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第二十一部・フェルナンド 編

我慢するしかないか

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「……本当はマイに言うか言わないか、とても迷った」

 マティアスは溜め息をつき、静かに言う。

「話せばマイは悩み、動揺してしまう。しかしカスミに会った時、事情を知った上で受け止めたほうがいいのかもしれないと判断した」

 どんな時も冷静さを欠かない彼の判断を知り、少し気持ちが落ち着く。

「……そうだね。私、香澄がつらい目に遭ったっていうのに、何も知らずにいるのはやだ。香澄は何かあっても平気なふりをする。以前のドイツ関係の事だって、リアルタイムでは教えてもらえず、事後報告になった。……私は香澄が一番つらい時に寄り添ってあげたい」

 動揺したものの、麻衣の中の軸はブレていない。

 何よりマティアスが側にいてくれ、話し相手になってくれるから余計に気持ちを整理できる。

 麻衣は溜め息をついたあと、鶏肉に竹串を刺して火の通り加減を確認し、慎重に菜箸で肉を油から取りだす。

 片栗粉をまぶしておいたもう一枚をフライパンに入れたあと、揚がった肉を熱いうちに一口大に切り、レタスを敷き詰めた皿に肉をのせてタレをかけた。

「マイがつらい時は、俺が側にいる」

 マティアスに言われ、麻衣は照れくさそうに微笑む。

 以前なら彼のストレートな言葉を聞いたら「キザ!」と照れて怒っていただろう。

 けれど彼のテンポに慣れた今は「頼もしいな」と嬉しく思えている。

(私も成長したな)

 そんな事を思いながら、麻衣はシュワシュワと音を立てている肉を見守り溜め息をつく。

「香澄に電話してみようかな」

「それは少しタイミングを見たほうがいいかもしれない」

 だがマティアスに言われ、彼を見た。

「どうして?」

「かなり切羽詰まっていて、余裕がない状態らしい。マイが連絡をしても心配させたくないと誤魔化すだろう。今はカイが側にいて対策を講じている。後手に回るのは歯がゆいかもしれないが、落ち着いた頃にカスミから話すのを待つほうがいいと思う」

「…………確かに……」

 香澄は人を心配させる事を極端に嫌がる。

 結局、すべて自分で背負ってパンクしてしまう事もあり、「それなら『つらい』って言えばいいのに」と歯がゆく思っている。

 けれど長年の付き合いで、香澄は何かがあった時にすぐ反応できない人だとも分かっている。

 嫌な事をされたとか、モヤッとする事を言われた時も、その場で言い返せず、あとからジワジワ思いだして悩んでしまうタイプだ。

 香澄が今、渦中にいるのだとしたら、自分に教えてくれるのはもう少しあとになるだろう。

 マティアスは、香澄の身の上に何があったと具体的に話していない。

 教えてもらったとしても、自分の性格なら大人しく黙っていられない気がする。

 佑とマティアスが警戒するぐらいだから、とても危険な状態なのは察する。

 会社の人に嫌がらせをされた程度なら話を聞けるが、へたをすれば香澄も佑も、自分たちも危険な目に遭うかもしれないなら、やはりタイミングを見るべきだ。

「……気になるけど、……我慢するしかないか」

 麻衣は溜め息をつき、肉の様子を見てからポケットに入れていたスマホを出す。

 コネクターナウを開いて香澄とのトークルームを開いても、新しいメッセージはない。
『最近どう?』と様子を窺うメッセージを送ろうと思ったが、無理に平気なふりをさせるのも本意ではないのでやめておいた。

「カイと何を話したか、詳細は言わないでおく。気にするだけさせておいてすまない。だがマイが予想しているように危険が伴う事だから、カイから解決したと連絡を受けるまで待っていてほしい。不安だろうが俺が側にいる」

「うん」

「それまで、結婚式について具体的に考えていこう。俺が思うに、引っ越ししてから式を挙げるより、札幌で挙式するほうがマイの友人を呼べるからいいと思う」

「確かにそうだね。でもマティアスさんの関係者は、札幌まで来るの大変じゃない?」

「俺は友人が少ないし、友人は旅行が苦ではない人だから大丈夫だ」

「そっか」

 ハッキリと友達が少ないと言われ、どう反応したらいいか分からないまま頷いておく。

 マティアスは麻衣の微妙な反応を見て付け加えた。

「学生時代に飲みやBBQに誘われる事はあった。だが俺は常にエミリアの世話を焼いていたから、友人の誘いを二の次にせざるを得なかった。疎遠になったとも言いがたいし、声を掛ければ互いに応じる。だが結婚式のために日本までくる奴は限られていると思う」

「……そっか」

 こんなところまでエミリアの存在が影を落としていると思わず、麻衣は静かに溜め息をつく。
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