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第二十一部・フェルナンド 編
お願い、〝綺麗〟でいさせて
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「香澄が思っている以上に、みんな香澄が好きだし大切にしてくれている。つらい目に遭えば自分の事のように怒るし、幸せそうにしていても自分の事のように喜んでくれる」
そこまで言い、佑は涙を流し、切なげに笑った。
「頼むから、傷付く事に慣れないでくれ。もっと自分の尊厳を大切にしてくれ」
「っ~~~~……っ」
泣いた彼にそう言われ、香澄も目頭を熱くし、涙を零した。
「香澄は優しくて芯が強くて、とても素晴らしい女性だ。なのに、そんなふうに、自分を〝下〟に位置づけなくていいんだ。君を犯した俺を殴っていいし、松井さんたちには『つらかったから、しばらく休ませてほしい』と言っていい。それは当然の権利だ」
その言葉を聞いて、香澄は彼が深く傷付いているのを知る。
(佑さんはまだ、エイデン・アーチボルドとして私を抱いた自分を許していない)
香澄は首を横に振る。
何度も何度も、彼が感じる罪を、首を横に振って否定した。
「違う……っ、佑さんは罪悪感を覚えなくていいの。……っ仕方なかったんだよ。仕方なかったの。……ああするしかなかったんだもん」
「――――だから、そうやって呑み込もうとしなくていいんだ。どうして怒らない? どうして許そうとする?」
床の上で跪いた佑は、涙を流し香澄の膝にすがりつく。
そして、くぐもった声で言った。
「香澄は聖女のようだ。優しくて、決して誰かを加害せず、憎まず、自分が踏みつけられても気高く微笑もうとする。誰かが傷付いていたら慰め、癒し、自分を傷つけた者であっても赦す。…………聖女みたいだよ」
「……ちがう……」
香澄は震える佑の肩に手を置き、首を横に振りながら、ポトポトと涙を零す。
佑はズッと洟を啜り、潤んだ目で香澄を見上げると、彼女の手を掴み、自身の頬をペチッと叩かせた。
「や……っ」
とっさに香澄は手を引くが、佑は許さない。
「俺には本音を見せてくれ。泣き叫んでいいんだ。恨んでいい。あいつを呪っていい。綺麗であろうとしなくていいんだ。俺の隣に立つに相応しい女性になりたい? 俺はそもそも完璧じゃない。あの男を八つ裂きにして、汚泥にぶちまけたいほどの憎しみを抱えている。……そして、何もできなかった自分に嫌気が差し、罵詈雑言を叫びたい気持ちに駆られている」
目の前にいる佑は、凄まじい負のエネルギーを抱えている。
フェルナンドへの憎しみ、香澄を傷つけた自分への怒り、嫌悪。
それらの強すぎる感情が、オーラとなって全身から迸っているかのようだ。
香澄は自分のために怒ってくれる佑を、涙を零して見つめた。
(それでも……)
香澄は泣きながら、不器用に笑う。
「心配してくれてありがとう。怒ってくれてありがとう」
そう言って彼女はクシャリと笑い、また新たな涙を零した。
「私ね、怒るのが苦手なの。……佑さんが言ったように、傷付く事に慣れているからだと思う。もう傷付きたくないから、嫌われないように色んな人にニコニコするの。優しくしたいし、『いい人だね』って言われたい。怒る時も、泣き叫ぶ時もあるよ。……でも、そうしたって願いは叶わないじゃない」
微笑みながら、香澄はポロポロと涙を零す。
「どれだけ〝今〟怒っても、傷付いた〝過去〟の自分は救われないの。私は傷つけられてもすぐ言い返せないし、男性の力でねじ伏せられたら敵わない。どうしようもない事だったの。私は心の奥底で、『すべての〝はじまり〟をなかった事にしたい』と願っている。……でも、無理でしょう? 幾ら佑さんでも時間は巻き戻せない。大学生時代、健二くんによって傷付けられた私を、誰も救えないの」
佑は香澄の言葉を聞き、歯を食いしばって涙を零す。
「私は〝傷付いて損なわれた自分〟を直視したくないの。『自分は可哀想な人』って思いたくない。可哀想な人だと認めたら、二度と立ち直れなくなりそうだから。今さら私を傷つけた大勢の人に何を言っても戻らないの。泣いても、怒っても、もう遅いの」
香澄はグスッ、グスッと洟を啜り、それでも懸命に笑った。
「私は人を憎みたくない。心の奥底ではドロドロとした感情を抱いているからこそ、表向きでは憎しみや怒りを抱きたくないの。少しでも笑って、誰かに優しくして『私は可哀想な人じゃない、幸せな人』だと思い込みたいの」
透明な涙を流して笑う香澄の笑顔は、あまりに儚かった。
「……お願い。〝綺麗〟でいさせて。もっと純粋な人はいるから、私は全然〝綺麗〟じゃないけど、それでも善人である努力はしていたいの。ドロドロした感情は、大人だから自分で制御するし、つらい時はちゃんと言う。……だから佑さんは、美味しい物を食べさせて、デートに連れてって」
香澄の〝おねだり〟を聞いて、佑は新たな涙を流しながら切なく笑った。
「……分かった。ごめん」
了承した彼は、香澄の両手を握り、その甲に順番に口づける。
そこまで言い、佑は涙を流し、切なげに笑った。
「頼むから、傷付く事に慣れないでくれ。もっと自分の尊厳を大切にしてくれ」
「っ~~~~……っ」
泣いた彼にそう言われ、香澄も目頭を熱くし、涙を零した。
「香澄は優しくて芯が強くて、とても素晴らしい女性だ。なのに、そんなふうに、自分を〝下〟に位置づけなくていいんだ。君を犯した俺を殴っていいし、松井さんたちには『つらかったから、しばらく休ませてほしい』と言っていい。それは当然の権利だ」
その言葉を聞いて、香澄は彼が深く傷付いているのを知る。
(佑さんはまだ、エイデン・アーチボルドとして私を抱いた自分を許していない)
香澄は首を横に振る。
何度も何度も、彼が感じる罪を、首を横に振って否定した。
「違う……っ、佑さんは罪悪感を覚えなくていいの。……っ仕方なかったんだよ。仕方なかったの。……ああするしかなかったんだもん」
「――――だから、そうやって呑み込もうとしなくていいんだ。どうして怒らない? どうして許そうとする?」
床の上で跪いた佑は、涙を流し香澄の膝にすがりつく。
そして、くぐもった声で言った。
「香澄は聖女のようだ。優しくて、決して誰かを加害せず、憎まず、自分が踏みつけられても気高く微笑もうとする。誰かが傷付いていたら慰め、癒し、自分を傷つけた者であっても赦す。…………聖女みたいだよ」
「……ちがう……」
香澄は震える佑の肩に手を置き、首を横に振りながら、ポトポトと涙を零す。
佑はズッと洟を啜り、潤んだ目で香澄を見上げると、彼女の手を掴み、自身の頬をペチッと叩かせた。
「や……っ」
とっさに香澄は手を引くが、佑は許さない。
「俺には本音を見せてくれ。泣き叫んでいいんだ。恨んでいい。あいつを呪っていい。綺麗であろうとしなくていいんだ。俺の隣に立つに相応しい女性になりたい? 俺はそもそも完璧じゃない。あの男を八つ裂きにして、汚泥にぶちまけたいほどの憎しみを抱えている。……そして、何もできなかった自分に嫌気が差し、罵詈雑言を叫びたい気持ちに駆られている」
目の前にいる佑は、凄まじい負のエネルギーを抱えている。
フェルナンドへの憎しみ、香澄を傷つけた自分への怒り、嫌悪。
それらの強すぎる感情が、オーラとなって全身から迸っているかのようだ。
香澄は自分のために怒ってくれる佑を、涙を零して見つめた。
(それでも……)
香澄は泣きながら、不器用に笑う。
「心配してくれてありがとう。怒ってくれてありがとう」
そう言って彼女はクシャリと笑い、また新たな涙を零した。
「私ね、怒るのが苦手なの。……佑さんが言ったように、傷付く事に慣れているからだと思う。もう傷付きたくないから、嫌われないように色んな人にニコニコするの。優しくしたいし、『いい人だね』って言われたい。怒る時も、泣き叫ぶ時もあるよ。……でも、そうしたって願いは叶わないじゃない」
微笑みながら、香澄はポロポロと涙を零す。
「どれだけ〝今〟怒っても、傷付いた〝過去〟の自分は救われないの。私は傷つけられてもすぐ言い返せないし、男性の力でねじ伏せられたら敵わない。どうしようもない事だったの。私は心の奥底で、『すべての〝はじまり〟をなかった事にしたい』と願っている。……でも、無理でしょう? 幾ら佑さんでも時間は巻き戻せない。大学生時代、健二くんによって傷付けられた私を、誰も救えないの」
佑は香澄の言葉を聞き、歯を食いしばって涙を零す。
「私は〝傷付いて損なわれた自分〟を直視したくないの。『自分は可哀想な人』って思いたくない。可哀想な人だと認めたら、二度と立ち直れなくなりそうだから。今さら私を傷つけた大勢の人に何を言っても戻らないの。泣いても、怒っても、もう遅いの」
香澄はグスッ、グスッと洟を啜り、それでも懸命に笑った。
「私は人を憎みたくない。心の奥底ではドロドロとした感情を抱いているからこそ、表向きでは憎しみや怒りを抱きたくないの。少しでも笑って、誰かに優しくして『私は可哀想な人じゃない、幸せな人』だと思い込みたいの」
透明な涙を流して笑う香澄の笑顔は、あまりに儚かった。
「……お願い。〝綺麗〟でいさせて。もっと純粋な人はいるから、私は全然〝綺麗〟じゃないけど、それでも善人である努力はしていたいの。ドロドロした感情は、大人だから自分で制御するし、つらい時はちゃんと言う。……だから佑さんは、美味しい物を食べさせて、デートに連れてって」
香澄の〝おねだり〟を聞いて、佑は新たな涙を流しながら切なく笑った。
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了承した彼は、香澄の両手を握り、その甲に順番に口づける。
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