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第二十一部・フェルナンド 編
私のヒーロー
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ホテルの玄関を抜けると、目の前に黒塗りの高級車が停まっている。
外国人男性がドアを開き、エイデンと香澄が乗ったのを確認してから車が発進した。
(にげ……ないと……)
後部座席に座らされた香澄は、走行中の車のドアノブに手を掛けた。
エイデンはポケットからスマホを取りだしてどこかに連絡をしようとしていたが、香澄の行動を見てギョッとし、彼女の体を抱き寄せた。
「香澄! 駄目だ!」
とても良く馴染んだ声の日本語で窘められ、白く濁っていた香澄の意識が急激にクリアになる。
「…………ぇ…………?」
香澄はノロノロとエイデンを見る。
今聞いた彼の声は、あの耳障りな高い声ではなく、低く艶のある、とても心地いい声だ。
「……っくそ、蒸れる……っ」
エイデンは日本語で毒づき、ネクタイを緩め、シャツのボタンを外すと、首元に両手を掛けた。
そして、――べろんっ、とエイデンの頭部が剥けた。
「………………は…………?」
呆気にとられている香澄の目の前に現れたのは、大量の汗で髪を顔に貼り付かせている――佑だった。
「香澄……っ!」
まだ現実を理解していない香澄を、青い目の佑が抱き締めてくる。
痛いほどきつく抱き締められた時に、彼の体が酷く震えているのが分かった。
「……たす、…………く、………………さん?」
まだ彼女は何が起こったのか分かっていない。
けれどその前に、ポロッと涙が零れていた。
一度体を離した佑は、青い目で香澄を見つめ、泣きそうな顔で笑う。
まだその目、口元には、エイデンの顔と馴染ませていた塗料が残っていた。
「怖かったよな、ごめん。――心から謝る。俺を許さなくていい」
佑は香澄の頭を優しく撫で、彼女の反応を窺いながら優しく唇を重ねてきた。
いつもの彼の唇と温もりを感じ、香澄の胸に安堵が広がってゆく。
「た……っ、たすくっ、さっ? ――たすっ、――――ぅぅ、う、……っあぁあああぁああ……っ!!」
香澄はこみ上げるものを堪えきれず、佑にしがみついて吠えるように号泣する。
佑はブルブルと震える香澄の体を抱き締め、彼女の首元に顔を埋める。
――良かった。
――信じていて良かった。
――やっぱり私のヒーローは、助けに来てくれた。
香澄は力の限り泣き、佑が着ているスーツをクシャクシャになるまで握りしめた。
やがて香澄が落ち着きを取り戻した頃、佑が説明し始めた。
「さっき合流したのは河野だ。俺はフィグウッドの特殊メイクのアーティストに協力してもらって、エイデン・アーチボルドという架空の男になりきった」
フィグウッドとは、ロサンゼルスに本拠地を置く映画の王国だ。
あまりに精巧な特殊メイクで、本当に白人男性にしか見えなかった。
それはフェルナンドも同じだろう。
「そして後始末は――これからしてもらう」
佑はスマホを取りだし、アプリを立ち上げると音声入力をした。
『K、ド派手なフィナーレを頼む』
すぐに通知が鳴り、『ライブ配信』というタイトルのURLが送られてきた。
「すべてを失え」
佑は怨讐の籠もった声で呟き、香澄の肩を抱いたままURLをタップした。
画面にはあのスイートルームが映る。
カメラは先に部屋に来ていた佑が、事前に仕掛けたものだった。
**
『やったぞ……! これであいつを苦しめられる!』
フェルナンドは爛々と目を光らせ、ノートパソコンを操作して香澄が犯された動画を編集していた。
画面の中の彼女が泣き叫んでいようが、顔色を真っ青にしてすっかり放心しきっても、彼は良心の呵責を感じない。
憎い男が大切にしている女性なので、かえって彼女が蹂躙されているのを見るのは何より気持ち良かった。
一通り動画を確認したあと、最初と最後の会話をカットする。
そして佑に送るのに最も効果的な演出はどうすればいいかと、ニヤニヤ笑って考えながら、もう一度動画を流していた。
――その時、突然画面が黒く暗転したかと思うと、音量を最適にしていたスピーカーから、最大のボリュームでエルガーの『威風堂々』第一番が流れ始めた。
外国人男性がドアを開き、エイデンと香澄が乗ったのを確認してから車が発進した。
(にげ……ないと……)
後部座席に座らされた香澄は、走行中の車のドアノブに手を掛けた。
エイデンはポケットからスマホを取りだしてどこかに連絡をしようとしていたが、香澄の行動を見てギョッとし、彼女の体を抱き寄せた。
「香澄! 駄目だ!」
とても良く馴染んだ声の日本語で窘められ、白く濁っていた香澄の意識が急激にクリアになる。
「…………ぇ…………?」
香澄はノロノロとエイデンを見る。
今聞いた彼の声は、あの耳障りな高い声ではなく、低く艶のある、とても心地いい声だ。
「……っくそ、蒸れる……っ」
エイデンは日本語で毒づき、ネクタイを緩め、シャツのボタンを外すと、首元に両手を掛けた。
そして、――べろんっ、とエイデンの頭部が剥けた。
「………………は…………?」
呆気にとられている香澄の目の前に現れたのは、大量の汗で髪を顔に貼り付かせている――佑だった。
「香澄……っ!」
まだ現実を理解していない香澄を、青い目の佑が抱き締めてくる。
痛いほどきつく抱き締められた時に、彼の体が酷く震えているのが分かった。
「……たす、…………く、………………さん?」
まだ彼女は何が起こったのか分かっていない。
けれどその前に、ポロッと涙が零れていた。
一度体を離した佑は、青い目で香澄を見つめ、泣きそうな顔で笑う。
まだその目、口元には、エイデンの顔と馴染ませていた塗料が残っていた。
「怖かったよな、ごめん。――心から謝る。俺を許さなくていい」
佑は香澄の頭を優しく撫で、彼女の反応を窺いながら優しく唇を重ねてきた。
いつもの彼の唇と温もりを感じ、香澄の胸に安堵が広がってゆく。
「た……っ、たすくっ、さっ? ――たすっ、――――ぅぅ、う、……っあぁあああぁああ……っ!!」
香澄はこみ上げるものを堪えきれず、佑にしがみついて吠えるように号泣する。
佑はブルブルと震える香澄の体を抱き締め、彼女の首元に顔を埋める。
――良かった。
――信じていて良かった。
――やっぱり私のヒーローは、助けに来てくれた。
香澄は力の限り泣き、佑が着ているスーツをクシャクシャになるまで握りしめた。
やがて香澄が落ち着きを取り戻した頃、佑が説明し始めた。
「さっき合流したのは河野だ。俺はフィグウッドの特殊メイクのアーティストに協力してもらって、エイデン・アーチボルドという架空の男になりきった」
フィグウッドとは、ロサンゼルスに本拠地を置く映画の王国だ。
あまりに精巧な特殊メイクで、本当に白人男性にしか見えなかった。
それはフェルナンドも同じだろう。
「そして後始末は――これからしてもらう」
佑はスマホを取りだし、アプリを立ち上げると音声入力をした。
『K、ド派手なフィナーレを頼む』
すぐに通知が鳴り、『ライブ配信』というタイトルのURLが送られてきた。
「すべてを失え」
佑は怨讐の籠もった声で呟き、香澄の肩を抱いたままURLをタップした。
画面にはあのスイートルームが映る。
カメラは先に部屋に来ていた佑が、事前に仕掛けたものだった。
**
『やったぞ……! これであいつを苦しめられる!』
フェルナンドは爛々と目を光らせ、ノートパソコンを操作して香澄が犯された動画を編集していた。
画面の中の彼女が泣き叫んでいようが、顔色を真っ青にしてすっかり放心しきっても、彼は良心の呵責を感じない。
憎い男が大切にしている女性なので、かえって彼女が蹂躙されているのを見るのは何より気持ち良かった。
一通り動画を確認したあと、最初と最後の会話をカットする。
そして佑に送るのに最も効果的な演出はどうすればいいかと、ニヤニヤ笑って考えながら、もう一度動画を流していた。
――その時、突然画面が黒く暗転したかと思うと、音量を最適にしていたスピーカーから、最大のボリュームでエルガーの『威風堂々』第一番が流れ始めた。
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