1,411 / 1,549
第二十一部・フェルナンド 編
香澄の〝はじまり〟
しおりを挟む
脳裏をまずよぎったのは、凄まじい怒気を発したフェルナンドの顔だ。
続いて、何回も容赦なく打たれた痛みや、知らない場所に連れて行かれる恐怖が蘇る。
それらを思い出した瞬間、香澄はブルッと体を震わせて、とっさに佑にしがみついた。
佑はすぐに香澄の気持ちを察し、ギュッと抱き締める。
「大丈夫だ。香澄はもう、安全なところにいる」
「……うん……」
トントンと背中を叩かれた香澄はゆっくり深呼吸し、助けを求めるように佑を見上げ、もの言いたげに口を開いた。
――キスして。
香澄の望みを察した佑は、顔を傾けてキスをしてくる。
「ん……」
ちゅ、ちゅ、と優しく唇をついばまれていくうちに、気持ちが落ち着いていく。
(佑さんの匂い……)
抱き締められていると、彼のしっかりとした筋肉質な体を全身で感じられる。
大きくがっしりとした体に密着していると、守られていると思えて安心した。
唇を離したあと、香澄はもっと佑を確認したいと思い、彼の顔をジッと見る。
「ん?」
微笑んだ彼は、相変わらず震えがくるほどの美形だ。
美しいヘーゼルの目は、どれぐらい見つめても決して飽きない。
(……もう、あの青い目じゃないんだ)
エイデン・アーチボルドのブルーアイを思いだし、香澄はギュッと目を閉じる。
〝あれ〟から半日、飛行機の中で美味しいお粥を食べたのは覚えているが、一回寝たからか記憶が曖昧になっていて、どこから現実でどこまで夢なのか判別がついていない。
「……私、もうロサンゼルスにいない?」
尋ねると、佑が優しく答える。
「いないよ。香澄は今、フランスのパリにいる。香澄が望むならパリパリのクロワッサンでも、焼きたてのガレットでもクレープでも、パリグルメを何でも食べられるよ。今時期はニースのカーニヴァルがあるし、マントンのレモン祭り、その近くのマンドリュー・ラ・ナプールでミモザの祭りが開かれている。行こうと思ったら行けるけど、どう?」
ニース以外の地名は分からないが、近くというなら地中海に面した土地なのだろう。
パリはフランスの北部にあるし、地中海に行くには遠い。
彼が気を遣ってくれたのは分かったが、仕事でパリに来たのだから我が儘は言えない。
本場のグルメをまた食べられるだけで、万々歳だ。
「……んふ。お腹空いた。お祭りはいいよ」
微笑んだ香澄は小さく溜め息をつき、もう一度佑に抱きつく。
「……今って、何月何日?」
「二月十六日」
答えを聞いて、香澄はまた溜め息をついた。
最後に東京にいたのは一月三十日で、それから色んな人に迷惑を掛けと思い、もう一度長く深く息を吐く。
「……松井さんや、他の皆さんは?」
「同じホテルにいるよ。彼らの事は気にしなくていい」
「でも……」
松井と河野にはちゃんと謝らないといけないし、久住と佐野はバルセロナ以上に責任を感じているはずだ。
香澄は何か言いたげに口を開いたが、彼女の頬を佑が両手でギュッと包んでくる。
「むっ」
そして、しっかり彼女を見つめて言った。
「いいか? 香澄は被害者だ。松井さんだって河野だって、他の皆も、どうしようもない事だったと分かってる。香澄は彼らを、被害者に鞭打つ人だと思うか?」
尋ねられ、香澄はフルフルと首を横に振る。
「もっと周りの人を信じていいよ。香澄は沢山傷付きすぎて、人を信じられなくなっている」
「そんな……」
否定しようとしたが、悲しく微笑んだ佑は首を左右に振った。
「『この人なら怒らないだろう』という信頼ができていないんだ。どんな事が起こっても、香澄は『自分が全部悪い』と思ってしまう」
言われて、その通りだと思った香澄はゆっくり体の力を抜いた。
佑はそんな彼女をスツールに座らせ、目の前にしゃがむ。
「世の中の人は、香澄が思っている以上に優しいよ。嫌な事があった時、人は本能で同じ過ちを繰り返さないように、ネガティブな感情を恐怖やトラウマとして心に残してしまう」
それを聞いて脳裏に浮かんだのは、飯山や真奈美、フェルナンドの顔だ。
エミリアについては、直接酷い事を言われた記憶がないので何とも言えない。
「香澄の〝はじまり〟は、原西に傷つけられた事だ。何をされても怒りをぶつけられず、『自分さえ我慢すればいい』と思ってしまっただろう? それが今の香澄を形成してしまっている。『皆自分を馬鹿にするかもしれない、傷つけるかもしれない』と決めつけ、すべて自分が悪い事にしてコミュニケーションを諦めてしまうのは、悲しい事だよ」
「…………っ」
心の奥底にある傷に触れられ、香澄はジワッと涙を滲ませる。
続いて、何回も容赦なく打たれた痛みや、知らない場所に連れて行かれる恐怖が蘇る。
それらを思い出した瞬間、香澄はブルッと体を震わせて、とっさに佑にしがみついた。
佑はすぐに香澄の気持ちを察し、ギュッと抱き締める。
「大丈夫だ。香澄はもう、安全なところにいる」
「……うん……」
トントンと背中を叩かれた香澄はゆっくり深呼吸し、助けを求めるように佑を見上げ、もの言いたげに口を開いた。
――キスして。
香澄の望みを察した佑は、顔を傾けてキスをしてくる。
「ん……」
ちゅ、ちゅ、と優しく唇をついばまれていくうちに、気持ちが落ち着いていく。
(佑さんの匂い……)
抱き締められていると、彼のしっかりとした筋肉質な体を全身で感じられる。
大きくがっしりとした体に密着していると、守られていると思えて安心した。
唇を離したあと、香澄はもっと佑を確認したいと思い、彼の顔をジッと見る。
「ん?」
微笑んだ彼は、相変わらず震えがくるほどの美形だ。
美しいヘーゼルの目は、どれぐらい見つめても決して飽きない。
(……もう、あの青い目じゃないんだ)
エイデン・アーチボルドのブルーアイを思いだし、香澄はギュッと目を閉じる。
〝あれ〟から半日、飛行機の中で美味しいお粥を食べたのは覚えているが、一回寝たからか記憶が曖昧になっていて、どこから現実でどこまで夢なのか判別がついていない。
「……私、もうロサンゼルスにいない?」
尋ねると、佑が優しく答える。
「いないよ。香澄は今、フランスのパリにいる。香澄が望むならパリパリのクロワッサンでも、焼きたてのガレットでもクレープでも、パリグルメを何でも食べられるよ。今時期はニースのカーニヴァルがあるし、マントンのレモン祭り、その近くのマンドリュー・ラ・ナプールでミモザの祭りが開かれている。行こうと思ったら行けるけど、どう?」
ニース以外の地名は分からないが、近くというなら地中海に面した土地なのだろう。
パリはフランスの北部にあるし、地中海に行くには遠い。
彼が気を遣ってくれたのは分かったが、仕事でパリに来たのだから我が儘は言えない。
本場のグルメをまた食べられるだけで、万々歳だ。
「……んふ。お腹空いた。お祭りはいいよ」
微笑んだ香澄は小さく溜め息をつき、もう一度佑に抱きつく。
「……今って、何月何日?」
「二月十六日」
答えを聞いて、香澄はまた溜め息をついた。
最後に東京にいたのは一月三十日で、それから色んな人に迷惑を掛けと思い、もう一度長く深く息を吐く。
「……松井さんや、他の皆さんは?」
「同じホテルにいるよ。彼らの事は気にしなくていい」
「でも……」
松井と河野にはちゃんと謝らないといけないし、久住と佐野はバルセロナ以上に責任を感じているはずだ。
香澄は何か言いたげに口を開いたが、彼女の頬を佑が両手でギュッと包んでくる。
「むっ」
そして、しっかり彼女を見つめて言った。
「いいか? 香澄は被害者だ。松井さんだって河野だって、他の皆も、どうしようもない事だったと分かってる。香澄は彼らを、被害者に鞭打つ人だと思うか?」
尋ねられ、香澄はフルフルと首を横に振る。
「もっと周りの人を信じていいよ。香澄は沢山傷付きすぎて、人を信じられなくなっている」
「そんな……」
否定しようとしたが、悲しく微笑んだ佑は首を左右に振った。
「『この人なら怒らないだろう』という信頼ができていないんだ。どんな事が起こっても、香澄は『自分が全部悪い』と思ってしまう」
言われて、その通りだと思った香澄はゆっくり体の力を抜いた。
佑はそんな彼女をスツールに座らせ、目の前にしゃがむ。
「世の中の人は、香澄が思っている以上に優しいよ。嫌な事があった時、人は本能で同じ過ちを繰り返さないように、ネガティブな感情を恐怖やトラウマとして心に残してしまう」
それを聞いて脳裏に浮かんだのは、飯山や真奈美、フェルナンドの顔だ。
エミリアについては、直接酷い事を言われた記憶がないので何とも言えない。
「香澄の〝はじまり〟は、原西に傷つけられた事だ。何をされても怒りをぶつけられず、『自分さえ我慢すればいい』と思ってしまっただろう? それが今の香澄を形成してしまっている。『皆自分を馬鹿にするかもしれない、傷つけるかもしれない』と決めつけ、すべて自分が悪い事にしてコミュニケーションを諦めてしまうのは、悲しい事だよ」
「…………っ」
心の奥底にある傷に触れられ、香澄はジワッと涙を滲ませる。
12
お気に入りに追加
2,546
あなたにおすすめの小説
『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!
臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。
やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。
他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。
(他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる