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第二十一部・フェルナンド 編
きっと、皆幸せになれる
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そのあとは手で摘まんで食べられる、一口のお楽しみから始まり、北海道の冬の食材を使ったフレンチが順番に出されていく。
「……香澄、大丈夫かな」
ずっと思っていた事をポツンと呟いた麻衣は、ハッとして「ごめん」と謝る。
「今日はお祝いの日なのに」
「気持ちは分かるから謝らなくていい。俺はカスミを大切にするマイが好きだし、優しくて友達思いで、人を大切にできる人だから恋に落ちた」
「あ、ありがと」
マティアスがストレートに褒めてくるのはいつもの事だが、他の人がいる場所で言われると、つい人目を気にしてしまう。
(二人きりなら恥ずかしくても『受け止めよう』って思えるのに、他の人がいる前だと『あんなデブに?』って思われそうとか、被害妄想が出て駄目だな)
麻衣は内心で溜め息をつき、牡蠣にビネガーが掛かった前菜を食べる。
「二人は今、パリだな」
マティアスが香澄の話をしてくれたので、麻衣は頷いて親友を心配する。
「嫌な事を忘れて、観光を楽しめていたらいいんだけど」
結局、香澄の身に何が起こったのか詳しく聞かされていないので、心配したくても漠然とした不安しか抱けない。
誰よりも大切な親友を思い浮かべた麻衣は、香澄が悲しんでいる姿を想像して胸を痛める。
(……駄目だ。香澄の事は心配したいけど、あとできちんと心配しよう。せっかくマティアスさんが高級フレンチをご馳走してくれているんだから、ちゃんと味わわないと)
香澄の事を考えると、レストランにいるのに泣いてしまいそうだ。
だから麻衣は努めて目の前の料理に集中し、目を閉じて牡蠣の濃厚でなめらかな食感を味わう。
「マイ」
けれど呼ばれて顔を上げると、優しく微笑んでいるマティアスと目が合った。
「大丈夫だ。すべてうまくいく」
その言葉を聞き、彼の笑顔を見ただけで胸の奥にのし掛かっていた感情が、フッと軽くなった。
香澄が抱えている事情も知らないし、マティアスが何をもって「大丈夫」と言っているのかも分からない。
けれど側に彼がいると思うだけで、いつの間にか前向きになれていた。
麻衣は潤んだ目をパチパチと瞬かせてから、クシャリと笑った。
「そうだね。きっと、皆幸せになれる。幸せになるために生きてるんだもん」
果てしない願いを口にした麻衣は、遠い空の下にいる親友を想った。
**
「んむ、んま……っ」
モンパルナスのクレープリーに入った香澄は、シードルをお供にガレットを食べていた。
沢山メニューがあったのでどのガレットにすべきか迷った彼女は、最終的に佑にお勧めを尋ねる事にした。
すると佑は「俺はシンプルに、ベーコンエッグガレットが好きかな」と言ったので、〝通〟に倣う事にした。
出てきたのは、少し焦げ目のついたカリカリベーコンに、ナイフを入れるとトロッと黄身が溢れる目玉焼きがのった、蕎麦粉の風味を楽しめるガレットだ。
それまでは〝お洒落な食べ物〟と思って少し敬遠してしまっていたが、いざ食べてみるとその魅力を身をもって味わえた。
(なるほど。これは白米とおかずの感覚だ)
食いしん坊なりの理屈をつけて納得した香澄は、モリモリと食べ進め、ペロッと完食する。
そのあとは、お待ちかねの甘いクレープだ。
「しょっぱいのと甘いののコンボ、最高!」
シードルを飲んで「ぷぁ」と息をついた香澄は、幸せいっぱいに言う。
「それは何よりだ」
ちなみにシードルは辛口と甘口があり、佑が「甘口のほうが飲みやすいと思うよ」と言ったので、それもその通りにした。
「香澄はいつも、カフェで甘い物を食べたあとに『ラーメン食べたい』って言ってたもんな」
クスクス笑われて恥ずかしいが、そこは譲れないポイントだ。
「どうして人は、甘いのとしょっぱいのが欲しくなるのか……」
真面目くさって言うと、佑が声もなく笑い崩れたので一緒になって笑った。
(考えるより、行動だな)
ホテルではあれだけ暗い気持ちに支配されていたのに、いざ外に出てデートをすると、気持ちがパッと変わった。
目に入る景色や耳に入る言葉でフランスにいるのだと実感し、佑といつものようにポンポンと会話をしていると、香澄の心を黒く塗りつぶしていた不安が、楽しさやワクワクに塗り替えられていった。
フェルナンドと一緒にいた時も、周りは外国人ばかりだった。
だからこそ孤立感を覚え、その気になれば英語を話せるのに、香澄は追い詰められて『もう終わりなんだ』と絶望を感じていた。
けれど同じように周囲に外国人がいて、香澄の分からないフランス語を話しているとしても、側に佑がいて松井や河野、護衛たちもいる状況ではまったく感覚が異なる。
(怖がらなくていいんだよ。〝外国人〟が皆、敵なんてあり得ない。怖い思いをしたから、過敏になっているだけ)
自分に言い聞かせた香澄は、クレープが運ばれてくるまで、ゆっくりと周囲を見た。
カフェの店内では、有名店なだけあり多国籍の人がいて、皆楽しそうにそれぞれの言語で話している。
その一人一人に悩みがあり、希望があり、毎日の生活がある。
けれど今は、彼らもささやかな癒しを求めてこの店に来ているのだと思うと、「私と同じだ」と思えた。
「……香澄、大丈夫かな」
ずっと思っていた事をポツンと呟いた麻衣は、ハッとして「ごめん」と謝る。
「今日はお祝いの日なのに」
「気持ちは分かるから謝らなくていい。俺はカスミを大切にするマイが好きだし、優しくて友達思いで、人を大切にできる人だから恋に落ちた」
「あ、ありがと」
マティアスがストレートに褒めてくるのはいつもの事だが、他の人がいる場所で言われると、つい人目を気にしてしまう。
(二人きりなら恥ずかしくても『受け止めよう』って思えるのに、他の人がいる前だと『あんなデブに?』って思われそうとか、被害妄想が出て駄目だな)
麻衣は内心で溜め息をつき、牡蠣にビネガーが掛かった前菜を食べる。
「二人は今、パリだな」
マティアスが香澄の話をしてくれたので、麻衣は頷いて親友を心配する。
「嫌な事を忘れて、観光を楽しめていたらいいんだけど」
結局、香澄の身に何が起こったのか詳しく聞かされていないので、心配したくても漠然とした不安しか抱けない。
誰よりも大切な親友を思い浮かべた麻衣は、香澄が悲しんでいる姿を想像して胸を痛める。
(……駄目だ。香澄の事は心配したいけど、あとできちんと心配しよう。せっかくマティアスさんが高級フレンチをご馳走してくれているんだから、ちゃんと味わわないと)
香澄の事を考えると、レストランにいるのに泣いてしまいそうだ。
だから麻衣は努めて目の前の料理に集中し、目を閉じて牡蠣の濃厚でなめらかな食感を味わう。
「マイ」
けれど呼ばれて顔を上げると、優しく微笑んでいるマティアスと目が合った。
「大丈夫だ。すべてうまくいく」
その言葉を聞き、彼の笑顔を見ただけで胸の奥にのし掛かっていた感情が、フッと軽くなった。
香澄が抱えている事情も知らないし、マティアスが何をもって「大丈夫」と言っているのかも分からない。
けれど側に彼がいると思うだけで、いつの間にか前向きになれていた。
麻衣は潤んだ目をパチパチと瞬かせてから、クシャリと笑った。
「そうだね。きっと、皆幸せになれる。幸せになるために生きてるんだもん」
果てしない願いを口にした麻衣は、遠い空の下にいる親友を想った。
**
「んむ、んま……っ」
モンパルナスのクレープリーに入った香澄は、シードルをお供にガレットを食べていた。
沢山メニューがあったのでどのガレットにすべきか迷った彼女は、最終的に佑にお勧めを尋ねる事にした。
すると佑は「俺はシンプルに、ベーコンエッグガレットが好きかな」と言ったので、〝通〟に倣う事にした。
出てきたのは、少し焦げ目のついたカリカリベーコンに、ナイフを入れるとトロッと黄身が溢れる目玉焼きがのった、蕎麦粉の風味を楽しめるガレットだ。
それまでは〝お洒落な食べ物〟と思って少し敬遠してしまっていたが、いざ食べてみるとその魅力を身をもって味わえた。
(なるほど。これは白米とおかずの感覚だ)
食いしん坊なりの理屈をつけて納得した香澄は、モリモリと食べ進め、ペロッと完食する。
そのあとは、お待ちかねの甘いクレープだ。
「しょっぱいのと甘いののコンボ、最高!」
シードルを飲んで「ぷぁ」と息をついた香澄は、幸せいっぱいに言う。
「それは何よりだ」
ちなみにシードルは辛口と甘口があり、佑が「甘口のほうが飲みやすいと思うよ」と言ったので、それもその通りにした。
「香澄はいつも、カフェで甘い物を食べたあとに『ラーメン食べたい』って言ってたもんな」
クスクス笑われて恥ずかしいが、そこは譲れないポイントだ。
「どうして人は、甘いのとしょっぱいのが欲しくなるのか……」
真面目くさって言うと、佑が声もなく笑い崩れたので一緒になって笑った。
(考えるより、行動だな)
ホテルではあれだけ暗い気持ちに支配されていたのに、いざ外に出てデートをすると、気持ちがパッと変わった。
目に入る景色や耳に入る言葉でフランスにいるのだと実感し、佑といつものようにポンポンと会話をしていると、香澄の心を黒く塗りつぶしていた不安が、楽しさやワクワクに塗り替えられていった。
フェルナンドと一緒にいた時も、周りは外国人ばかりだった。
だからこそ孤立感を覚え、その気になれば英語を話せるのに、香澄は追い詰められて『もう終わりなんだ』と絶望を感じていた。
けれど同じように周囲に外国人がいて、香澄の分からないフランス語を話しているとしても、側に佑がいて松井や河野、護衛たちもいる状況ではまったく感覚が異なる。
(怖がらなくていいんだよ。〝外国人〟が皆、敵なんてあり得ない。怖い思いをしたから、過敏になっているだけ)
自分に言い聞かせた香澄は、クレープが運ばれてくるまで、ゆっくりと周囲を見た。
カフェの店内では、有名店なだけあり多国籍の人がいて、皆楽しそうにそれぞれの言語で話している。
その一人一人に悩みがあり、希望があり、毎日の生活がある。
けれど今は、彼らもささやかな癒しを求めてこの店に来ているのだと思うと、「私と同じだ」と思えた。
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