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第二十一部・フェルナンド 編

佐伯

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「社長、お久しぶりです」

 車椅子で現れた佐伯は、現在二十九歳だ。

 清潔感のある好青年で、脚が不自由になった今も自宅に作ったジムで筋トレを怠っていない。

 彼の姿を見るたびに、佑は「自分の事を庇わなければ、彼は今も第一線で働いていただろうに」という罪悪感に駆られる。

「佐伯、元気だったか?」

 佑は彼と握手をする。

「どうぞ」と言われて入ったリビングは、広々としていて佐伯が車椅子のまま移動しやすい作りになっている。

 この家を作る時、佑はバリアフリーのデザインに精通している建築家に連絡を入れた。

 家を建てる金は佐伯が払うと言い張っていたので、実際の建築費用以外のデザイン料を、佑がこっそり払っていた。

 それぐらいの事をしなくては、気が済まなかったからだ。

「妻は仕事なんです。ご挨拶できなくてすみません」

「いや、突然押しかけたのはこっちだから、気にしないでほしい」

 佑と松井、河野がソファに座ると、佐伯はテーブルの向かいに移動する。

「彼は河野。いま第三秘書をしてくれている」

 佑に紹介されて河野が黙礼し、佐伯は彼を見て微笑んだ。

「あなたが今の第三秘書なんですね。社長を宜しくお願い致します」

 頭を下げた佐伯に、河野もきっちりと頭を下げる。

「……それで、現在誘拐されているのが、第二秘書の赤松さんなんですね?」

 佐伯に言われ、佑は溜め息をついて頷く。

「ああ。今はアフロディーテ号に乗って太平洋上だ。友人に保護されたらしく、船から国際電話があった。だが香澄の写真は、犯人によってダークウェブサイトに載せられた可能性が高い。目的は人身売買らしく、今後の事を思うと気が重い」

 佑の説明を聞き、佐伯は頷いた。

「それで……僕、ですね」

 佐伯と旧知の仲である松井はともかく、河野はなぜ彼を頼るのか分かっていない。

「口を挟んですみません。事情が分かるように説明して頂けたら幸いです。状況が分かれば、私も何か手伝いができるかもしれませんから」

 そう言った河野に向けて佐伯は軽く微笑んだ。

「僕はもともと、コンピューターに強い関係でスカウトをいただきました。大学生時代は少し……、その、クラッカーの真似事と言いますか、ヤンチャをしていた時期がありまして。あちこち〝覗き見〟をしていました」

 説明され、河野は納得したように何度か頷いた。

「僕自身の腕は大した事はないのですが、類は友を呼ぶという事で、僕の友人は〝本物〟です。表向きはホワイトハッカーとして企業案件を引き受けながら、裏では大きな声で言えない仕事を引き受けています。社長は恐らく、彼に連絡を取ってほしいと言っているのだと思いますが……」

 佐伯に視線を向けられ、佑は「その通りだ」と頷く。

「連絡する事は可能です。ですが彼に依頼すれば、法外な値段を請求されます。しかもすべて前払い」

「構わない。ダークウェブサイトにアクセスして、香澄の画像や人身売買の情報があるかを確認し、情報にアクセスした者がいればウイルスを送り込んで、履歴やデータを破壊してほしい」

 佑は迷いなく答え、呉代は後ろに立ったまま微かに表情を震わせる。

 誰かが香澄に害をなす時、御劔佑は容赦のない男になると思い知ったからだ。

「承知いたしました。すぐオーダーします」

 佐伯は車椅子を動かし、スライドドアで隔てられている奥の部屋に向かった。

「こちらへどうぞ」

 声を掛けられ、佑たちもあとに続く。

 一階には佐伯が生活するのに必要なものが揃い、エレベーターがあるので二階への移動にも困らない。

 一行が足を踏み入れたのは、大きなモニターが幾つも接続されている仕事部屋だ。

 まるで海外映画に出てくるハッカーや、プロゲーマーのような部屋で、ただならぬ雰囲気があり、呉代が「すげぇ……」と呟いたのが聞こえた。

「凄い設備ですね。ゲームも楽しめそうです」

 相変わらず河野は、マイペースに思った事を言う。

「ゲームもしますよ。スペックの高いパソコンなので、ゲームも速く動かせますので。配信もやっていますが、割と見られています」

 どうやら人気のあるオンラインゲームで、トップランカーとして君臨しているプレイヤーが佐伯らしい。

 佑はゲームに疎いので「凄いな」しか感想がなかったのだが、そのゲームをプレイしている河野たちは、プレイヤー名を聞いて驚いた顔をしていた。

 他にも彼はプログラミングやWebサイトを作り、仕事としているらしい。

 やがて佐伯はチャットソフトを立ち上げ、コールを掛ける。

 カタカタとキーボードを打ち、英語で『K、いるか?』と語りかける。
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