上 下
1,365 / 1,548
第二十一部・フェルナンド 編

佐伯

しおりを挟む
「社長、お久しぶりです」

 車椅子で現れた佐伯は、現在二十九歳だ。

 清潔感のある好青年で、脚が不自由になった今も自宅に作ったジムで筋トレを怠っていない。

 彼の姿を見るたびに、佑は「自分の事を庇わなければ、彼は今も第一線で働いていただろうに」という罪悪感に駆られる。

「佐伯、元気だったか?」

 佑は彼と握手をする。

「どうぞ」と言われて入ったリビングは、広々としていて佐伯が車椅子のまま移動しやすい作りになっている。

 この家を作る時、佑はバリアフリーのデザインに精通している建築家に連絡を入れた。

 家を建てる金は佐伯が払うと言い張っていたので、実際の建築費用以外のデザイン料を、佑がこっそり払っていた。

 それぐらいの事をしなくては、気が済まなかったからだ。

「妻は仕事なんです。ご挨拶できなくてすみません」

「いや、突然押しかけたのはこっちだから、気にしないでほしい」

 佑と松井、河野がソファに座ると、佐伯はテーブルの向かいに移動する。

「彼は河野。いま第三秘書をしてくれている」

 佑に紹介されて河野が黙礼し、佐伯は彼を見て微笑んだ。

「あなたが今の第三秘書なんですね。社長を宜しくお願い致します」

 頭を下げた佐伯に、河野もきっちりと頭を下げる。

「……それで、現在誘拐されているのが、第二秘書の赤松さんなんですね?」

 佐伯に言われ、佑は溜め息をついて頷く。

「ああ。今はアフロディーテ号に乗って太平洋上だ。友人に保護されたらしく、船から国際電話があった。だが香澄の写真は、犯人によってダークウェブサイトに載せられた可能性が高い。目的は人身売買らしく、今後の事を思うと気が重い」

 佑の説明を聞き、佐伯は頷いた。

「それで……僕、ですね」

 佐伯と旧知の仲である松井はともかく、河野はなぜ彼を頼るのか分かっていない。

「口を挟んですみません。事情が分かるように説明して頂けたら幸いです。状況が分かれば、私も何か手伝いができるかもしれませんから」

 そう言った河野に向けて佐伯は軽く微笑んだ。

「僕はもともと、コンピューターに強い関係でスカウトをいただきました。大学生時代は少し……、その、クラッカーの真似事と言いますか、ヤンチャをしていた時期がありまして。あちこち〝覗き見〟をしていました」

 説明され、河野は納得したように何度か頷いた。

「僕自身の腕は大した事はないのですが、類は友を呼ぶという事で、僕の友人は〝本物〟です。表向きはホワイトハッカーとして企業案件を引き受けながら、裏では大きな声で言えない仕事を引き受けています。社長は恐らく、彼に連絡を取ってほしいと言っているのだと思いますが……」

 佐伯に視線を向けられ、佑は「その通りだ」と頷く。

「連絡する事は可能です。ですが彼に依頼すれば、法外な値段を請求されます。しかもすべて前払い」

「構わない。ダークウェブサイトにアクセスして、香澄の画像や人身売買の情報があるかを確認し、情報にアクセスした者がいればウイルスを送り込んで、履歴やデータを破壊してほしい」

 佑は迷いなく答え、呉代は後ろに立ったまま微かに表情を震わせる。

 誰かが香澄に害をなす時、御劔佑は容赦のない男になると思い知ったからだ。

「承知いたしました。すぐオーダーします」

 佐伯は車椅子を動かし、スライドドアで隔てられている奥の部屋に向かった。

「こちらへどうぞ」

 声を掛けられ、佑たちもあとに続く。

 一階には佐伯が生活するのに必要なものが揃い、エレベーターがあるので二階への移動にも困らない。

 一行が足を踏み入れたのは、大きなモニターが幾つも接続されている仕事部屋だ。

 まるで海外映画に出てくるハッカーや、プロゲーマーのような部屋で、ただならぬ雰囲気があり、呉代が「すげぇ……」と呟いたのが聞こえた。

「凄い設備ですね。ゲームも楽しめそうです」

 相変わらず河野は、マイペースに思った事を言う。

「ゲームもしますよ。スペックの高いパソコンなので、ゲームも速く動かせますので。配信もやっていますが、割と見られています」

 どうやら人気のあるオンラインゲームで、トップランカーとして君臨しているプレイヤーが佐伯らしい。

 佑はゲームに疎いので「凄いな」しか感想がなかったのだが、そのゲームをプレイしている河野たちは、プレイヤー名を聞いて驚いた顔をしていた。

 他にも彼はプログラミングやWebサイトを作り、仕事としているらしい。

 やがて佐伯はチャットソフトを立ち上げ、コールを掛ける。

 カタカタとキーボードを打ち、英語で『K、いるか?』と語りかける。
しおりを挟む
感想 555

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

処理中です...