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第二十一部・フェルナンド 編
ミカちゃん
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「ありがとうございます。良かった……」
佑は溜め息をつき、希望を持つ。
エミリアの一件があったあと、松井から話を聞いたのか、珍しく佐伯から連絡があった。
『僕はもう秘書ではありませんが、個人的なご恩があります。僕の友人の事は以前に話した通りですし、今後何か困った事があれば遠慮なく相談してください』
基本的に社内の事や佑個人の事は機密事項だが、佐伯だけはかつての忠実な秘書である事と、特殊な事情で例外になっている。
「では明日の朝に仙台に向かいます。佐伯に伝えてください」
「承知しました」
松井はまた秘書室に戻っていく。
「何とかなりそうなんですか?」
本城に尋ねられ、佑は唇だけで笑う。
「藁にも縋る思いです」
そのあとまた、静かに溜め息をついた。
**
食事をしたあと、香澄はフェルナンドにエスコートされながら豪華客船の中を一通り回った。
自由に行動しているように見えて、手は握られたままだし周囲にはボディガードがいる。
周りからはVIPと思われているらしく、誰も香澄が誘拐されてきたと思わない。
本当は逃げて保護を求めたいが、海の上にいる以上逃げ場がなく、助けを求めるだけ、その人に迷惑を掛けてしまう。
(陸に着いた時、絶対にチャンスがあるはずだから)
香澄は自分に言い聞かせ、大人しくエスコートされていた。
船内では様々な施設を見た。
映画館にアイスリンク、ミュージカルなどが行われる舞台、屋上デッキにある巨大なスクリーンがあるプール。
ショッピングモールにはあらゆる免税店があり、エステやスパ、マッサージなどのサービスも充実し、スポーツジムもある。
色んな料理があるレストランの他、バーラウンジも楽しめるようになっていた。
(佑さんと来られたら、どれだけ良かっただろう……)
今の香澄に豪華客船を楽しむ心の余裕はなく、どこに連れて行かれても、浮かない顔でぼんやりと見るしかできなかった。
『どこか行きたい場所はあるかい?』
カフェでフェルナンドに尋ねられても、何も希望はない。
『いえ……』
香澄は綺麗なラテアートが施されているカフェラテを、興味なさそうに見つめて返事をする。
その時、視界の端から何かが急接近してきたかと思うと、小さな手が香澄の腕をギュッと握った。
「えっ?」
思わずそちらを見ると、五歳ほどの金髪の少年が、青い目で香澄をじぃっと見てきた。
「えっと……」
香澄はどうしたものかと瞬きする。
そんな彼女に、少年は屈託のない笑みを浮かべて『ミカ!』と言った。
(ミカ?)
誰かと人違いをしているのかと思っていると、少年はニコニコしながら香澄の腕を引っ張った。
『妹の持ってるミカちゃん人形にそっくりだ! ねぇ、おじさん! ミカちゃん貸して!』
少年はフェルナンドをおじさんと言い、無邪気に笑いかける。
フェルナンドはさすがに子供相手に問題を起こすつもりはないようで、苦笑いして頷いた。
『お兄さんの大切な恋人だから、ちゃんと返してくれよ?』
『分かった!』
少年はパッと笑顔を浮かべると、『こっち!』と言って香澄の腕を引っ張った。
「あ……っ、あっと」
香澄は慌てて立ち上がり、腰を屈めて少年の手の高さに合わせながら、人混みの間を縫って歩き始める。
チラッと後方を見ると、ボディガードが香澄を見失わないようについてくるところだ。
『ね、ねぇ、どこに行くの?』
香澄は腕を引っ張る少年に尋ねるが、彼はグイグイと通路を進み廊下に出てしまう。
『カスミ?』
少年は香澄の腕を引っ張りながら、振り向かずに彼女の名前を確認してくる。
『えっ? そ、そうだけど……、ど、どうして?』
(どこかでフェルナンドさんとの会話を聞いてた?)
驚いて疑問に思ったが、少年はそれ以上何も言わなかった。
佑は溜め息をつき、希望を持つ。
エミリアの一件があったあと、松井から話を聞いたのか、珍しく佐伯から連絡があった。
『僕はもう秘書ではありませんが、個人的なご恩があります。僕の友人の事は以前に話した通りですし、今後何か困った事があれば遠慮なく相談してください』
基本的に社内の事や佑個人の事は機密事項だが、佐伯だけはかつての忠実な秘書である事と、特殊な事情で例外になっている。
「では明日の朝に仙台に向かいます。佐伯に伝えてください」
「承知しました」
松井はまた秘書室に戻っていく。
「何とかなりそうなんですか?」
本城に尋ねられ、佑は唇だけで笑う。
「藁にも縋る思いです」
そのあとまた、静かに溜め息をついた。
**
食事をしたあと、香澄はフェルナンドにエスコートされながら豪華客船の中を一通り回った。
自由に行動しているように見えて、手は握られたままだし周囲にはボディガードがいる。
周りからはVIPと思われているらしく、誰も香澄が誘拐されてきたと思わない。
本当は逃げて保護を求めたいが、海の上にいる以上逃げ場がなく、助けを求めるだけ、その人に迷惑を掛けてしまう。
(陸に着いた時、絶対にチャンスがあるはずだから)
香澄は自分に言い聞かせ、大人しくエスコートされていた。
船内では様々な施設を見た。
映画館にアイスリンク、ミュージカルなどが行われる舞台、屋上デッキにある巨大なスクリーンがあるプール。
ショッピングモールにはあらゆる免税店があり、エステやスパ、マッサージなどのサービスも充実し、スポーツジムもある。
色んな料理があるレストランの他、バーラウンジも楽しめるようになっていた。
(佑さんと来られたら、どれだけ良かっただろう……)
今の香澄に豪華客船を楽しむ心の余裕はなく、どこに連れて行かれても、浮かない顔でぼんやりと見るしかできなかった。
『どこか行きたい場所はあるかい?』
カフェでフェルナンドに尋ねられても、何も希望はない。
『いえ……』
香澄は綺麗なラテアートが施されているカフェラテを、興味なさそうに見つめて返事をする。
その時、視界の端から何かが急接近してきたかと思うと、小さな手が香澄の腕をギュッと握った。
「えっ?」
思わずそちらを見ると、五歳ほどの金髪の少年が、青い目で香澄をじぃっと見てきた。
「えっと……」
香澄はどうしたものかと瞬きする。
そんな彼女に、少年は屈託のない笑みを浮かべて『ミカ!』と言った。
(ミカ?)
誰かと人違いをしているのかと思っていると、少年はニコニコしながら香澄の腕を引っ張った。
『妹の持ってるミカちゃん人形にそっくりだ! ねぇ、おじさん! ミカちゃん貸して!』
少年はフェルナンドをおじさんと言い、無邪気に笑いかける。
フェルナンドはさすがに子供相手に問題を起こすつもりはないようで、苦笑いして頷いた。
『お兄さんの大切な恋人だから、ちゃんと返してくれよ?』
『分かった!』
少年はパッと笑顔を浮かべると、『こっち!』と言って香澄の腕を引っ張った。
「あ……っ、あっと」
香澄は慌てて立ち上がり、腰を屈めて少年の手の高さに合わせながら、人混みの間を縫って歩き始める。
チラッと後方を見ると、ボディガードが香澄を見失わないようについてくるところだ。
『ね、ねぇ、どこに行くの?』
香澄は腕を引っ張る少年に尋ねるが、彼はグイグイと通路を進み廊下に出てしまう。
『カスミ?』
少年は香澄の腕を引っ張りながら、振り向かずに彼女の名前を確認してくる。
『えっ? そ、そうだけど……、ど、どうして?』
(どこかでフェルナンドさんとの会話を聞いてた?)
驚いて疑問に思ったが、少年はそれ以上何も言わなかった。
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