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第二十一部・フェルナンド 編

美味しかったよ

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 そしてスタッフに籍を入れる日付と、『T to K』と刻印を入れる事を伝えた。

 佑は指輪を買ったのがパリなので、『Je t'aime』と入れては……? と提案してきたが、恥ずかしいので却下した。

 香澄も事前に刻印の例を調べたが、『最愛の人』『永遠の愛』と言われると、事実ではあるものの怖じ気づいてしまう。

 結婚前でラブラブ度が高い今でさえ「ちょっと恥ずかしいかも……」と思っているので、結婚して落ち着いたあとなら後悔するかもしれない。

 ……いや、まったく気にしなくなる可能性もあるが。

 もちろん否定している訳ではなく、佑が「世界で一番愛しているよ」と言ってくれるのをありがたく思っている。

 けれどそういう感情は、自分たち二人だけの間で完結させたい気持ちがあり、うっかり誰かに見られるかもしれない事を考えると、「ちょっと……」となってしまうのだ。

 自分でもシャイすぎると分かっているが、佑もその辺りは理解し譲歩してくれた。





 店を出ると夕方になっていた。

「ショコラトリーに寄っていこうか」

「うん!」

「フランスにしかないブランドがいい?」

「ううん。なんでも美味しく食べる」

「ははっ、そう言うと思った」

 ケロリとして言うと、佑は破顔した。

 そのあとヴァンドーム広場の近くにある有名ショコラトリーに入り、佑がボンボンショコラをオーダーしてくれる。

 中にはフランス限定のボンボンショコラもあり、日本のテレビ局の名前がついている物もあって驚いてしまった。

 他にもアマンドショコラなど、香澄の好きなショコラをたんまりと買い、ホテルの部屋でおやつにする用のマカロン、焼き菓子も買ってもらった。

 ヴァンドーム広場もホテルも一区にあるので、店を出たあとはパリの街並みを楽しみながら歩いて戻る事にした。

 なお、荷物は河野が持ってあとをついて歩いている。

「はぁぁ……! 幸せ……! 食べる前から幸せ!」

 香澄は周りをうっとりと見ながら、ショコラの事を考えて悶えている。

 本場のショコラトリーで気になった物をすべて買ってもらえ、食いしん坊の香澄にとってこれ以上の幸せはない。

「……ちょっと複雑だな」

「ん?」

 佑がそう呟いたので、香澄は目を瞬かせて彼を見上げる。

「指輪を決めた時、今ほど喜んでいなかったから」

「うっ……。ご、ごめんなさい。指輪も美味しかったよ?」

「ぶふっ!」

 頭の中がショコラに満たされたまま、指輪を褒めようとしたので、うっかり「嬉しかったよ」を「美味しかったよ」に言い間違えてしまった。

 香澄本人は気づいていないのだが、佑はそれを聞いた瞬間、横を向いて噴きだしていた。

「んっ?」

「指輪……っ、美味しかったって……っ、あははは!」

 珍しく佑が声を上げて笑ったのを聞いた香澄は、ようやく自分の言い間違いを理解してカーッと赤面した。

 ハッとして周囲を見ると、護衛たちも少し横を向いて口元をニヤつかせている。

「今の……、ナシ!」

 バッ! と両腕でバツを作ったが、もう遅い。

 結局、佑はホテルに戻るまで何回も思い出し笑いをしていた。



**



「はぁ、ただいまぁ」

 見るも豪華な部屋に向かって、「ただいま」と言える贅沢に、香澄は溜め息をつく。

 室内は落ち着いたオレンジ色の照明に包まれ、見るだけで気持ちが落ち着く。

 一泊の値段を知れば震え上がってしまうホテルなのに、佑と一緒に行動している内に少し慣れてきている自分が恐い。

 香澄はモダンなソファに腰かけると、ゴロンと仰向けになった。

「何か飲む?」

 佑はコートを脱ぎ、ジャケットをハンガーに掛けながら尋ねてくる。

「んー、じゃあ、紅茶淹れようかな。外寒かったから」

 コートを着たまま仰向けになっていた香澄は、ソファの背もたれに手を掛けて起き上がろうとする。
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