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第二十一部・フェルナンド 編

客室に現れたのは

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(相談してほしいと強く伝えていたが、動転したか……)

 もう一度溜め息をついた佑は、背後に広がる夜景を見下ろし、息を吸い、ゆっくり吐く。

 香澄が空港に向かったなら、羽田か成田のどちらに行くか予想できないし、幾つもあるゲートのどれを利用したか分からない。

 まっすぐスペインに向かうなら絞れるだろうが、相手の行き先など見当もつかない。

 行く先があったとしても、経由地点を挟めば簡単に攪乱されるだろう。

「……当初の予定では、パリコレの仕事が終わったあとにそちらに寄って、香澄のピアノを聞かせるつもりだったが、すまない」

《気にする事はない。まず何より香澄さんの無事が一番だ》

「また連絡する。皆に宜しく」

 電話を切ってから、佑は無意識にまた溜め息をついた。

「御劔さん」

 その時、社長室の応接セットに座っていた刑事が声を掛けてきた

「はい」

 佑はすぐ刑事のほうに向かう。

「空港では今のところ収穫はありません。別途、東京湾に豪華客船……アフロディーテ号が来ているのですが、司法警察職員等指定応急措置法では、二十トン以上の船舶の船長は、船の上では王様より強いと言われています。船長が客のプライバシーを守り、立ち入りチェックを『ノー』と言えば、我々は引き下がるしかありません」

 佑も、現在東京湾にアフロディーテ号が停泊していたのは分かっていた。

 だがいま刑事が口にした、船舶の決まり事があるゆえに、幾ら御劔佑と言えども無理を言えない。

 船長、機長は船や飛行機では、市長、警察署長、裁判官の役割も兼ねている。

 それは日本も海外も同じだ。

 仮に船内で違法薬物を密輸したなどの明確な犯罪があったなら、船長から警察への連絡がある。

 だが香澄が〝自らついていった〟なら、同意の上での行動になる。

 幾らこちらが『脅されて誘拐された』と主張しても、まかり通らない場合がある。

 加えて佑がどれだけ金を積んでも、乗客の人数が決まっているクルーズ船には乗る事ができない。

「おつらいでしょうが、捜査官が結果を掴むまでお待ちください」

 同席している捜査官は、ノートパソコンを開いてインカムを装着し、情報を確認してはパソコンを操作していた。

「……分かりました」

 佑は溜め息をつき、窓辺に向かった。

 いつもこの時間になったら、香澄が『社長、そろそろ会社を出る時間です』と声を掛けてくれていた。

 ――今日も何の変哲もない、普通の平日のはずだった。

 佑は胸にこみ上げるどす黒い感情を必死に押し殺し、深く長く息を吐いた。


**



 香澄は窓の外の夜空と黒い海をぼんやり眺めていた。

 夕方になって遠くから銅鑼が鳴る音が聞こえると、ボォォォォッと大きな汽笛が二度鳴った。

 香澄は緊張したままリビングのソファに座っていた。

 部屋の中には男たちが立っていて、彼女を見張っている。

 船が動き始めてから三十分ほど経ってから、部屋のドアがノックされた。

 トン、トトトン。

 特徴的なリズムでノックされたのを聞いて、出入り口にいた男がドアを開けた。

 室内に入ってきたのは――、バルセロナのホテルで会ったフェルナンドだ。

「…………!」

 思わず立ち上がった香澄は、唇を引き結んでフェルナンドを睨む。

『ようこそ、カスミ。俺の城へ』

 フェルナンドは両腕を広げ、芝居がかった様子で笑った。

『どうしてこんな事するんですか!』

 香澄は声を荒げ、英語でまくしたてる。

『何回も言ったじゃないか。御劔佑の破滅を願っていると』

 グレーのスーツを着たフェルナンドは、コートを脱いで男の一人に預け、香澄の向かいに座る。

『君も旅行は好きだろう? このクルーズ船はこれから太平洋に出る。途中でハワイに一泊寄港して十五日かな。ゆっくり楽しむといい』

 ゆったりと言ってから、フェルナンドは男たちに『彼女にコーヒーも淹れていないのか』と呆れたように笑う。
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