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第二十一部・フェルナンド 編
戦いの準備
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『お先にいただきました。ありがとうございます』
髪を乾かしサラリと下ろした香澄は、いつもの姿に戻っている。
『メイクを落とすと可愛らしい感じになるのね』
ソフィアは微笑んで言ったあと、娘と共にシャワーを浴びる。
シャーロットを寝かしつけたあと、香澄はソフィアに乞われて事の顛末を語った。
『ロスに着くまで閉じこもりっぱなしで不便な思いをすると思うけれど、この部屋は安全だから安心して。疲れたでしょう、ひとまず今日はゆっくり休んで』
『はい、ありがとうございます』
ソフィアに『おやすみなさい』と言ったあと、香澄はベッドに入り溜め息をつく。
怒濤の展開すぎて、頭がついていかない。
ただ、今はもう安心していいのだと自分に言い聞かせた。
**
佑が東京に帰った頃には、『文芸冬読』の〝ツンドラ砲〟が放たれていた。
ワイドショーでは例の写真が流れ、『Chief Every脱税か!?』というテロップも流れている。
「どうやら本腰を入れて、訴える準備をしないといけないようですね」
社長室に来た本城が、スポーツ誌を広げて溜め息をつく。
「『御劔社長おっパブでウハウハ』……って、今時ウハウハなんてつかわねーよ」
渋面になった本城は、思わず素になって悪態をつく。
佑は書類を作り、プリントアウトした物を本城に見せた。
「表明文をまず作りましたが、チェックをお願いします。三月には株主総会がありますが、それまでには火消しも済んでいるでしょう」
本城は佑からA4の用紙を受け取り、目を通す。
文面には顧客に対して騒ぎを詫び、今回の騒ぎがまったくのデマであり、悪質な広め方をした各メディアには、断固とした態度を取ると書いてある。
「今日の夕方に会見を開きます。それまでにパリコレで私が不在の場合のシミュレーションをして、明日にはロスに発ちます」
「承知しました。あとはお任せください」
佑は信頼する副社長と視線を交わして頷き、机の上にあるコーヒーを飲んだあと時間を確認した。
そのタイミングで河野が姿を現し、社内会議の時間を告げる。
「分かった。今行く」
佑は疲労を溜め息に変え、焦る気持ちを胸の奥に押し込み、会議室に向かった。
社内会議を終えた夕方、佑は会見を開く予定の都内のホテルに向かう事になっている。
とはいえ、謝る事は「世間を騒がしてすみません」しかなく、写真と帳簿はまるっきりのでまかせなので、マスコミに喧嘩を売りにいくつもりでいた。
佑は社長室に隣室している控え室で、いざという時の一着に着替える。
男性のスーツは、多彩なデザインの女性の服に比べると、似た物が多いように見える。
だが詳しい者が見れば、仕立てや光沢、シルエットや細部の処理などでどこ製か、どれだけの金が掛かっているか分かるものだ。
控え室で、佑はとっておきのビスポークスーツに袖を通した。
香澄とデートをする時はイタリア製の洒落たタイプを選ぶが、ビジネスシーンではイギリス製の物を身に纏っている。
自社ピーアールが必要な時は、勿論Chief Every Businessのスーツを着る。
ろくに事実確認もせず、たれ込まれた情報を無責任に流したメディアに、佑は心底怒りを覚えている。
それに応える意味で、彼は最上級のスーツを身に纏い、非の打ち所のない完璧な〝御劔佑〟を演じるつもりでいた。
自分はデマを流された被害者であると訴え、視聴者を味方に付けてメディアに謝罪させる流れを想定している。
メディアに非がある流れになっても、あちらは数字を稼げればいいので無問題だろう。
だが佑はChief Everyの顔であり、常にクリーンでいなければいけない。
視聴者すべてが佑の言う事を信じるとは限らないし、騒ぎを知った人が全員記者会見を見る訳でもない。自分には強力なアンチがいるし、叩く人は叩くだろう。
だが近年SNSでは、〝民意〟としてネットユーザーが声を上げる事が珍しくない。
誰かが不当な扱いを受けていると知れば、「そんなのおかしい」と声が上がる。佑はそれを想定し、自分のファンを味方につけるつもりでいた。
佑の無実を知ったファンが『御劔様を嵌めやがって!』と怒り狂い、メディアを責める流れを予想している。そのためにもファンが納得する説明をするつもりだ。
(今まで何度もすっぱ抜かれたが、今度はツンドラさんに謝ってもらいますよ)
佑は心の中で呟き、キュッとネクタイを締めた。
**
髪を乾かしサラリと下ろした香澄は、いつもの姿に戻っている。
『メイクを落とすと可愛らしい感じになるのね』
ソフィアは微笑んで言ったあと、娘と共にシャワーを浴びる。
シャーロットを寝かしつけたあと、香澄はソフィアに乞われて事の顛末を語った。
『ロスに着くまで閉じこもりっぱなしで不便な思いをすると思うけれど、この部屋は安全だから安心して。疲れたでしょう、ひとまず今日はゆっくり休んで』
『はい、ありがとうございます』
ソフィアに『おやすみなさい』と言ったあと、香澄はベッドに入り溜め息をつく。
怒濤の展開すぎて、頭がついていかない。
ただ、今はもう安心していいのだと自分に言い聞かせた。
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佑が東京に帰った頃には、『文芸冬読』の〝ツンドラ砲〟が放たれていた。
ワイドショーでは例の写真が流れ、『Chief Every脱税か!?』というテロップも流れている。
「どうやら本腰を入れて、訴える準備をしないといけないようですね」
社長室に来た本城が、スポーツ誌を広げて溜め息をつく。
「『御劔社長おっパブでウハウハ』……って、今時ウハウハなんてつかわねーよ」
渋面になった本城は、思わず素になって悪態をつく。
佑は書類を作り、プリントアウトした物を本城に見せた。
「表明文をまず作りましたが、チェックをお願いします。三月には株主総会がありますが、それまでには火消しも済んでいるでしょう」
本城は佑からA4の用紙を受け取り、目を通す。
文面には顧客に対して騒ぎを詫び、今回の騒ぎがまったくのデマであり、悪質な広め方をした各メディアには、断固とした態度を取ると書いてある。
「今日の夕方に会見を開きます。それまでにパリコレで私が不在の場合のシミュレーションをして、明日にはロスに発ちます」
「承知しました。あとはお任せください」
佑は信頼する副社長と視線を交わして頷き、机の上にあるコーヒーを飲んだあと時間を確認した。
そのタイミングで河野が姿を現し、社内会議の時間を告げる。
「分かった。今行く」
佑は疲労を溜め息に変え、焦る気持ちを胸の奥に押し込み、会議室に向かった。
社内会議を終えた夕方、佑は会見を開く予定の都内のホテルに向かう事になっている。
とはいえ、謝る事は「世間を騒がしてすみません」しかなく、写真と帳簿はまるっきりのでまかせなので、マスコミに喧嘩を売りにいくつもりでいた。
佑は社長室に隣室している控え室で、いざという時の一着に着替える。
男性のスーツは、多彩なデザインの女性の服に比べると、似た物が多いように見える。
だが詳しい者が見れば、仕立てや光沢、シルエットや細部の処理などでどこ製か、どれだけの金が掛かっているか分かるものだ。
控え室で、佑はとっておきのビスポークスーツに袖を通した。
香澄とデートをする時はイタリア製の洒落たタイプを選ぶが、ビジネスシーンではイギリス製の物を身に纏っている。
自社ピーアールが必要な時は、勿論Chief Every Businessのスーツを着る。
ろくに事実確認もせず、たれ込まれた情報を無責任に流したメディアに、佑は心底怒りを覚えている。
それに応える意味で、彼は最上級のスーツを身に纏い、非の打ち所のない完璧な〝御劔佑〟を演じるつもりでいた。
自分はデマを流された被害者であると訴え、視聴者を味方に付けてメディアに謝罪させる流れを想定している。
メディアに非がある流れになっても、あちらは数字を稼げればいいので無問題だろう。
だが佑はChief Everyの顔であり、常にクリーンでいなければいけない。
視聴者すべてが佑の言う事を信じるとは限らないし、騒ぎを知った人が全員記者会見を見る訳でもない。自分には強力なアンチがいるし、叩く人は叩くだろう。
だが近年SNSでは、〝民意〟としてネットユーザーが声を上げる事が珍しくない。
誰かが不当な扱いを受けていると知れば、「そんなのおかしい」と声が上がる。佑はそれを想定し、自分のファンを味方につけるつもりでいた。
佑の無実を知ったファンが『御劔様を嵌めやがって!』と怒り狂い、メディアを責める流れを予想している。そのためにもファンが納得する説明をするつもりだ。
(今まで何度もすっぱ抜かれたが、今度はツンドラさんに謝ってもらいますよ)
佑は心の中で呟き、キュッとネクタイを締めた。
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