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第二十一部・フェルナンド 編

あげまんになろう

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「さっきは、上書きするためにエッチしたいって思ったけど、お喋りしたら少しずつ落ち着いてきた。……あと、香りの力って凄いね。いつもテンション上げるためにコロンを変えたり、新しく足してつけたりしてるけど、お気に入りの匂いって元気をくれる」

 そう言うと、佑は微笑んで頷いた。

「ん、なるべく香澄の〝日常〟を持って迎えようと思った。基礎化粧品も、コスメも、香りも、サプリも」

「んふふ。準備万端だね」

 佑の言う通り、〝日常〟があれば早く落ち着ける。

 たとえ慣れない海外ホテルのスイートルームにいても、いつものルームウェアを着て、お気に入りの音楽を聴き電子書籍を読める状態で、日本にいる家族や麻衣と連絡を取れていれば、必要以上に寂しさを味わわずに済む。

「……私のスマホ、フェルナンドさんに取り上げられたまま……だよね。解約しないと。せっかく誕生日に最新機種をプレゼントしてくれたばかりなのに、ごめんなさい」

 しょんぼりして言うと、佑は香澄の髪を優しく撫でた。

「あぁ、それについてだけど、勝手ながら二台とも使えないようにしておいた」

「本当? ありがとう」

 さすがやる事が早いと、香澄は驚きつつも佑の行動を称賛する。

「あと、使えるようにしてある新しいスマホを持ってきてるよ。これからはそれを使って。色は香澄の好きなピンクゴールドにしておいた」

「え、えぇ……。あ、ありがとう。す、凄い……」

 痒い所に手が届くとは、まさにこの事だ。

「データもちゃんとバックアップしてある。ご家族や麻衣さんともすぐに連絡が取れるよ」

「そ、そこまで? い、いつの間に……」

 佑は微笑んで話していたが、少し目を逸らして言う。

「……怒られるかもしれないが、前にスマホをプレゼントしようと思った時、ちょっと香澄のスマホを拝借して、データをバックアップしておいたんだ。パスワードは……、その、前に教えてくれたから、諸々……。……ごめん」

 一歩間違えると犯罪になりかねないが、香澄は笑って許した。

「佑さんらしい。最終的にとても助かってるから、文句はありません。逆にありがとう。大切な人にすぐ連絡できる状況って、何にも代えがたいから」

「……良かった」

 自分のした事がかなりスレスレだった自覚はあったのか、佑は胸を撫で下ろす。

「結婚するんだし、佑さんにならパスワードとか知られても問題ないよ」

 すると佑は安堵しつつも嬉しそうにし、ほんの少しだけ困った表情で笑った。

「俺だけ、な。他の人にはもっと慎重になって」

「うん」

 その時もう一度サインが鳴り、エンジンの音がいっそう大きくなる。

 自然と無言になった二人は、黙って手を握り合う。

 やがて飛行機が加速して後ろ向きのGが掛かり、タイヤが滑走路を離れてフワッと機体が浮き上がるのが分かった。

 何度飛行機に乗っても、離陸と着陸はドキドキする。

 しばらくして高度が安定し、サインが鳴ってシートベルトのマークが消えた。

「少し、待ってて」

 そう言った佑はベッドから下り、クローゼットからリラックスパンツを出して穿くと、Tシャツを被りベッドルームから出ていった。

 香澄はシートベルトを外し、またモソモソと横になって羽根布団を被る。

 話す相手がいなくなると思考が内向きになり、誘拐されてからの事がグルグルと巡ってしまう。

 なんとかして自分の身に降りかかった不幸に〝結論〟をつけようとするが、うまくいかなかった。

「幸運ばかり続いたら、いつか悪い事も起こる」

 香澄はポツリと呟き、溜め息をつく。

(不幸な出来事に蹂躙されっぱなしじゃない。いつだって幸せになりたいと足掻いてるつもり。でも、人生が常にイージーモードじゃない事ぐらい分かってる)

 自分に言い聞かせ、うん、と頷く。

 少しスピリチュアルな、運勢の話はよく分からない。

 だが佑のような成功者の運が、一般人のそれと同じとは思わない。

 富裕層の女性を母に持ったところから、佑の強運は始まっている。

 きっと目に見えない大きな力が、佑の周りでゴウゴウと渦巻いているのだろう。

 一般人とは比べものにならない強運があり、同時に外した時は物凄い額の金が飛び、それ以上の不幸が訪れる可能性もある。

(……でも、一緒にいるって決めた。何があっても覚悟は決めてる)

 一緒にいると男性の運気を上げる女性を〝あげまん〟というし、世の中には運にまつわる不思議な事柄が沢山あるのだろう。

「……よし、佑さんのあげまんになろう」

 呟いてぼんやりと頭に浮かんだのは、札幌近郊の中山峠で打っているあげいもだ。

(……お腹空いた……)

 安全な所で落ち着いたからか、ようやく空腹を感じた。

 思えばクルーズ船で再びフェルナンドに掴まって以来、ストレスでろくに食べられていなかった。

 それを裏付けるようにクゥゥ……とお腹が鳴り、香澄はモソモソと体を丸める。

 ――と、佑が戻ってきて、布団越しにポンとお尻を叩かれた。
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