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第二十一部・フェルナンド 編

仙台へ

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『服はそのイブニングドレスしかないんだな? もう少ししたら妻が帰ってくるから、必要な物を買ってきてもらおう』

『何から何まですみません……』

 確かにドレス姿で過ごす訳にいかない。

 チラッと見た限り、船内にはハイブランドショップの他に、比較的安価に服が買える店があったはずだ。

 だが一式揃えるとなると、安くはないだろう。

『パパはコスモス・レインで働いていて、結構稼いでるから気にしなくていいよ』

 香澄の心配を見透かしたようにジョシュアが言い、テオに苦笑いされる。

 コスモス・レイン社と言えば、アメリカに本拠地を置く大企業だ。

 英知の実であるリンゴをトレードマークにしたスマホやパソコンが世界中に普及していて、香澄も日頃お世話になっている。

 テオがそこの社員だと聞いた香澄は、佑の友達は優秀な人ばかりだと感嘆した。

『ひとまず飲み物でも飲んでゆっくりしてくれ。今まで落ち着けなかっただろう』

 テオがミニバーに向かい、香澄に何を飲むか尋ねてくる。

 久しぶりに安堵した香澄は、テオの妻が帰ってくるまで二人と話して過ごす事にした。



**



 香澄との電話を終えた佑は、すぐに松井と河野に連絡し、香澄がアフロディーテ号に乗っている事を伝えた。

 彼女は今テオに保護されて身の安全が保証されたと伝えると、秘書たちも安堵していた。

 もちろん警察や護衛たちにも情報を共有し、今後の対策を練ってもらっている。

(やはり明日、朝一番に仙台に向かわなくては)

 最悪な事を考えれば、もしかしたら香澄の写真はもうダークウェブサイトに載ってしまったかもしれない。

 顔写真が流出してしまった上、もし香澄が〝売り〟に出されたなら、今回の誘拐から救出したあとも彼女は何者かに狙われるかもしれない。

(何とかなるといいが……)

 明日、仙台に住んでいる佐伯に会いに行く予定だ。

 佐伯にしかできない頼み事をし、その結果如何では香澄を助けられると思っている。

 羽田から次の寄港地になるハワイまでは、およそ七時間から八時間だ。

 今すぐ発てば、クルーズ船が一日停泊するのに間に合うかもしれない。

 だが佑は乗船チケットをもっておらず、香澄も船から下りられるか分からない。

 テオに守ってもらうにしても、彼には妻と幼い子供が二人いて、そちらにも危害を加えられる恐れがあると思うとへたに動けないだろう。

 仮にヘリコプターでクルーズ船を追いかけたとして、いきなり船に乗るのは現実的ではないし違法行為になる。

 香澄の話では、ロサンゼルスに着くまで十五日掛かるらしい。

 それまでテオのもとで大人しくしてもらえるなら、現地のボディガードも雇った上でロサンゼルスの港に迎えに行き、なんとかできる可能性が高い。

(まず佐伯に話をつけなければ)

 仙台での用事が終わったあとはロサンゼルスに向かう。

 それまでにパリコレの準備と国内の火消しの指示をする。

「……よし」

 佑は小さく呟き、ヘーゼルの目に決意を宿す。

 香澄が無事だと聞いただけで、今まで感じていた絶望や不安はかなり軽減された。

「待ってろ、香澄」

 大切な女性の名前を呟き、佑は明日に備える事にした。



**



 翌朝、佑は仙台に向かうため、八時前に家を出た。

 そのまままっすぐ空港に向かい、自分のジェットに乗って一時間で仙台空港に下りる。

 佐伯とは十時に会う約束をしていて、仙台空港から彼の家までは四十分ほどの道のりだ。

 車は事前に現地の車をリースし、いつものように小金井が運転した。

 東京と比べると建物が低く土地が開けているように思える道を走り、着いたのは上杉にある大きな一軒家だ。

 佑が退職金を出した時、佐伯は「バリアフリーの一軒家でも買います」と言っていた。

 そのあとに何回か訪ねた事があるが、快適そうな家だったのを覚えている。

 車から降りた佑は、腕時計で時刻を確認する。

 十時前に着いてしまい、あと少しの時間をどう潰そうか考えようとしていた時――。

 玄関のドアが開いて家政婦が姿を現した。

「どうぞお入りください」

 佑たちペコリと頭を下げた家政婦に「おはようございます」と挨拶をし、は中に入らせてもらう事にした。
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