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第二十一部・フェルナンド 編

船上と日本を繋ぐ電話

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(香澄に関わる事かもしれない)

 すぐにスマホを手に取った佑は、液晶に映った名前を見て怪訝な顔になった。

「……テオ?」

 彼はエミリアの兄だ。

(イギリスでは世話にはなったが、一体何の用だ?)

 佑は内心首を捻りながら電話に出た。

「Hello」

 応答すると、テオの声がした。

《俺だ。いま、家族で休暇を取ってクルージングをしている。端的に確認したいが、ミズ・カスミが行方不明になっていないか?》

「!」

 こちらの事を何も知らないはずのテオが、〝クルージング〟をしていて香澄の話題を振ってきた。

 佑は震える声で彼に返事をする。

『……ああ、香澄はフェルナンドと名乗るスペイン系の男に誘拐された。いなくなった時の服装は、黒のタートルネックにグレーのパンツスーツ、黒のパンプス。髪は纏めている」

《彼女は今俺のもとにいる。ひとまず話すといい》

「…………っ」

 まさか香澄と直接話せると思わなかった佑は、一瞬胸が詰まって何も言えなくなる。

 けれど――。

《佑さん!?》

 香澄の声が聞こえて、ポロッと涙が零れた。

「香澄? 無事か? どこも怪我をしていないか?」

 両手でスマホを掴み、佑は必死に彼女に問いかける。

《うん……っ! 大丈夫、どこも怪我してないよ! …………っごめんなさい!》

 耳元で香澄の押し殺した叫びが聞こえ、嗚咽する声もする。

(香澄がここにいたら、思いきり抱き締めてキスしているのに――)

 こみ上げる思いを押し殺し、佑は努めて彼女を落ち着かせる。

「香澄、大丈夫だ。謝らなくていい。まず無事に帰国する事を考えよう」

 彼女に「大丈夫だ」と言っているのに、佑は興奮で声を震わせてしまっている。

「乗っているクルーズ船はどこ行きか分かるか?」

 尋ねると、香澄は声を震わせながらもしっかり答える。

《次の寄港地はハワイだけど、一日しか停泊しなくて、最終停泊地はロサンゼルスみたい。日程は十五日くらいだって》

「分かった」

 佑はリビングの電話台まで行き、メモ帳に香澄が教えてくれる情報を書き殴っていく。

「奴は身代金など、目的を口にしていたか?」

 そう尋ねると、香澄は少し黙った。

 言いづらい事を聞いたのだとすぐに察した佑は、優しい声で促す。

「奴の目的に合わせて対策を練らなければいけない。だから何でもいいから教えて」

 そう言うと、香澄は少し黙ったあと、おずおずと言った。

《……ダークウェブサイト……で、人身売買するって。く、薬を打たれたり、子供を産まされるかもしれない……って》

 とんでもない言葉を聞き、佑はあまりの怒りに口汚く罵りかけた。

「…………っ」

 佑はとっさに吸い込んだ息を細く長く吐き、自分を落ち着かせるために一瞬頭の中を白く塗りつぶし、深い呼吸を繰り返す。

「今は何もされていないか?」

《多分、そのダークウェブサイトに載せるための、写真を撮られた》

 先ほどの一瞬で最悪の事態まで想像したので、ここから先は確認していくだけだ。

「どんな外見で写真を撮った?」

《髪はアップで、メイクはいつもより濃いめ。暗い色のリップ。服は黒いハートカットのイブニングドレス。首にはルビーのついたネックレス》

「分かった。ネット関係に強い人にツテがあるから、調べてもらう」

《うん……っ。あと、うちの両親をダシに脅されたけど、無事だって。それと例のレーザーポインターは、大学の講義とかでも使ってるただの道具みたい。人を殺すのはリスキーすぎるって言ってた。だから安心して! それから、佑さんが女の人といる写真と、会社の帳簿でも脅されたけど、両方とも偽物だって言ってた。だからもし、そっちで混乱してたら、自信を持って『偽物です』って言って。佑さんも会社も、何も悪い事はしてない。堂々として!》

 電話の向こうから香澄が必死に伝えてくる。

(こんな時まで……)

 彼女が秘書として必死に自分を助けようとしているのを感じ、目頭が熱くなる。

《フェルナンドさんは、私を殺さないって言っていたから安心して。『どうして佑さんを恨むの』って聞いても、『君に話しても理解できない』としか言わなかった。……ごめんなさい》

「そんな事はいい。本当に危害を与えられていないか?」

《…………大丈夫》

 即答しなかった一瞬の間を、佑が感じ取らないはずがなかった。
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