上 下
1,420 / 1,548
第二十一部・フェルナンド 編

きっと、皆幸せになれる

しおりを挟む
 そのあとは手で摘まんで食べられる、一口のお楽しみから始まり、北海道の冬の食材を使ったフレンチが順番に出されていく。

「……香澄、大丈夫かな」

 ずっと思っていた事をポツンと呟いた麻衣は、ハッとして「ごめん」と謝る。

「今日はお祝いの日なのに」

「気持ちは分かるから謝らなくていい。俺はカスミを大切にするマイが好きだし、優しくて友達思いで、人を大切にできる人だから恋に落ちた」

「あ、ありがと」

 マティアスがストレートに褒めてくるのはいつもの事だが、他の人がいる場所で言われると、つい人目を気にしてしまう。

(二人きりなら恥ずかしくても『受け止めよう』って思えるのに、他の人がいる前だと『あんなデブに?』って思われそうとか、被害妄想が出て駄目だな)

 麻衣は内心で溜め息をつき、牡蠣にビネガーが掛かった前菜を食べる。

「二人は今、パリだな」

 マティアスが香澄の話をしてくれたので、麻衣は頷いて親友を心配する。

「嫌な事を忘れて、観光を楽しめていたらいいんだけど」

 結局、香澄の身に何が起こったのか詳しく聞かされていないので、心配したくても漠然とした不安しか抱けない。

 誰よりも大切な親友を思い浮かべた麻衣は、香澄が悲しんでいる姿を想像して胸を痛める。

(……駄目だ。香澄の事は心配したいけど、あとできちんと心配しよう。せっかくマティアスさんが高級フレンチをご馳走してくれているんだから、ちゃんと味わわないと)

 香澄の事を考えると、レストランにいるのに泣いてしまいそうだ。

 だから麻衣は努めて目の前の料理に集中し、目を閉じて牡蠣の濃厚でなめらかな食感を味わう。

「マイ」

 けれど呼ばれて顔を上げると、優しく微笑んでいるマティアスと目が合った。

「大丈夫だ。すべてうまくいく」

 その言葉を聞き、彼の笑顔を見ただけで胸の奥にのし掛かっていた感情が、フッと軽くなった。

 香澄が抱えている事情も知らないし、マティアスが何をもって「大丈夫」と言っているのかも分からない。

 けれど側に彼がいると思うだけで、いつの間にか前向きになれていた。

 麻衣は潤んだ目をパチパチと瞬かせてから、クシャリと笑った。

「そうだね。きっと、皆幸せになれる。幸せになるために生きてるんだもん」



 果てしない願いを口にした麻衣は、遠い空の下にいる親友を想った。



**



「んむ、んま……っ」

 モンパルナスのクレープリーに入った香澄は、シードルをお供にガレットを食べていた。

 沢山メニューがあったのでどのガレットにすべきか迷った彼女は、最終的に佑にお勧めを尋ねる事にした。

 すると佑は「俺はシンプルに、ベーコンエッグガレットが好きかな」と言ったので、〝通〟に倣う事にした。

 出てきたのは、少し焦げ目のついたカリカリベーコンに、ナイフを入れるとトロッと黄身が溢れる目玉焼きがのった、蕎麦粉の風味を楽しめるガレットだ。

 それまでは〝お洒落な食べ物〟と思って少し敬遠してしまっていたが、いざ食べてみるとその魅力を身をもって味わえた。

(なるほど。これは白米とおかずの感覚だ)

 食いしん坊なりの理屈をつけて納得した香澄は、モリモリと食べ進め、ペロッと完食する。

 そのあとは、お待ちかねの甘いクレープだ。

「しょっぱいのと甘いののコンボ、最高!」

 シードルを飲んで「ぷぁ」と息をついた香澄は、幸せいっぱいに言う。

「それは何よりだ」

 ちなみにシードルは辛口と甘口があり、佑が「甘口のほうが飲みやすいと思うよ」と言ったので、それもその通りにした。

「香澄はいつも、カフェで甘い物を食べたあとに『ラーメン食べたい』って言ってたもんな」

 クスクス笑われて恥ずかしいが、そこは譲れないポイントだ。

「どうして人は、甘いのとしょっぱいのが欲しくなるのか……」

 真面目くさって言うと、佑が声もなく笑い崩れたので一緒になって笑った。

(考えるより、行動だな)

 ホテルではあれだけ暗い気持ちに支配されていたのに、いざ外に出てデートをすると、気持ちがパッと変わった。

 目に入る景色や耳に入る言葉でフランスにいるのだと実感し、佑といつものようにポンポンと会話をしていると、香澄の心を黒く塗りつぶしていた不安が、楽しさやワクワクに塗り替えられていった。

 フェルナンドと一緒にいた時も、周りは外国人ばかりだった。

 だからこそ孤立感を覚え、その気になれば英語を話せるのに、香澄は追い詰められて『もう終わりなんだ』と絶望を感じていた。

 けれど同じように周囲に外国人がいて、香澄の分からないフランス語を話しているとしても、側に佑がいて松井や河野、護衛たちもいる状況ではまったく感覚が異なる。

(怖がらなくていいんだよ。〝外国人〟が皆、敵なんてあり得ない。怖い思いをしたから、過敏になっているだけ)

 自分に言い聞かせた香澄は、クレープが運ばれてくるまで、ゆっくりと周囲を見た。

 カフェの店内では、有名店なだけあり多国籍の人がいて、皆楽しそうにそれぞれの言語で話している。

 その一人一人に悩みがあり、希望があり、毎日の生活がある。

 けれど今は、彼らもささやかな癒しを求めてこの店に来ているのだと思うと、「私と同じだ」と思えた。
しおりを挟む
感想 555

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

処理中です...