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第二十一部・フェルナンド 編

おやすみなさい

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「久しぶりに飲むと美味しいね」

「確かに。たまにジュースを飲むと『美味いな』って感じる」

 佑がベッドに座ったあと、二人はたわいのない話をして笑い合う。

 飲み物を飲んだあと、香澄はベッドサイドにあるドリンクホルダーにペットボトルを置き、体温計を腋に挟んだ。

 待っている間、佑はシーツの上で香澄の手を握ってくる。

「大丈夫か?」

 主語のない問いかけだったが、彼も明確に〝何か〟を指しているのではないだろう。

 香澄を心配する理由は沢山あるし、一つ一つを言葉にすればキリがない。

「……だいじょ」

「違う。間違えた」

「大丈夫」と答える前に、佑は自分の言葉を打ち消す。

「こう尋ねたら香澄がどう答えるか分かっていたはずだ。香澄はどんな状況にあっても、俺を失望させないように頑張ってしまう」

 彼は悲しげに笑い、香澄の頭を撫でると額にキスをした。

 自分を理解してくれている言葉だが、彼に負担を与えているように感じてしまう。

(……駄目だ。何でもネガティブに捉えてしまっている。こういう時は寝ないと)

 その時、ピピピッと電子音が鳴った。

「見せて」

「ん」

 体温計を佑に渡す前、自分で見てみると三十八度六分あった。

(うわ……)

 これだけ高熱だったのに、気づかなかったのは逆に凄い。

 佑は体温計を見て目を細め、小さく息を吐くと香澄の背中を支えて寝かせた。

「関節は痛い? 咳やくしゃみは出る?」

「ううん。熱いだけ」

「……なら、いつかの俺みたいに、ストレスによる熱かな」

「そっか……」

「氷枕とか持ってくるから、少し待ってて。寝ててもいいから」

「うん」

 佑はクローゼットからルームウェアのズボンを出し、「穿いておいて」と言う。

 彼がまた寝室を出ていったあと、香澄はモソモソとルームウェアを着て、仰向けになると溜め息をついた。

 色々な事を考えないといけないのに、考えが纏まらない。

(今は駄目。寝るの)

 自分に言い聞かせ、なるべく何も考えないように努める。

 やがて佑が戻ってきて、保冷剤をタオルで巻いて額に置き、腋にも挟んでくれた。

「よく眠れるように、アイマスクと耳栓もする?」

「ん……、耳栓だけしておく」

「分かった」

 佑はベッドサイドの引き出しから新品の耳栓を出し、手渡してくる。

 香澄はスポンジでできたそれを細くこより、耳に入れた。

 耳栓の中には特殊な形をした物があるが、スポンジ型の物が一番耳にフィットするので香澄はそれを愛用していた。

「……佑さん、手繋いでて」

「ん」

 ガウンを脱いだ彼は、Tシャツとスウェットズボンを穿いてベッドの中に潜り込む。

 彼のぬくもりを側に感じ、手を握っていてもらうと、だんだん気持ちが落ち着いてきた。

「おやすみなさい、佑さん」

 呟いた声は飛行機のエンジン音の中に紛れる。

 彼の返事は聞こえなかったが、繋いでいる手に微かに力が籠もった。



**



 場所は札幌に移り、時は香澄が行方不明になったとマティアスに知らされたあと。

 麻衣は自宅のキッチンに立って油淋鶏を作っていた。

 先にネギやにんにくを刻み、タレを作って少ししんなりするまで浸けておく。

 その間に副菜になる肉じゃがを作り、味を染みこませている間に鶏もも肉を観音開きにして、下味をつけておく。

 麻衣自身モリモリ食べるし、マティアスも肉は好きらしいので、もも肉は二枚だ。

 マティアスも手伝うと言ってくれて、彼はすり鉢で黒ごまをすっている。

 麻衣はごま和えにするほうれん草を茹でながら、考え事をしていた。

(将来的にビザが必要とは言っていたけど、配偶者ビザ……?)

 この間突然マティアスに「配偶者ビザを取得したい」と言われ、「とりあえず待って」と反射的に言ってしまった。
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