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第二十一部・フェルナンド 編
気が向かないドレスアップ
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『平和な国に住んでいると、多少オーバーな脅しを掛ければコロッと騙されるというのは本当なんだね』
愉快そうに笑うフェルナンドを、香澄は絶望した表情で見るしかできない。
『……どうして、そこまで私と佑さんに固執するんですか……っ』
震える声で尋ねたが、彼はシニカルに唇を歪めるだけだ。
『君はタスク・ミツルギに守られてぬくぬくと過ごして、何の苦労も知らないだろうね? そんな君に何を言っても理解できると思っていないよ』
『……っ、私の事を何も知らない人に、苦労知らずなんて言われたくありません』
確かに香澄は平凡な一般人だ。
けれど香澄には香澄なりの悩みがあり、苦労だってしてきたつもりだ。
世の中、裕福だからどう、貧しいからどうという〝大変さ〟の優劣はないと思っている。
一人一人〝大変〟の基準は違っている。
同じストレスを受けたとしても、ある人は平気でも、ある人はぺしゃんこになってしまう事もある。
だから〝同じ〟などあり得ないし、簡単に「君の人生は楽そう」など言われたくない。
『君の言いたい事は分かるよ。そして君の言葉を借りるなら、俺の苦しみは俺のものだ。きっと君に話しても理解されないだろうし、されたいとも思わない』
微笑しているフェルナンドの目は、まったく笑っていない。
『本当ならあの男を狙撃させたいけどね。だが殺すには大物すぎる。世界中のゴシップになって、すぐに足がつくだろう』
佑が言っていた通り、やはりフェルナンドは暗殺するつもりはないようだ。
それを知り、香澄は一旦安堵する。
『その代わり、知名度がない君なら問題ないだろう?』
フェルナンドの目が、蛇のように細められる。
『といっても、殺しはしないから安心しなさい。大人しくしていれば〝主人〟になる人には優しくされるだろう。言う事をきかなければ、薬を打られるかもしれないがね』
「…………っ」
薬を打たれるという物騒な言葉を聞き、香澄は背筋を震わせる。
『そろそろ支度をしようか。俺も着替える。バルセロナから東京まで移動して、その足ですぐだから、腹が減ってるんだ』
フェルナンドは立ち上がってクローゼットに向かい、すでにハンガーに掛かっているスーツの中から着替える物を吟味する。
『……佑さんの合成写真と、偽の帳簿はどうしたんですか?』
香澄はずっと気になっていた事を尋ねる。
フェルナンドは「ん?」という表情でこちらを見てから、――薄く笑った。
『少しは足止めになるかと思って、各メディアにデータを送っておいたよ』
「!! ……っ、なんて……っ、事を……!」
香澄は思わず日本語で悲鳴を上げ、クシャリと表情を歪めるとその場にしゃがみ込む。
『従えば送らないなど言っていない。君は甘いんだよ』
「…………っ」
香澄は歯を食いしばり、両手をきつく握って立ち尽くす。
フェルナンドは彼女を無視して着替え始め、ボディガードの一人は香澄にドレスを差しだしてきた。
『着替えろ』
大男に圧を掛けられた香澄はおずおずと黒いドレスを受け取り、着替えるために寝室に向かう。
(今は逆らったら駄目だ。へたに逆らったら、この人たちは本当に私を犯す。佑さんが助けに来てくれるのを信じて、今は大人しくしないと……)
寝室にはツインベッドがあり、そこにフェルナンドと寝るのだと思うと気が重い。
(でも言う事を聞かなかったら、また殴られるかもしれない)
香澄はノロノロとパンツスーツを脱ぎ、ドレスに着替える。
ご丁寧にオフショルダーのドレスを着られるように、ストラップレスのブラジャーまで用意されていた。
黒い下着のセットの他、ガーターベルトにストッキングまで用意されてある。
(……気持ち悪い)
改めてフェルナンドに生活を見られていたのだと思うと、吐き気がこみ上げてくる。
ハートカットの黒いイブニングドレスを着ると、腰にあるファスナーを上げ、佑を想う。
(佑さん、他の男の人に用意された服を着たって知ったら、怒るだろうな)
佑の嫉妬深さを思いだし、香澄の表情が歪む。
今すぐ彼のもとに帰りたい。
今頃会社が混乱しているだろうと思うと、秘書として働きたい思いに駆られる。
シャンパンゴールドのパンプスを履いたあと、香澄はリビングにでた。
『……着替えました』
『その色気のないまとめ髪も何だから、これでもつけるといい』
着替えたフェルナンドは、香澄の髪にヘアアクセサリーを留めた。
『君は顔が幼いから、もう少しメイクを濃くしなさい。そこに一通りコスメを置いたから、メイクを直すんだ』
ドレッサーがある場所を見ると、デパコスが一通り揃っていた。
香澄は何も言わず、椅子に座ってメイクを直し始める。
メイクは好きだが、人に強要されてするメイクはまったく楽しくない。
努めて何も考えないようにしてブラシを動かした香澄は、目元に濃い色のアイシャドウを塗り、アイラインをキャットライン気味にしっかり引く。
眉もしっかり太めに描き、リップは少し暗い色味のルージュを塗った。
愉快そうに笑うフェルナンドを、香澄は絶望した表情で見るしかできない。
『……どうして、そこまで私と佑さんに固執するんですか……っ』
震える声で尋ねたが、彼はシニカルに唇を歪めるだけだ。
『君はタスク・ミツルギに守られてぬくぬくと過ごして、何の苦労も知らないだろうね? そんな君に何を言っても理解できると思っていないよ』
『……っ、私の事を何も知らない人に、苦労知らずなんて言われたくありません』
確かに香澄は平凡な一般人だ。
けれど香澄には香澄なりの悩みがあり、苦労だってしてきたつもりだ。
世の中、裕福だからどう、貧しいからどうという〝大変さ〟の優劣はないと思っている。
一人一人〝大変〟の基準は違っている。
同じストレスを受けたとしても、ある人は平気でも、ある人はぺしゃんこになってしまう事もある。
だから〝同じ〟などあり得ないし、簡単に「君の人生は楽そう」など言われたくない。
『君の言いたい事は分かるよ。そして君の言葉を借りるなら、俺の苦しみは俺のものだ。きっと君に話しても理解されないだろうし、されたいとも思わない』
微笑しているフェルナンドの目は、まったく笑っていない。
『本当ならあの男を狙撃させたいけどね。だが殺すには大物すぎる。世界中のゴシップになって、すぐに足がつくだろう』
佑が言っていた通り、やはりフェルナンドは暗殺するつもりはないようだ。
それを知り、香澄は一旦安堵する。
『その代わり、知名度がない君なら問題ないだろう?』
フェルナンドの目が、蛇のように細められる。
『といっても、殺しはしないから安心しなさい。大人しくしていれば〝主人〟になる人には優しくされるだろう。言う事をきかなければ、薬を打られるかもしれないがね』
「…………っ」
薬を打たれるという物騒な言葉を聞き、香澄は背筋を震わせる。
『そろそろ支度をしようか。俺も着替える。バルセロナから東京まで移動して、その足ですぐだから、腹が減ってるんだ』
フェルナンドは立ち上がってクローゼットに向かい、すでにハンガーに掛かっているスーツの中から着替える物を吟味する。
『……佑さんの合成写真と、偽の帳簿はどうしたんですか?』
香澄はずっと気になっていた事を尋ねる。
フェルナンドは「ん?」という表情でこちらを見てから、――薄く笑った。
『少しは足止めになるかと思って、各メディアにデータを送っておいたよ』
「!! ……っ、なんて……っ、事を……!」
香澄は思わず日本語で悲鳴を上げ、クシャリと表情を歪めるとその場にしゃがみ込む。
『従えば送らないなど言っていない。君は甘いんだよ』
「…………っ」
香澄は歯を食いしばり、両手をきつく握って立ち尽くす。
フェルナンドは彼女を無視して着替え始め、ボディガードの一人は香澄にドレスを差しだしてきた。
『着替えろ』
大男に圧を掛けられた香澄はおずおずと黒いドレスを受け取り、着替えるために寝室に向かう。
(今は逆らったら駄目だ。へたに逆らったら、この人たちは本当に私を犯す。佑さんが助けに来てくれるのを信じて、今は大人しくしないと……)
寝室にはツインベッドがあり、そこにフェルナンドと寝るのだと思うと気が重い。
(でも言う事を聞かなかったら、また殴られるかもしれない)
香澄はノロノロとパンツスーツを脱ぎ、ドレスに着替える。
ご丁寧にオフショルダーのドレスを着られるように、ストラップレスのブラジャーまで用意されていた。
黒い下着のセットの他、ガーターベルトにストッキングまで用意されてある。
(……気持ち悪い)
改めてフェルナンドに生活を見られていたのだと思うと、吐き気がこみ上げてくる。
ハートカットの黒いイブニングドレスを着ると、腰にあるファスナーを上げ、佑を想う。
(佑さん、他の男の人に用意された服を着たって知ったら、怒るだろうな)
佑の嫉妬深さを思いだし、香澄の表情が歪む。
今すぐ彼のもとに帰りたい。
今頃会社が混乱しているだろうと思うと、秘書として働きたい思いに駆られる。
シャンパンゴールドのパンプスを履いたあと、香澄はリビングにでた。
『……着替えました』
『その色気のないまとめ髪も何だから、これでもつけるといい』
着替えたフェルナンドは、香澄の髪にヘアアクセサリーを留めた。
『君は顔が幼いから、もう少しメイクを濃くしなさい。そこに一通りコスメを置いたから、メイクを直すんだ』
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香澄は何も言わず、椅子に座ってメイクを直し始める。
メイクは好きだが、人に強要されてするメイクはまったく楽しくない。
努めて何も考えないようにしてブラシを動かした香澄は、目元に濃い色のアイシャドウを塗り、アイラインをキャットライン気味にしっかり引く。
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