上 下
1,387 / 1,549
第二十一部・フェルナンド 編

できる事があるなら、何でもしてあげたい ☆

しおりを挟む
 しかしマティアスの事件があった時、彼が『殴ってくれ』と言ったのを聞いて『殴られて自分が楽になりたいだけだろう』と思ったのは強く覚えている。

 今の自分は、あの時のマティアスと同じだ。

 分かりやすい痛みという罰を受け、早く楽になりたがっている。

 香澄が受けた心の痛みは、そんなものとは比べものにならないのに。

(ごめんな……)

 彼女は今、佑には想像できない不安と恐怖と戦っている。

 必死に落ち着きを取り戻そうとし、愛する人のぬくもりに縋って必死に安堵を得ようとしている。

 できる事があるなら、何でもしてあげたい。

 香澄は〝失敗〟をし、周囲の者に迷惑を掛けて怒られないか不安がっているのも分かる。

 そんなものどうでもいいし、とにかく全身全霊で「大丈夫だ」と伝えたい。

 佑自身、寿命が縮まりそうなほど心配して、激しく彼女を抱き潰したいほどの激情に駆られている。

 だが、その熱情をぶつければ、きっと今の香澄は潰れてしまう。

 だから佑は彼女が求める事を一つずつ丁寧に叶え、「もう安心していいよ」とゆっくり伝えようとしていた。





「……はむなんへ、やらよ(噛むなんて、やだよ)」

 香澄は一生懸命歯を浮かせ、佑の指を噛まないよう努力する。

「いいから。遠慮しないで」

 そう言った佑は、香澄の感じる場所を指で擦った。

「ん……っ」

 香澄はピクッと体を震わせ、上ずった声をだす。

 本能的にお腹の奥を疼かせるが、これを「気持ちいい」と思っていいのか分からず、心も体も混乱している。

(これは佑さんの指。さっきも佑さんだった。だから、いいの)

 香澄は必死に自分に言い聞かせ、佑の指を咥えたまま、フスフスと鼻で呼吸する。

 今はもう安全な場所にいるのに、心のキャパシティが一杯になって目が潤んだ。

「……つらい?」

 佑に優しく問いかけられ、香澄は彼の指を咥えたまま首を横に振る。

「んん!」

 その顔があまりに必死そうだったからか、佑は彼女を安心させるように微笑んできた。

「この辺にしておこう。取りあえず掻きだせたと思う」

 口から佑の指が抜かれたかと思うと、唇にキスが与えられる。

「だ……っ、大丈夫だよ? できるよ?」

 香澄は必死に訴えたが、佑にギュッと抱き締められ、大きな手で背中をトントンと叩かれる。

 そして佑は、彼女を落ち着かせるような声音で囁いた。

「今すぐ焦ってセックスしなくてもいいんだ。シャワーを浴びて体を温めて、リラックスできたら、ベッドでゆっくりイチャイチャしよう」

 香澄は佑に嵐のように押し流され、抱かれたいと望んでいた。

 だがそれは、今まで不安だった気持ちをセックスの熱でごまかし、何も考えなくしたいという願いに他ならない。

 佑の意図を理解したあと、香澄は少し呼吸を乱したまま、ドッドッドッドッ……と自分の鼓動が鳴っているのを聞く。

(『どうでもいいから抱いてほしい』なんて、佑さんも嫌なのかも。さっきあんな状態だったし、佑さんだって私を傷つけていないか気にしてる)

 どうにもならない焦燥感に駆られていたのを自覚した香澄は、佑にしがみつき深呼吸をした。

「今、どうしたい?」

 佑に優しく尋ねられ、香澄は混乱した頭で必死に考える。

 けれど、考えは纏まらなかった。

 まるで頭の中で黒い毛糸がグチャグチャに絡んでいるようだ。

 あちこちできつく結ばれたそれは、ちょっとやそっとではほどけない。

 だから、思った事を言った。

「……分かんない。……ただ、佑さんの側にいたい。よしよしされて、甘やかされたい」

 香澄は本能ともいえる望みを口にし、素直に甘えた。

「うん、そうしよう」

 子供のような事を言っても、佑は笑わず受け入れてくれ、香澄はホッと安心する。

 そのあと、まるで白金台の家にいるように、佑が丁寧に体と髪を洗ってくれた。

 彼も自分の体を洗い、あの香水の香りをしっかり消し去った。
しおりを挟む
感想 556

あなたにおすすめの小説

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

処理中です...