はシュンと項垂れる。

(私、佑さんのお仕事の邪魔しちゃってる)

 朔も香澄に何が起こったかは承知していて、佑がそちらにかかりっきりになる事に理解を示してくれていたのだろう。

 しかしCEPの服のほとんどは朔がデザインしているとはいえ、彼のワンマンでまわしている訳ではない。

 あらゆる関連会社のブレインである佑がいないと、うまくいかない場合もある。

 服のデザインや生産、広報などには担当者がいる上、御劔佑という人に惚れ込んで協力している人もいる。

 今回の場合、音響やライト、一流モデルたちが御劔佑と一緒に仕事ができる事を心待ちにしている。

 プロは感情抜きに、一流の仕事をするものだが、プロであっても人なので、モチベーションというものはある。

 佑が香澄に構っている間、大切なパリコレの大舞台は、迎えるべきリーダーを欠いたまま準備を進めてきたのだ。
しおりを挟む
感想 556

あなたにおすすめの小説

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

処理中です...