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第二十一部・フェルナンド 編

パリデート再び

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(私は今、佑さんと一緒にいる。ここが白金台なら〝いつも〟のデートをしているだけ。問題は『どこにいるか』じゃなくて『誰といるか』だよ)

 自分に言い聞かせると、若干の焦りを感じていた心が少しずつ落ち着いていく。

(大好きな人と笑い合えているし、美味しい物を食べられたし、私はもうどこにもさらわれない)

「大丈夫……」

 香澄は自分に向かって小さく囁き、林檎の香りが芳醇なシードルを一口飲んだ。

 ニコニコした男性店員は手に火が付いたクレープの皿を持ち、もう片方の手に持ったグランマルニエのリキュールを惜しみなく振りかけた。

 すると火がボッと燃え立ち、フワッとオレンジの香りが鼻腔に入る。

 周囲の客も沸き立ち、動画を撮っている者もいた。

「すごーい!」

 歓声を上げた香澄は、ぬかりなくフランベされるクレープを動画に撮る。

 しっかり動画を撮って「Merci, c'etait merveilleux(ありがとう、とても素晴らしかったです)」とお礼を言ったあと、ワクワクしながらナイフとフォークを手にした。

 クレープを一口大に切って頬張った瞬間、鼻腔にフワッとオレンジリキュールの香りが届いた。

 加えてフランベで溶けたバターの香りと砂糖の甘さ、そしてアルコールの微かな苦みと、ほんの少しの焦げ目が口一杯に広がる。

 佑は目を丸くした香澄を見てニコニコし、彼女を観察している。

 香澄はじっくりと香りを堪能したあとにモグモグと咀嚼し、ゴクン……と嚥下して、絞り出すように言った。

「……うまい……」

 自分の世界に入っていた香澄がハッと我に返ると、佑は香澄が食べている様子を動画に撮っていた。

「……っ! も、もぉ! 動画撮るならさっきのを撮ればいいのに!」

「さっきはフランベに喜んでいた香澄を撮ってたよ」

「もぉお……」

 文句を言ったあとにクシャッと笑った香澄は、しみじみと言う。

「私、クレープが好きなんだよねぇ……。パンケーキよりクレープのほうが好き」

「そういえば、麺もきしめんやビャンビャン麺みたいに、幅広が好きだよな。薄いのが好き?」

「……かもしれない。口の中でピラピラしてるのが好きかも」

 答えたあと、少し何かを考えている佑を見てとっさに言う。

「ダメ、やらしいのダメ、絶対」

「ちっ……」

 佑が悔しそうに舌打ちしたあと、二人は笑い崩れる。

 シードルと共にクレープを食べたあとは、大きなカフェオレボウルに入ったカフェオレを楽しんだ。

 満足してカフェを出た二人は、車に乗って一区に向かい、中央にニョキッと青銅色のオベリスクが建っている、ヴァンドーム広場の前で降りた。

(いよいよ指輪を買うのか……)

 ドキドキしながら広場の周囲を見ていると、佑が香澄の手を握って笑いかけてくる。

「予約まで少し時間があるから、可愛いヘアアクセサリーでも見る?」

「見たい!」

 そのあと連れていかれたのは、広場から徒歩すぐにある『アルフォンス・ドゥ・パリ』だ。

 店の隣はカフェになっており、歩道には赤い日よけのついたテラス席が並んでいる。

 さらにその隣には、日本でも有名な高級ショコラトリー『ピエール・マルベール』の店舗があり、つい立ち止まってそちらを見てしまった。

「帰りにチョコレート、買っていこうか」

「うん!」

 スーパーでお菓子を前に立ち止まった子供のようで恥ずかしいが、チョコレートは大好きなので、素直に頷いておく。

『アルフォンス・ドゥ・パリ』は、パッと見ると狭そな店構えだが、バルセロナと同じように、うなぎの寝床状態で奥に広くなっていた。

「可愛い~……」

 店内に置かれてあるのはバレッタやカチューシャ、ヘアクリップなどで、どれを見ても乙女心にヒットし、惹かれてしまう。

 特に気になったのは、鼈甲のような柄のアクセサリーや、ブランド特有のデザインらしい、バイカラーのアイテムだ。

「可愛い、可愛い」

 触れたら怒られるかもしれないので、香澄は顔を近づけて商品をよく見る。

「どれが好き?」

「この辺かな」

 香澄は気に入った商品を指さしてみせる。

 その時、ショップ店員が笑顔で声を掛けてきて、佑がフランス語で応じる。

「香澄の髪の長さなら、ヘアクリップならLサイズがいい、だってさ」

「ふんふん」

 スタッフが香澄に声を掛け、微笑む。

「なんて?」

「髪を触ってもいいか、だって」

「Oui!」

 元気に返事をすると、スタッフは香澄の髪をサラサラと触って、何やら声を上げて喜んでいる。
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